第25話:王家

 ◇


 邪悪、大悪、大歓迎!


 試練が困難であればある程良い。

 それがライカード魂の真髄である。

 勿論君にも燃え盛るライカード魂が頭のてっぺんからつま先まで詰まっている。


「お兄さん、やる気満々なところ悪いけどさ、ギルドにいくんだよね。この霧が普通じゃないのはルクの言葉で分かったけどさ、まあ多分大丈夫じゃないかな。私はあんまり嫌な予感しないよ」


 キャリエルの適当な言葉にルクレツィアは頬を膨らませた。

 探索中仲を深めた彼女たちは、互いにキャリー、ルクと呼ぶことにしたようだ。キャリエルもルクレツィアもやや長い。戦闘中など、どうしても呼びかけなければいけない時は愛称があった方がいいだろうとのことである。


 ちなみにモーブはモブになるところだったが、ライカードではモブとは雑魚という意味だと君が教えると、流石にそれは可哀そうだという事で現状維持となった。


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「なんか…他の探索者が少ないね」


 キャリエルの言う通り、探索者ギルドには普段ならたむろしている筈の探索者達が全然居なかった。平時のせいぜい三分の一といった所だろうか。ただ、気になる事があった。残っている者達はそれなりには探索者経験を積んできた者達ばかり…つまり、ヒヨコがいないのだ。


 君は顔なじみの老探索者を見つけたので、事情を聞いてみる事にした。ザンクードという老探索者はギルドの名物探索者で、荷物番という渾名を持つ。というのも、彼は不思議な鞄を持っており、手荷物くらいなら相当量を所持できるのだ。探索者の中には "捨てられない病" にかかっているものも少なくなく、そういう者はザンクードに荷物を預ける。勿論ロハではないが、倉庫を借りるよりは余程安くつく。


 ところで探索者というのは荒くれ者が多く、ザンクードの鞄を奪おうとしたものもいるにはいる…らしいが、彼が今でも鞄を所持しているあたり、不埒なたくらみは失敗したのだろう。


 ザンクードは君の声に金壺眼をしばたたかせ、スキットルから煽ってから口を開いた。酒の匂いがふわりと広がり、君はザンクードの見事なダメ親父っぷりに苦笑をしてしまう。


「おお、アンタか…。知らんのか?王城からお触れが出たんだよ。アヴァロン大迷宮の第9層に封印されている…なんだっけ、悪魔?が解き放たれたってな。それでな、その悪魔を倒せってこった。元気でバカな連中はみーんな行っちまったよ。今いるのは元気で賢明な連中だけさ。褒美は思いのままだそうだけンどなぁ、ちょーっと臭ぇわな。まま、儂には無理じゃろ。これでも若い頃は中々のモンだったんだけどなァ、ほら、喉に矢を受けちまってな。少し体ァ動かすとヒュウヒュウと、な。ほれ、ところで他に用事はないのか?荷物があるなら預かるぞ」


 君はふん、と嗤った。

 なにがヒュウヒュウだ、と。

 君はくるりと周囲を見回して軽く息をついた。

 ギルドに残っている連中もそれなりに業を磨いている様だが、ザンクード程に使える者は一人としていない。


「9層…?」


 ルクレツィアの声が微かに聞こえてきた。

 モーブはなにやら納得がいっていない様子だ。

 だが君はこの場で問いただす事はせず、ギルドマスターの部屋へと向かった。


 無断で向かった形になるのだが、これは仕方がない。

 受付嬢すらもいないのだ。


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 ギルドマスターの執務室はギルドの二階にあるが、執務室の扉からは何やら陰鬱というか、どうにも暗い雰囲気が漏れ出ていた。

 君はキャリエルをちらと見ると、やれやれという表情を返してくる。


「お兄さんはあれかな、自分から声かけられない感じの人?照れ屋とか?まあいいや、こんにちはー!!」


 キャリエルが元気よく挨拶し、ゴンゴンと重厚な木製の扉を叩く。

 どうにも無礼なキャリエルにルクレツィアが目を吊り上げるが、すぐにしょぼんと目を垂らす。キャリエルという女がそういう生物であることを良く知っているのだ。君もキャリエルの言は全然気にしていなかった。というより、キャリエルは無意識の内に何を言えば相手を怒らせるかなどを察知しているきらいがある。


 ゴンゴンゴンゴンとキャリエルのノックが乱打され、流石にといった風情でルクレツィアが止めようとすると、扉がゆっくりと開いた。


 ◇


 ギルドマスターの執務室、その奥の大きな机の向こうにはサー・イェリコ・グロッケンが座っている。扉を開けてくれたのはギルド受付嬢であるハノンらしく、ゆっくりと後ずさりながらグロッケンの傍へ立った。


 何とも妙な雰囲気だった。

 というのも、執務室全体に殺気が充満していたからだ。

 しかし君達の姿を見せた途端にそれは霧散した。


 はて、と君は思う。


「何を警戒されているのですか?」


 ルクレツィアが問う。

 暫時沈黙が場を支配し、そしてブフゥーっと息をつく音が響き渡った。グロッケンのため息だ。


「いえ、ね。王城からの使者かと思いまして。キャリエルさん、名乗ってくれないと誰だかわからないでしょう…まあいいです、フゥーッ…王城からの布告は聞きましたか?」


 君はグロッケンの問いに頷く。


「急な話だったのですよ。それに妙でもある。大迷宮地下9階で復活した悪魔を討伐せよ?ふん、もしそれが本当ならば探索者などを動かしたりはせず、騎士団を使うはずです。国の危機であるのだから、我々の如きならず者集団…ああ、これは騎士団の言いぐさですがね、ともかく、我々の如きならず者集団に武勲を立てさせたくはない筈だ」


 君はふんふんと頷いた。

 最もな話ではある。


「…王家は我々探索者を嫌っています。しかし、迷宮から産出される数々の品はこのアヴァロンの街を、ひいてはバロン王国の血となり肉となり、国力を強めるでしょう。ただし、迷宮は危険です。下層はまさに魔界そのもの。悪魔族も跋扈する魔境です。それらの品を得る為に騎士団を浪費するわけにはいかない…だから我々探索者を追い出したりはしない。王家が我々を嫌おうが嫌うまいが、我々はこの国に無くてはならない存在なのです。消耗品としてですがね」


 グロッケンは探索者が消耗品扱いされている事に義憤を抱いているようだが、君としてはそれに対しては何も突っ込めない。

 君の祖国ライカードは国民を消耗品扱いしているからだ。

 1度や2度の死は、下手したらその辺の主婦でも経験している。

 蘇生技術の差であった。


「しかしそれを一気に消費するような布告を出した。隣国から戦争を仕掛けられているからより多くの魔法の物資が必要となったのか、と考えた事もありますが、見当違いでしたよ。周辺国家との関係は良好です…」


 戦争か、と君は腕を組んだ。

 祖国ライカードは長く戦争を経験していない。

 周辺諸国が恐れてしまい、少しばかり険悪になっても戦争に発展しないのだ。対国家というのは対魔物とはまた違う刺激があり、他国の物品や技術を合法的に手に入れるチャンスでもある。

 君のライカード魂がむらむらと滾ってきた。


「まあ、そこまではよろしい。よろしくはないが、よろしいとします。ですがね、我々が邪魔になって数を削りたいと王家が考えていたとして、なぜそれを我々が真に受けるのです?探索者の多くはこういってはなんですが、実に利己主義に出来ています。何より大切なのは自分。他者は二の次。求めるものは金で、自分の命には意地汚い。そんな彼等がなぜ、目の色を変えて迷宮へ飛び込んでいくのか。アヴァロン大迷宮は地下10階層が最深部です…が、9層も非常に危険だ。少なくとも、中堅探索者程度ではただの自殺です。私が思うに、王家は迷宮を使って何かを企んでいる…と」


 なるほど、と君は得心する。

 要するに……


「なんだかお兄さん、敵が増えただけじゃんって顔してるよね」


 キャリエルの言葉に君は破顔する。

 いやったらしいところが何もない、爽やかで朗らかな笑みであった。




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ぼちぼちと。

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