美文字の女

えくれあ♡

四条玲花は美しいものがお好き♡

 俺はうだつの上がらない中年のサラリーマン。特に責任のある仕事を任される訳でもなく日々、適当に働いている。


 そんな俺をコケにしたり、バカにしたりする奴もいるが知ったことではない。リストラしたければいつでもどうぞ。


 実家暮らしで貯金は数千万ある。酒もタバコも苦手。ギャンブルにも手を出すことなく生きてきた。女に貢ぐなんてもってのほか。あんなのは愚の骨頂だね。


 モテたことのない男の言いそうなことだと思われるかも知れないが、そこまでして女とやりたいかね?


 どんなに可愛い女だって男と変わらず屁も糞もする。化粧や香水で誤魔化しちゃいるが、そこまで美しい生き物とは思えない。


 だから、リアルで臭いレマンを求める気はまったくない。スマホをちょちょいといじくれば、俺程度の性欲を満たすものはいくらでも出てくるんだからな。いい時代だよ。

   









 4月。新年度の始まり。



 今年の新入社員にえらいべっぴんさんがいるらしい。そんな噂が聞きたくもないのに俺の耳にも入ってくる。


「あの子か……」


 『四条しじょう玲花れいか


 いかにもお嬢様って感じの名前だな。苦労も挫折も味わったことないんじゃないのか? 仕事はちゃんとできるのか? そんな穿うがった目で俺は彼女を見ていた。


 しかし数日後、俺はとても驚くことになった。ふと目にした彼女の書いた文字。それがとてつもなく美しいのだ。


 はっきりいって教材のお手本。いや、それ以上の美しさだ。俺は人の書いた字を見て感動したことなんて過去に一度もありはしない。


 見る人が見たら人間味がないとか、印刷みたいだとか言われそうだが、それでも俺は彼女の文字の美しさには感心しきりだった。


 そんな彼女をよーく見ていると、美しいのは文字だけではないと気づいた。気づいてしまった。


 姿勢、言葉遣い、デスク周り


 髪、爪、瞳っ♡


 おい、おいっ!


 こんなおっさんがあんな若い子に恋してどうする。情けないやら恥ずかしいやら。


 はっきり言おう!


 俺は彼女とは真逆の人間だ。


 なぜなら俺は字が下手。無精髭の中年太り。スーツもヨレヨレ。デスク周りもごちゃごちゃしていて閉まらない引き出しまである。


「はぁ」


 だから、なんの溜息だよ。自分で自分にツッコんでばかりだ。この俺がリアルの女に惚れちまうなんて。


 そんなガキみたいにトキメク日々が続いていたある日のことだった。


「失礼します。田崎さん、よかったらこれ、どうぞ」


「ありがと。これは?」


「この前の連休で旅行に行ったので、お土産です。お口に合うとよろしいのですが」


「そうなんだ。ありがたく頂くよ」


「では、失礼します」


 彼女が去った後に残る、これまた素敵な香り。なんなんだあの子は? うん、あの子はきっと屁も糞もしない。


 俺は視線を彼女の後ろ姿からお土産に移した。すると、手紙が添えられているではないか。


「おっ?」


 年甲斐もなくキュンとしてしまった。彼女の美しい文字で書かれた手紙をもらえるなんて。宝物を手に入れた海賊の気分だった。


 俺は折り畳まれた手紙をゆっくりと開いた。そこには憧れの彼女の美文字でこう書かれていた。




田崎さん。今夜よかったら2人でお会いできませんか? お食事でもしながらお話しませんか?


 080ーapzー4769




「な、な、な、なっ!」


 なんだとぉー!? 


 四条さんが俺のことを!?


 好きってことっ!?


 こんなことがあってもいいのか? たまに芸能人で聞く40代で20代と付き合うだの結婚するだの。あれが、このうだつの上がらない俺の身にも起きようとしているのかっ?


 海賊王になっちゃうのか? 俺のゴムゴムのバズーカが玲花ちゃんに発射されるのか? ゴムはいらないです♡ なんて言わないかっ! 避妊はしなくちゃね♡ ふおおおっ!


 こんなバカなことばかり考えてて、その後の仕事はもちろん手につかなかった。ゴムゴムのー……ゴムなしのー。



 









 時刻は19時。


 俺は今、憧れの玲花姫とレストランで食事を楽しんでいる。美しい、そして品がある。20代でこの雰囲気はそう簡単に醸し出せるものじゃない。


 育ちの良さを感じる。家庭環境というものの大事さを彼女は体現している。俺はずっと言いたくて仕方がなかったことをついに口にした。


「本当に四条さんは字が綺麗ですよね。俺なんて字が下手なのがコンプレックスなんですよ。そのぐらい下手くそでね」


「うふふ。田崎さんの字、実は知ってます。下手というか、かわいいと思いますけど」


「ううっ。そんな風に言ってくれるなんて優しいなぁ」


「でもデスク周りはもう少し片付けないと仕事の効率が下がりますよ!」


「あははっ。面目ない」

(明日、早速片付けよう! 姫に少しでも釣り合う男にならなくてはな!)


「でも、今日はいきなりお誘いしたにも関わらず来ていただけて、私はすごく嬉しいんです」


「いや、あなたみたいな綺麗な人に誘われたら誰だって。それにしても、俺なんかでよかったんですか?」


「うふふ。それはですね」


 玲花姫がそう言ったところで俺は強烈な睡魔に襲われた。微かに記憶にあるのは、男ふたりに抱えられるように連れて行かれるところまでだった。












「はっ!!」


 俺は目を覚ました。


「田崎さん。やっと起きましたね」


「四条さん、これはっ? なんで俺は裸で椅子に縛られているんですかっ!? ここはどこっ?」


「うふふ。ここはですねぇ。四条邸の地下室。私の遊び場なんです」


「あ、遊び場っ?」

(玲花姫にこんな趣味が? わ、悪くないかな♡)


「すみません。レストランで田崎さんのお飲み物に睡眠薬を入れてしまいました」


「い、いえ。大丈夫ですっ!」

(そんなことしなくても言ってくださればっ♡)


「どうしてもあなたとここで2人きりになりたかったの」


「そ、そうなんですね」

(玲花姫! 私はあなたのどんな変態な趣味も受け止めますよ! この体で!)


「田崎さん。今からたっぷり遊んであげるから。うふふっ」


「は、はいー!!」

(ドキドキっす♡ もう、煮るなり焼くなり二宮和也にのみやかずなりでっ♡)


「じゃあ、まず……」


 そう言うと彼女は、自分の右手の肘から下をズルリと外した。


「おおっ!?」


 びっくりして声が出てしまった。しかしよく見れば、彼女は右手を外したわけじゃない。彼女が外したのは精巧に出来た人工の手だ。それを手袋の様にはめていたんだ。


 ウイーンッ!


 今、俺が見ている玲花姫の肘から下は完全に機械。ん? これってヴァイオレット・エバーガーデンじゃね?


 カシャカシャ

 

 ウィ、ウィーン……


 血の通わない、冷たい機械仕掛けの四条玲花の右手。だからあんな正確で綺麗な文字を書けたわけか。


「驚きました? 私は完璧な『美』を好むんです。字ももちろん美しくなければ納得がいかないんです。その為に私は『この手』を手に入れたんです」


「そ、そこまでしなくても!」

(そこはペン習字でよくありません?)


「じゃあ、始めましょうか」


 ウィーン!

 

 カシャカシャ


 ウィン!


 バラララッ!


 機械の右手の先に、10本ぐらいピンセットが現れた。


「まずはその汚い髭や体毛を全て抜きましょう。うふふ」


「えっ? そのピンセットで?」


「ええ。あまり美しくない声は出さないで下さいね」


「え? やっ、やめましょ!?」


 俺の濃い体毛に、玲花姫のピンセットの群れが近づく。


 ブチ! ブチ! ブチチッ!!


「うわっあ♡ 痛っ! 痛っ!」


「あははっ! 楽しいっ!」


 ブチッ! ブチッ! ブチッ!


 ブチチチチッ!!


「うわあっ! があっ!」


 俺は体毛を抜かれる度に激痛に襲われた。全身ヒリヒリだ。これはもう拷問に等しい。


 全身の体毛が抜かれ終わる頃には、四条玲花の異常さがはっきりと分かった。変態プレイとかそんなものじゃないんだと。


「綺麗になりましたー! ツルツルですー! 超気持ちいいっ!!」


「も、もういいでしょ? ほどいてくれませんか?」


「は? なに言ってるの? まだ私の楽しみは終わりませんよ」


「四条さん。俺を食事に誘ったのって、俺に好意があったとかじゃないのか?」


 四条玲花の俺を見る目は、道端のゲロを見るような目だった。


「あなたみたいな汚い人に好意なんてあるわけないじゃないですか」


「汚い人か。否定はしないけどさ」


「私はあなたのようなだらしのない人間をゴミ扱いするのが趣味なんです。SDGsも兼ねているんですよ」


「な、なんじゃそれ……」


「私の趣味に賛同してくれたお父様が、この秘密の地下室をプレゼントしてくれたんです」


「父親公認?」


「さっきのレストランもお父様の経営するお店なの。だから睡眠薬も容易に入れられたわけ」


「んなばかなっ……!」

(家族総出でぶっ壊れてんのかいっ!)


「じゃあ、次はその汚い爪を剥がしましょうか」


「なっ!? なに言ってんだ!! やめろぉ────っ!!」


 ウィーン


 カシャカシャ


 ウィン!


 ガチンッ!


 手先がペンチ状に変形した。


 まじでやる気だこの女ッ!!


「うふふ。いきますよ〜♡」


 ペキ


 ペキ


 パキパキッ!!


「いぎゃあああっ!! たっ! 助けてくれぇぇえ!!」


「汚い。実に汚い。汚物にふさわしい悲鳴ですね。はあ、気分が悪い」


 睡眠薬の影響で体はほぼ自由がきかない。手足全ての爪が剥がされ、俺はあまりの苦痛に嘔吐した。


「うっ、おえぇ!」


 ガンッ!!


「ぐあっ! あぁ……」


「神聖な場を汚さないで下さい」


 ペンチ状の右手で頭を殴られた俺は、意識が飛びそうなのを堪え、彼女をにらみつけてやった。


 しかしそれは間違いだった。変に男の闘争本能に火をつけるべきではなかった。しおらしく、お嬢様のおもちゃになっていればよかったのかも知れない。


「田崎さん。ゴミなのにそういう目するんですね。この四条玲花に対して」


 ウィーン


 カシャカシャ


 ウィン!


 シュキャン!


「もう、やめてくれ。頼むから」


 四条玲花の右手に鋭利なスプーンが現れた。


「その不愉快な目玉をえぐり取ることに決定しました。おめでとうございます」


「冗談はよせっ! 殺す気かッ!」


「私は冗談なんて言いません。だから言ったことは必ずやるんです」


「くそっ!」

(あんな手紙もらって浮かれた自分が馬鹿だった!)


 俺の目に、不気味な輝きを帯びたスプーンが近づいてくる。的確な位置に的確な速度で。


 グリグリッ!


「うがぁああぁあ!!」


 グッ! 


 グッ!!


 スプーンが眼球の下から奥の方に入っていった。


 プチプチプチッ!!


 なんかの繊維が切れる音がした。


「ていっ!」


 ズルッ!! 


 ボトリッ!


 いとも容易く俺の眼球は床に落ちた。多分、反対の眼も同じことをされたのだろう。完全に気を失った。





















「起きた? 田崎さん?」


 起きてしまった。再び体中の痛みがいっぺんに襲ってくるっ!


「あぎぃぃぃいっ! もういやダァぁぁあ!! なんで! こんなぁぁぁぁあ!!」


 俺は縛られた体を前後左右に揺らして叫んだ。


 ウィーン


 カシャカシャ


 ウィーン! 


 シャキィィンッ!


「イッヒヒヒヒヒ! そうやって大口開けて叫んどけっ! 最高ッ!!」


「うわぁぁぁあ! んがっ!?」


 俺の舌が『冷たいなにか』につままれた。


「この舌苔ぜったいまみれのど汚い舌をちょん切ってフィニッシュよおっ♡ ああんっ♡ イッちゃいそうっ!!」


「た、たふけてくらはいっ!」


「だめー! 助けなぁぁあい♡」


 ジョッキンッ!!


 ブシャアッ!!


「がぁあぁあぁぁああっっ!!!!」


 玲花の右手は『大きなはさみ』に変形していたのだ。


 













「楽しかった♡ じゃあゴミの後片付けよろしくね!」


「かしこまりました。お嬢様」


 黒服の男達が俺を縛ってあったロープをほどいた。そして、虫の息の俺を部屋の奥にある焼却炉へ放り込んだ。


 ボォウッ!!


 これで俺は骨まで灰になる。


 完全にこの世から消え去るんだ。


 四条玲花の価値観のもと、ゴミのようにもてあそばれ殺された。


 ただ少し不潔で、少しだらしなかった。それが異常者の標的ターゲットになってしまった。


 あんたは大丈夫か?


 














「あっ♡ よかったら今夜ふたりでお食事でもしながらお話しませんか?」

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