Episode,Achtzehn. Seelen wächter,1.ver.1.1

 

 私の精神性が、異質? ……彼女の言葉の意味がわかりません。トート、貴方は何を以て私の精神性に異を覚えたのですか?

 この問いが口をつくよりも早く「──異質といっても悪い意味じゃない」と、彼女は話を続けました。

「そもそも人造人間Frankenstein•Monsterの中では異質だというだけで、私等のような生者から見れば普通の精神性をしているんだ。与えられた境遇が異なれば、お前はただの人間として生きていけただろう」

 人造人間Frankenstein•Monsterの中では異質。しかし人間からすれば普通の在り方。となると、私は人間に近しい在り方をしているという事になるのでしょうか?

 ──ですがそれもまた腑に落ちないのです。街の皆さんは私の事を、一般的な帰還者レウェルティとして扱っていましたから。どんな扱いなのかといわれれば『快く思われなければ、嫌われているということもない』というです。何処の街や国でも見かける事が出来る一般的な帰還者レウェルティとして、私はあの街に存在して居たのです。

 住民との交流は無く、物品の売買に必要な最低限のやり取りだけがそこにはありました。人間同士が交わすような会話を出来たのは、マスターであるルーザー•アンブロシアだけなのです。


「──そして先程の質疑応答から察するに、兄貴はお前の事を人として育てようとしていたのだろうな。本来ならそんなモノは無意味だが、お前には意味があった」

「なぜ、無意味なの? 私には意味があるって、どういうこと?」

 私の言葉に対し、彼女は驚いたような表情を一瞬浮かべると「それは本気で言ってるのか?」と言葉を漏らしました。それに対して頷くと、彼女は訝しんだ表情のまま小声で独り言ちます。そのまま数十秒程経った後、幾つかの質問をされました。

 その内容は人造人間Frankenstein•Monsterの精神性──とりわけ帰還者レウェルティの人格に関わるモノが大半を占めており、いくら頭を捻った所で殆ど答える事が出来ませんでした。また先の質疑応答と今のソレを経て思ったのは、私の持つ人造人間Frankenstein•Monsterに対する知識に偏りがあったということです。

 人造人間Frankenstein•Monsterの肉体的構造や、その定義については知っているのに──ソレを取り巻く法律や倫理観が私には欠落していました。

 欠落しているそれらの代わりにあったのは、人らしく生きるにはどう考えればよいのかという基本的な思考則のみ。本来であれば覚えるべきソレらが無い為に、私は不要な損傷を受けたと彼女はいうのです。


「──本来、人造人間Frankenstein•Monsterは法律を厳守するように調整されるんだ。それに伴い、常に自己の行動が法律に抵触しないかどうかを強く意識するようになる。だから正当防衛権の行使をためらうこともない」

 曰く、人造人間Frankenstein•Monsterにはロボット三原則にあたる屍体三原則ソレ以外にも、覚えるべき法律は多数あるのだという。その中には当然、肢体の売買取引に関わる物もあり、私が受けた仕打ちは強盗損壊罪にあたるとのこと。もしも指示した人間がいるのなら──実行犯は刑務所にて然るべき罰を与えられ、指示した者はそれよりも重い罰を受ける。具体的にあらわすのなら──強奪した部位を取り上げられ、人造人間として欠けた肉体のまま労働を強いられるのだそうだ。

「そして人間が法律を厳守する際に障害となるモノが一つある。それがなんなのか、わかるか?」

 ピンとくるような答えは、私の中にはありませんでした。法律は厳格に定められたものであり、是か否かは誰でも判断出来るようになっている筈なのです。グレーゾーンのないモノを相手に、なぜそのような事が起こり得るというのでしょうか。もし判断に迷うというのなら、それは誰かの思惑があってこそ起こり得るもの──

「──……もしかして、利権?」


 私の答えを耳にした途端、彼女は酷く大きな溜息を一つ漏らし「それもあるが、もっと根本的なものさ」と言葉を漏らしました。その顔には落胆の色が濃く出ていて、若干の怒りも混ざっているようです。

「根本的なもの……お金、とか」

 逡巡した末の答えを彼女は鼻で笑い「お前さんがお喋り箱ジュークボックスに向いてない事はわかったよ」と一言付け加えました。つまるところ、私の答えは不正解ということなのでしょう。

「──まぁ答えは感情だ。一度くらいは情状酌量の余地ってのを聞いたことあるだろ?」

「稀によく、聞く」なんて返すと、彼女は実に嫌そうな顔で「どっちだよそれ」と鋭い返しをしてきました。

「…………生きた人間が感情を失うことは殆ど無い、っていうのは聞いたことくらいあるだろう?」

「うん。感情は、人間だけが持っているものだもの。心的外傷によって、一時的に無くす事はある。けれど、それを失うなんてことは、あり得ないって」

 私の答えに「そのとおりだ」と返す彼女は少し歪な笑みを浮かべて居ました。それは楽しくて笑っているのではなくて、とでも言いたげなモノです。マスターなら絶対に浮かべないであろう笑顔は、言葉にし難い色を孕んでいました。

「けどなぁシオ。失う事は無くとも──なんて事があり得る、と言ったらどうする?」

「……どういう、こと」

「どうもこうもなにも言葉通りの意味だ。お前さんは喜怒哀楽といった感情が、スッポリと抜け落ちたまま生きている奴も居ると考えたことはなかったか? 感情が無いのに人らしく振る舞える奴がいると、一度でも考えたことがあるか?」

「そんな事……考えも、しなかった」

 感情表現が苦手な人もいる──そんな話はマスターから聞いたことがあります。また人間は個人間において、感情の起伏に差異があるかどうかを調べた時もありました。人間の事が──人間のもつ感情というものに興味を持って、色々と調べたのに『感情を持ち合わせていない』人が居るなんて思いもよらなかったのです。


「……驚くのも無理はないさ。私だって実際に目の当たりにするまでは半信半疑だった」

 彼女曰く、感情は疎か部族というものが存在していたとの事。そして彼らは閉鎖的なコミュニティではなく、国際社会とも一定量の関わりを持っていたというのです。彼らはアルクランヴィス地方の最東端──通称『静謐の内海』に居を構え、旧き祖先の教えを忠実に守り暮らしているとの事。また彼らは自らを『魂を看る者シーヴァ』と名乗り、その名で呼ぶことを要求されたそうです。

 彼らは独特な文化を持ち合わせながらも、非常に友好的であったといいます。とはいえ、言語の壁により明確な意思疎通が出来るようになるまでそれなりの時間が必要だったとの事。


魂を看る者シーヴァ達の学習能力は総じて高かったんだが、その中でも特に覚えの良い姉妹が居た」

 そう口にする彼女の顔は、先程よりも少し優しいモノになっていました。懐かしむような声音のまま、彼女は件の姉妹について言葉を重ねます。

「姉妹の姓はヱーギル。姉はマリアス、妹はカルロチャプと言う名前だ。あの姉妹とはかなり早い段階で打ち解けることが出来たんだよ。どういう理由か知らないが、あの二人だけがアタシらの言語をかなり正確に理解出来ていたからな」

 曰く、その二人だけが特に高い学習能力を持っていたとの事。単純な文法や言葉の意味だけでなく、抽象的な概念についての解像度も高かったそうなのです。そして姉のマリアスには常軌を逸した好奇心が見られたらしく、本国における最高研究機関──オルヴィエートにも招かれていたのだとか。ただし妹の方は科学技術を嫌悪していたらしく、足を踏み入れた事はなかったとの事でした。


「トートは、オルヴィエートに務めてたの?」

「まぁ、うん……アクバル・サレニっていう人と一緒に働いてた」

 サレニ、と口にした彼女の表情が一瞬だけ曇ります。その曇り方は私の知らないものでした。喩えの一つとして「後ろめたさを感じさせる」というものがありますが、そんなモノでは言い表せない程に深く、絡み合った感情がソコには含まれていたのです。

「……私はそこで人体の構造について研究してきたんだ。ヴィクター・フランケンシュタインが夢想し、苦労の果てに産み落としたソレがどうやって生まれたのかを識る為にな」

 感傷に浸るような声で、彼女は話を続けます。

「アタシら兄妹で同じ研究をしていたんだ。そうしてある程度進んだ後、アタシは人造人間の運動機能を司るモジュールの構築を進め、兄貴は記憶や人格といった魂に関わる部分を専攻していくようになった。それと並行して屍体技術ネクロニクスの研鑽も続けていたんだが──今にして思えば頭がオカシイわ。同じことを今やれと言われたら絶対に無理だ、これだけは胸を張って断言できる」

 その結果、二人は外見美と機能美を兼ね備えた最上級の屍体調律技術を手にしたのだと言います。しかし二人揃って地位や名声に興味がなかったらしく、そういった政事まつりごとを尽く無視してしまった結果、オルヴィエートの職員以外には殆ど知られていないそうなのです。

「その過程で兄貴は魂を看る者シーヴァと仲良くなって──アタシらの知らんうちにアルクランヴィスの最東端へ通っていたのさ。で、気付いたらそこから嫁を連れて来たもんだから、オルヴィエートでちょっとした騒ぎになったんだよ」

 なぜ騒ぎになったのかといえば、兄貴ルーザーに異性への興味があるとは思われていなかったからだと言うのです。それは彼女から見ても同じだったらしく、件の女性──メイシェラを紹介された時は心底驚いたとか。

「あたしの目から見てもメイシェラは良い女だった。一緒にいて元気になるっていうか、癒やされる感じで──見た目はお前とそっくりだったよ。特にその、優しい空の色を映したかのような瞳は彼女を思い出させる」


 そこから暫し彼女はメイシェラの事を教えてくれました。トートから見た彼女は『純真無垢な少女』だったそうですが、話を聞く限りその通りとしか思えません。また話に合わせ、彼女はいくつかの動画を見せてくれました。それらは長くても5分程度の短いものであり、本当に些細な日常を切り取ったファミリームービーを思わせるモノでした。

 映っているのは主にマスターやメイシェラで、トートや職場の同僚らしき人達が映っているモノもあります。皆表情豊かで、とても微笑ましい光景がソコにはあったのです。

「こうしてみるとさ、メイシェラが魂を看る者シーヴァだってことを忘れそうになる」

 いくつかのムービーを再生し終えた後、彼女はポツリと言葉を漏らしました。感傷に浸った声と視線で、ムービーが保存されている携帯端末をサイドテーブルへ置きます。


「……誰が最初に気付いたのかは判らないが、あの姉妹を除き魂を看る者シーヴァには感情も意識もなかった。兄貴の嫁であるメイシェラにだって、ソレらがあるとは断言できなかったんだ」

「何を、言ってるの? さっきの動画に、映ってたヒト……メイシェラさんは、凄く表情豊かだった、のに」

 唐突な独白に対し、声を上げざるを得ませんでした。だって、あの動画にあった彼女はとても自然に笑っていて、楽しそうにしていたのです。声も仕草も、何もかもが自然で理屈抜きに「」と思えたのに、どうして?

「メイシェラだけじゃない。魂を看る者シーヴァ達は私達と変わらず、自然に笑い、怒り、哀しむ──なのに、感情を司る器官が存在していなかった」

 彼女の言葉は信じ難い物でしたが、とても冗談とは思えません。声も仕草も嘘を口にする人のソレではないのに、語られた事実を否定している自分がいるのです。相反する思考に戸惑う私を他所に、彼女は言葉を続けます。

「信じられないかも知れないが、魂を看る者シーヴァ達の生活はアタシらとほぼ変わりがない。アタシらと同じ様に言葉を操り社会生活を営んでいたんだ。

 感情を司る器官が無いのになぜ、そのようなことが可能なのか──アタシらは当然疑問に思った。そうして越えてはいけない一線を守りながら彼等を調べたのさ。ソレがどんなモノかまではもう覚えちゃいないが……結論から言うと、魂を看る者シーヴァ達はある能力が異常なまでに発達していた」

 曰く、それは汎ゆるものを俯瞰的にみる力だと言います。人間にもその力はありますが、個体によってその精度は大きく変わります。何故そのようなことが起こるのか、と言われれば私達の意識や感情が影響しているとマスターは言っていました。

 そのついでに、人間は外部から受けた刺激を処理する際、思考の癖や好き嫌いによって結論が変わるものだとも言っていました。極東で言うところの『色眼鏡をかけた視点』というヤツなのでしょう。

「アタシらが気にも留められない情報すら拾い上げ、その場において最も適切な言動を算出する。言葉にしたら簡単だが、実際に出来るわけがないんだよ……どうした所でアタシら人間は、何かを決めたりする時に個人の意思が介入するものだからな」

 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る