第45話 師匠

「皆も知っていると思うが、星の勇者ティグル・ナーデ・アリュリュオン辺境伯が、わが娘リリルミナ・ステラ・ディアグランツと婚約することとなった」

 

 ……。

 王宮にて、国王が皆の前で宣言する。


 貴族たちから喝采が起こる。誰も反対していない。


「ヴァハルランス公爵も、それでよろしいな?」


 ……。

 国王が公爵に言った。公爵は笑顔でそれを了承する。


「もちろんでございます、陛下、姫。

 そして勇者殿。此度は息子が大変な迷惑をおかけし、私怨から決闘をふっかけるなど、不始末をして申し訳ありませんでした」


 ……。


「いえ。気になさらずに、済んだ事です」


 ……。

 俺は笑顔を向ける。

 俺の微笑みに、周囲の皆は違和感を抱かず、受け入れて話を進めた。

 ただ後ろで、フィリムが何かを言っている。


「これからも、公爵家とは良き付き合いをさせていただきたいものです」


 ……。

 俺は言った。


「そうですな! 不出来な息子のしでかしたこと、水に流していただけたら幸いです! 禍根は忘れ、王国の発展のために手を携えてまいりましょう!」


 公爵は笑顔で握手を求めてきた。

 ……。


「はい」


 俺はそれを、笑顔で返し、手を握り返す。

 ……。


「王国の未来に乾杯!! 星の勇者に栄光あれ!!」


 ……。

 公爵は上機嫌に言った。

 その時だった。


「お待ちいただきたい!」

「おお、どうした息子よ!」


 ……。

 公爵が、現れたその人物を呼ぶ。


「やはり俺は納得いきません……俺は強くなった。

 今度こそ!

 勇者ティグルを倒し、リリルミナ姫を取り戻す! 決闘を受けろ、勇者ティグル!!」


 ……。

 そう言って、そいつは手袋を投げつけた。

 避ける気すら、起きなかった。


「……そうか」


 ……。

 俺はただ、そう返すだけだった。


「テ、テリム!! どうしたというんだ!!」

「父上は黙っていただこうか。強くなった俺が新しいヴァハルランス公爵だ。こいつを倒して、姫を手に入れてな」

「テリム……」


 ……。

 このあまりの流れに、貴族たちは見守る事しか出来ていない。

 リリルミナ姫も、何がなんだかわからないという顔をしていた。


「勇者ティグルよ、決闘を……受けるのか」


 ……。

 国王が言う。


「はい」


 ……。


 俺は、ただそう言った。



◆◇◆◇◆


 ……。


 決闘場に現れた奴は、俺のアーマーとスーツを着込み、ブラスターを手にしていた。


 その姿に周囲はざわめく。


「ああ、これか? 修行の卒業祝いにもらったんだよ、なあ師匠?」

「黙れ」


 俺は言う。


「俺を師匠と、貴様が呼ぶな」


 耳障りで、仕方がない。

 一瞬でも早く、捻り潰したかった。


「怒ってますねぇ師匠。だけどさ、これで立場は逆転だよ。

 この魔道具たちがなきゃ、あんたはただの冒険者に過ぎない。勇者のメッキは剥がれて、姫は俺のモノになるってわけだ」


 そうか。

 もういい。


「殿下。決闘の合図をお願いします」

「……うむ。では……はじめいッ!!」


 瞬間。


「死ねやぁ!!」


 奴はブラスターを撃って来た。

 だが俺は、それを避ける。

 銃の訓練をしていない素人の銃撃など、視線と銃口の向きで簡単に予測し回避できる。


「ちいっ!!」


 何発もブラスターを連発する。だが、その悉くを俺は回避した

「……所詮は電撃を出すだけのマジックアイテムか、使えねえ! だが!」


 奴は、ブラスターを投げ捨て、今度は剣を抜いて襲ってきた。


「武器ならあるぜえぇ!!」


 確かに、奴は強い。

 だが、それは――比べ物にならぬのだ。

 彼とは。

 比べるも――烏滸がましい!


「ぐあっ!?」


 俺が拳を叩き込むと、吹っ飛んでいく。


「……くくく、効かねえな、いいなあこの鎧はよ!」


 衝撃はあるだろう。だが流石は銀河共和国のパイロットスーツと宇宙チタン製のアーマーだ。ダメージは入っていない。

 

 ダメージが入らないなら。

 入るまで、叩き込めばよい……それだけだ。


「がっ!」


 殴る。


「ふん、そのような……がっ!」


 殴る。


「貴様……ぐっ!」


 足の膝の皿に蹴りを叩き込む。奴の脚が逆方向に曲がる。

 倒れた奴の頭を掴み、地面に叩きつけ、そして――踏み抜いた。


「があっ……! き、さま……!」

「立て。その程度で死ぬようなタマではあるまい――悪魔」


 俺は、言った。


「な……ん、だと」

「気づかぬと思ったか。見くびるな」



 そう――こいつは、テリムではない。


「ク……ククク、見抜かれていたか……」


 悪魔の顔が変貌する。

 砕いた膝の関節が再生し、立ち上がる。

 悪魔は大声で言った。


「ああ、その通り! 俺はテリムと契約した悪魔だ! 貴様を倒す事を条件に――」

「黙れ」


 俺は、悪魔の顔面を全力で殴りつけた。


「ぎいっ!」


 悪魔は吹っ飛ぶ。


「テリムが、そのような事をするわけがないだろう」

「は、はは――信頼しているのか、だがそれも裏切られ――がはっ!」


 俺は拾ったブラスターで、アーマーの関節を撃ち抜いた。


「違う。知っているのだ」


 そう、俺は――知っている。


 こいつらが、何をしたのかを。


「お前が、テリムを殺して――すり替わったということを」

「……!」


 許せない。


 眼前の腐りきった悪魔が。


 そして――俺自身が。


「は、はははははは、はははははははははは! その通りだ!

 簡単だったぜ、殺すのはよ!

 ちょいとあの女――リリルミナ姫の姿になって近寄ったら、簡単に騙されてなあ!」


 窺がように悪魔は言った。


「そうか……」


 ……。

 俺は、あえてそう言った。

 その俺の反応に、悪魔は――笑う。


「ちょろかったぜぇ、お前の弟子はよぉ! あとは楽勝さ、暗殺者を送り込んたのも、装備を盗ませたのも、全て俺様が! 魔王様のためにテリムってガキを利用して成り代わって行ったこと! それだけじゃねえ、あれも、あの件もそうだ!

 そして最後に貴様をここで殺して――」

「ウェイト・アップ」


 俺は静かにそう言った。

 次の瞬間、悪魔の身体が地面に叩きつけられる――否、圧し潰される。


「なっ……!? てめえ、なんの魔法を……!」

「俺のスーツは、その惑星の重力に適応するための重力負荷装置がある。テリムに渡したリストバンドと同じくな。

 そして起動は俺の声紋認証で行う。

 最大――20倍だ」


「な……があ……っ! 聞いて、ないぞ……」

「当然だ。言ってはいないからな」


 俺はそう言うと、悪魔を蹴り上げた。


「がああぁ!!」


 20倍の重圧を受けては、悪魔とてまともに動けるわけがない。

 そして俺は、何発も、何発も、ブラスターを撃つ。

 出力は最大。

 アーマーに次々と穴が開いていく。


「ま、待て、待ってくれ……!」

「なんだ」

「あ、謝る! 俺とて魔王軍の命令で仕方なくやっただけなんだ! 二度ともうあんたの前に現れない!」

「駄目だ」

「じ、じゃああんたと契約――いや、隷属する! だから――」

「駄目だ。お前はやってはいけない事をしたのだ」


 そして俺は、悪魔に背を向け、歩き去る。


 無論、見逃すためではない。


「塵も残すな、やれ」


『イエス、マスター。衛星砲照準固定。範囲固定。照射します』


 直後、空が割れ、雲が消し飛び、光の柱が闘技場に突き立った。

 軌道上のノーデンスからのレーザー砲撃だ。


「――――――!!!」


 テリムを騙り愚弄した悪魔は――焼き尽くされ、消滅した。


「――――下らぬ、茶番だ」


 俺は、そう吐き捨てた。




◆◇◆◇◆


「ありがとうございます、勇者様! 悪魔に殺され成り代われていた息子の無念を晴らしていただいて!」


 ……。

 ヴァハルランス公爵が涙を流して言う。


「あ、悪魔め……テリムを利用して様々な悪事を……」

 そんなふうに打ちひしがれる公爵に、俺は言う。

「もう、よいのです」

「勇者様……」


 ああ、もう――いい。


「茶番は、もういい。売国奴」


「……は? な、なにを言うのです勇者様。あ、もしや私が帝国と繋がっているなどという醜聞ですか。あれも全て、息子を騙り利用した、悪魔の仕業! 私は決してそのようなことは!」

「黙れ」


 俺は言った。


「何を――証拠はあるのですか勇者殿! 被害者遺族であるこの私にそのような言いがかりを――」




『父上、このような事はおやめください!』


 テリムの声が響く。


「な――!?」


 無論、テリムが生きて喋ったわけではない。

 アトラナータに仕掛けさせていた偵察ドローンの記録した、映像だ。


 今、それがドローンによって空中に投影されている。三次元立体映像だ。


『何のことだね、テリム』

『とぼけないでいただきたい。師匠に暗殺者を差し向けた――それも、俺がいる時も!』

『お前がいたなら私達への疑いはかかるまい。ニンジャ――だったか、暗殺者どもにもお前に危害は加えないように――』

『そういうことではありません! あのようなこと、公爵家の人間として恥ずかしくないのですか!』


 再現映像の中で、テリムは父親に真正面から歯向かっていた。


「な、なんなのだこれは」


 公爵は狼狽えている。


 この惑星に――映像を記録し、再生する技術も、魔法も存在しない。


 故に、公爵にとって理外の事が起きていた。


『証拠も掴んでおります』


 テリムが書類をまき散らす。


『父上が帝国と繋がっている証拠の書類――俺を馬鹿にしすぎましたね、見つけられないとでも――いや、見つけても黙っているとでも!』

『それが明るみになれば、公爵家は終わりだ。そうなると姫との婚約も白紙となる』

『あいにくだが、もう俺は姫の婚約者ではない』

『だが惚れているのだろう? 勇者さえ殺せば――』

『だから! なぜそのように誇りを棄てるのですか、父上! 我らはこの国を護るために生まれたはずでしょう! そのために命をかけて戦うと誓ったはずだ! それを、こんなことをして――恥を知れ!!』


 テリムが叫ぶ。


 その言葉は、俺の心に深く響いていた。


 嗚呼、なんと誇り高く――そして、愚かなのだ、テリム。

 お前は、真っすぐすぎた。


『証拠は全て、ある場所に隠してある。いずれ人の目に付くでしょう。もう終わりです父上。 

 まだ――間に合います。師匠は言いました、人間はやり直せると。

 だから――』

『……はあ、仕方ない』


 公爵がため息をつく。


『計画を、修正せねばな』


 次の瞬間。


 テリムの背後から影が現れ――テリムの胸を貫いた。

 仮面をつけた、ニンジャだった。


『が――はっ』

『全て、お前が悪い。お前のしでかした事だ。そういうことになる。

 そうだな、帝国の魔術師より借り受けた悪魔――それと共謀した事にでもしようか。

 帝国と繋がったのも、勇者に暗殺者を送り込んだのも、全て――お前の独断だ、息子よ。

 ああ、それが失敗したら悪魔のせいということにしてもよいかな。

 ともあれ公爵家と帝国のため、泥をかぶってくれ。

 忠義者の息子を持って、私は幸せだよ、テリム』

『ち――ち、う……』


 そして――テリムは倒れた。


 その息子の遺体を見下ろし、父親は――薄く笑っていた。



「ち、違う……これは何かの罠です! 国王陛下!

 この者は悪魔に操られていたのです! そうでなければこのような事が!」

「…………」

「勇者様! 貴方は騙されているのです! 目を覚ましてください!」


 ……。


「ヴァハルランス公爵、もういい」


 俺は言った。


「天界の魔術には、出来事を再生する魔術がある。それで全て見ていた。

 ああ――惜しむらくは、ドローンから、アトラナータから連絡が入った時点で間に合わなかったという事だが」


 もっと気を配るべきだったのだ。


 テリムが――真っすぐな正義感で、ああいった行動を起こすかもしれないと――想定しておくべきだった。


 遅すぎた。


 そうだ。テリムを死なせたのは――俺の未熟さだ。


「そ、そんな証拠などどこに――」

「貴様の手の者――ニンジャが俺の痕跡を調べるため、仲間の死体を減り返し回収したことも知っている。そして――」


 そして、地響きが鳴った。


「な、なんだ今のは……」

「公爵の屋敷の方角だぞ……」


 貴族たちが言う。

 その通りだ。俺はドローンからの通信映像を展開した。


「あの死体には偵察ドローンと……そして爆弾を仕込んでおいた。ニンジャたちが何人死んだかな」


 映像には、煙を上げる公爵家の屋敷があった。

 ギギッガたちも使い、無関係な使用人たちは無理やり退避させている。


「証拠となる映像は全て記録し、物証も抑えてある。

 貴様はもう――終わりだ」

「ひいっ!?」


 公爵の顔が引きつる。


「き、貴様ァ! 公爵家を敵に回して生きていけると思うのか!」

「この期に及んで、まだ貴様に貴族としての力と権威があると思っているのか」


 公爵はそれを聞いて周囲を見回す。


 誰も――この男の味方をしようとはしない。


「わ、私を殺せば帝国が動くぞ! 今、魔王軍もまだ健在なこの状況で帝国と事を構えるという事は――」


「ならば、帝国も潰すだけだ」


 俺は足を踏み出す。公爵は一歩下がる。


「テリムは――確かに愚かだった。若さゆえに短慮だっただろう。だが、彼は必死に自分と家と国にとって最善を模索していた。国を背負い、礎になろうと――」


「だ、だから……だから公爵家の為に死ぬのは貴族として当然だろう! それを、王国なんぞのために家を潰そうなどと、恩知らずな――」


 嗚呼、もういい。 


 頼むから、黙れ。


「貴様は、貴族ではない。親でもない。人ですらない……!」


 俺は拳を握る。


 握りすぎて――骨が砕けた。


「貴様は……! 決してやってはいけないことをしたのだ――――!!!!!」


 拳が、顔面を捉える。


 顔面が大きくひしゃげた。

 その衝撃で、公爵の体が吹き飛ぶ。


「ぐげゃあアア――――ッ!!!」


 床に転がってのたうち回る男を、俺は見下ろす。


「殺しはせん。貴様は法で裁かれろ」

「あ、が、ああ……っ」


 そして苦痛にのたうつ公爵を、衛兵たちが槍を突きつけ取り囲んだ。

 国王が言う。


「アラン・ウィンス・ヴァハルランス公爵……貴様の爵位を剥奪し、拘束する」


 捕らえられ、連れて行かれる元公爵。


 ……俺は自分の拳を見る。


「――テリムよ。お前との修行の成果だ。

 俺は、手加減できたぞ」


 このまま殴り殺してやりたかった。


 だが――テリムは、こんな男ですら、最後まで救おうと、罪を償えと言っていた。

 ならば、俺が怒りに――復讐心に流されるまま殺していいはずがない。


 そうだろう。だって――


「俺は。お前の、師匠なのだから――」


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