第32話:ライカード・コミュニケーション

 ◆


「ねえお兄さん、壁とか床とか天井とか!これ何だと思う?」


 キャリエルの問いに、君は見たままの事を端的に答えた。


 すなわち肉である、と。


「それは見れば分かるんだけど!何のお肉かなあって。いや、やっぱり言わないで!」


 キャリエルの問に、君は考えていた事を端的に伝えた。


 すなわち人である、と。


「言わないでって言ったのに!」


 キャリエルの頬が膨れ、ルクレツィアが律儀にその頬を押して空気をぬいてやっていた。


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「お兄さんは良く平気で居られるね、私なんかちょっと油断したら戻しちゃいそうだよ……」


 キャリエルが弱り切った声で言う。


 見ればルクレツィアやモーブも余り顔色は良さそうには見えない。


 君はと言えば平気の平左といった様子で、周囲に気を配って奇襲を警戒していた。その姿に油断は少しも見当たらない。


 君には確かに『会敵の予感』という奇襲察知の感覚が備わっているが、君自身はもはやその感覚をアテにするのはやめていた。先だっての下方からの奇襲を防ぎ切る事ができなかったからだ。


 ちなみに君が相手の気配を察知できない場合、いくつかの原因が考えられる。


 一つは相手が君よりも高い階梯を持っていた場合。しかしこれはあり得ないと君は思う。鎧袖一触とはいかないまでも、君と相手……ジャーヒルの間には大きな差があった。


 もう一つは──……


 ◆


 先へ進みながら君は説明をした。


「……すると、主様はあの大悪の、ええと、眷属?なのでしょうか。眷属が本体ではないと仰るのですね」


 ルクレツィアの言葉に君は頷く。


 アレは大方殺気だとか敵意だとか害意だとかの一部だろう、と君は答える。ただし、質量のある。不定形存在などとはまた別の、存在中枢を持たないモノを君の感覚は察知しない。



 質量のある殺気とは一体なんなんだ、という目で見てくる三人に君もうまくは答えられない。


 だが、と君はその場に向き直って一言断った。


 これから殺気を飛ばすが、それは本意ではないから許して欲しい──……そんな訳の分からないエクスキューズに三人は表情を硬くして身構えてから頷いた。


 そしてキャリエル、ルクレツィアは勿論の事、男であるモーブすらも頬を赤らめる程に色気のある声で君は囁く。


 焼き殺す、と。


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 君は脳内でルクレツィア、キャリエル、モーブらに『核炎』をぶち込んだ。


 瞬間、純白の閃光があらゆるものを死の色で染め上げた。


 破滅的なエネルギー場が爆発的に膨れあがる。


 ルクレツィアは必死の構えで結界を張るも、君の『核炎』の烈光は一秒の数万分の一の時間で彼女の結界を破砕し、死閃となって彼女の白雪の様な肌どころか、肉、骨までもに浸透した。


『なぜですか、主様』という声が幽かに響き、破滅光の乱気流の中へと消えていく。


 それはキャリエルやモーブも同様で、可哀そうにキャリエルの赤く美しい生命力に溢れたかのような髪は一瞬で燃え尽き、そればかりか頭皮のみならず頭蓋骨、そしてその中身まで一瞬で灰にしてしまった。


 胸中で妹に別れを告げる事も出来ず、燃えて、燃えて、死んだのだ!


 モーブも同じだ。二人の女を守るため盾になろうとするが、新聖騎士の屈強な肉体、魔法耐性を以てしても君の『核炎』の前にはただの一秒も盾足りえなかった。


 死んだ!


 全員死んだのだ!!


 君の突然の裏切りによって、全員が死んだ!!!


 と、ここまではただの妄想なのだが、君はそんな妄想をまるで詠唱の様に吟じ、彼らの無駄な死に少しでも救いがあります様にと祈り、最後にそれらが可及的速やかに実現しますようにと念じた。


 ・

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 ・


 そこで君は軽く息をつく。


 殺気の飛ばし方一つにも作法がある。


 ただただ殺意を抱くというのは三流であった、少なくともライカードでは。


 自分が相手をどうぶち殺してやりたいのかを囁き、詠い、犠牲者の無惨な死に祈りを捧げ、しかし慈悲は見せずにそれらが実現するように念じる。


 これがライカードの作法だ。


 君がなぜこんな事をしたかといえば、つまる所「殺気」という飛び道具の中で最もチンケなものでも、磨けば武器の一つにはなると言う事を示したかったのだ。


 か弱い人間に過ぎない君が扱ってもそれなりにはモノになるのだから、ましてや人間を超越する超常存在が「殺気」を扱えば形を持ち、実際に危害を加えに襲い掛かってきても不思議じゃなかろう、というわけだ。


 だが、君はそこまで真面目に実演する必要はなかったかもしれない。


 ルクレツィアとモーブは顔中から脂汗を流しへたりこみ、キャリエルに至っては顔色を蒼白にして横たわり、薄く微笑んでいる。


 その笑みは死を覚悟した人間の最期の矜持であると君は看破し、あわてて彼女を抱き起こして気付け薬を飲ませた。


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