第36話 新居

「……俺は、もっと手加減を覚えねばならぬ」


 それが今後の課題だ。

 道すがら、俺はフィリム達にそう話す。


「アラム様に稽古をつけるのを渋ったのもそれでしたっけ」

「うむ」


 軍にいたころ、後輩の兵士たちへの指導ならば――まだなんとかなったが、あのような少年相手に稽古を付けるには、もっと手加減を知る必要がある。

 宇宙船ノーデンスで、アレフたちが襲ってきたときも事情もわからないまま一方的に返り討ちにしてしまった。


「どうにも、手をぬくと言う事が苦手なのだ。テリム殿との決闘でも、故に一方的に撃ってしまった」

「一発でしたもんね」

「……仮にも姫の婚約者、公爵家の子息に恥をかかせてしまった。俺がもっと上手ければ、適度に苦戦を演出したものだが」

「えー? 全力で負けた方がこう、気持ちよくないですか?」


 ラティーファが言う。

 獣人の文化ではそうなのかもしれないが。


「貴族というのは、色々と大変なのだ」

「華やかでキラキラしてるばかりじゃないですからねー。大変ですよね」

「うむ。貴族とは、かくあるべし、というものだ」


 俺は苦笑した。


「ま、先輩が気に病むことなんてありませんよ。あんな生意気なガキ、ちょっと痛い目見ればいいんです」

「お前は本当にブレないな」


 俺は呆れた。相手は公爵家子息だ。彼は彼なりに大変なのだろう。


「えへへ」

「褒めてはないぞ」

「ええ!?」


 そんなやり取りをしているうちに、目的地に到着した。


「ここが……」

「ああ。俺たちの新しく住む家だ」そこは、王都の西にある屋敷だった。

「大きいですね」

「そうだな」


 門の前で俺たちは立ち止まる。

 敷地はかなり広く、庭は手入れが行き届いており、花々や樹木などが多く植えられている。


「立派なお屋敷ですね」

「獣王国の王城に比べたら小さいだろう」

「いえいえ、逃走中の暮らしを経験してるからボクは全く大丈夫です!」

「ラティはたくましいな」

「えへん!」


 俺は屋敷の扉を開ける。


「先月まで人が住んでいたらしい」

「何故空いてるんですか? 引っ越しとか」

「殺人事件だそうだ」

「ふうん……物騒ですね」

「全くだ」


 俺は玄関ホールを見回す。床や壁は綺麗に掃除されており、調度品は置かれているが、飾り過ぎてはいない。


「……いい雰囲気の屋敷だな」

「はい」

「ラティは、人死にの出た屋敷で大丈夫か」

「んー? 問題ないですけど」

「そうか。たくましいな」


 俺もフィリムも軍人をやっていた。人死にの出た事故物件を忌避したりする事は無い。

 だが、一般人の感覚を持つラティーファには……と思っていたが、よくよく考えると脳筋獣王国の王女だ。問題はないようだった。


「えっと、なんか変なこと言いましたか?」

「いや、なんでもない。では、今日からはここで暮らそうと思うのだが、どうだろうか?」

「はい! よろしくお願いします!」


 こうして、俺たちの新しい生活が始まった。


『マスたーたちに常人の感性を求めても駄目なのですね』

「お前に言われたくはない」


 ……その後、俺たちはそれぞれの部屋を決めた。

 ラティーファとフィリムは二階の部屋を使い、俺は一階の部屋を使う事にする。

 そして食事は食堂でとることにした。

 夕食の時間まで、それぞれ自由に過ごすことにする。俺は屋敷の中を見て回る事にした。


「ここにいたのか」

「てけり・り」


 ノインが一室にいた。なんという……


「伸びて、いるな」


 スライムも体を伸ばすのか。床に、壁に、広がっている。

 気持ちよさそうだ。


「てけり・り」

「そうか」


 それは何よりである。

 俺は次の部屋にいく。

 そこにはアトラナータがいた。


『あ、マスター。調子はどうですか』

「うむ、自由に使える家というものはいいものだ」

『間借りしている部屋だと、自由利きませんからね』

「そういうことだ」


 俺はアトラナータに尋ねる。


「アトラナータはどうだ?」

『悪くない環境だと思います。ですがやはり、機を見て本体からいくつか荷物を降ろしたいですね』

「出来るのか」

「本体では、色々と修理中ですからね。

 ライトニングⅢや脱出ポッドも修理完了すれば、それらに荷物を積んで降下させることは可能ですね』

「なるほど。それは色々と役に立ちそうだ」

『はい』

「その時は頼む」

『任せてください』


 そうして俺は次に行く。次は……地下だ。


「これは……」


 階段を下りると、広い空間があった。


「すごいですね」

「ここは一体なんだ」

『倉庫ですね。食料や日用品が保管されています。あと、武器もありますね。結構な数です』

「武器?」


 俺は周囲を見る。確かに様々な武器がある。剣、槍、斧、弓などだ。


「……随分と種類があるな」

『武器庫といったところですね。まあぶっちゃけ、我々には無用なのですが』


 確かにそうだ。俺たちの武装とは文明レベルが違う。


「ここはギギッガたちが気に入りそうだな」

『彼らに拡張させて、ネメシスを格納するのもありですね。森に隠しておくだけだと、多少不安も残ります』

「たしかにな」


 ステルス機能で隠しているとはいえ、雨風の問題もある。


「その辺りは、おいおい考えよう」


 俺はそう言って、地下室を後にする。次に、風呂場に向かった。


「おお」


 かなり大きな浴槽だ。それに洗い場も大きい。これなら、五人ぐらいなら一緒に入れそうである。


「入ってみるか」


 そう思い、服を脱いで湯船に浸かる。……ふむ、なかなか良い。


「ふぅ……」


 肩の力が抜けるようだ。俺はゆったりとした時間を過ごした。


「……さて、そろそろ上がるか」


 十分温まったところで、俺は浴場を出る。……その時、扉が開いた。


「えっ」

「ギッ」


 そこには、直立歩行の甲殻類がいた。


「ギギッガ。お前も……風呂に入るのか」

「ギッグッ」


 興味はあったらしい。

 流石異常個体。変なところが人間っぽい。


「てけり・り」

「お前もか、ノイン」

「てけり・り」

「……俺ももう少し入るか」


 そして、人間と、甲殻類と、スライムの三人で湯を堪能した。



 それからしばらくの時間が経ち、夜になる。

 食堂に集まった俺たちは、晩餐会を始めた。

 テーブルの上には、料理が並んでいる。


 焼いただけの肉。

 切っただけの野菜。

 簡単な味付けのスープ。

 先日までの豪華な宮廷料理とは比べ物にならない、雑な料理。

 俺はそれを口に運ぶ。


「――――――――良い」


 俺は満足げにうなずいた。


「美味しいですね!」


 ラティーファも嬉しそうだ。


「うん、美味しいです」


 フィリムも笑顔で食べる。


「ふふん、ボクの料理の腕も上がったでしょう?」


 ドヤ顔で胸を張るラティーファ。


「ああ、美味いな」

「えへへ」


 俺の言葉に、ラティーファは照れ臭そうに笑う。


「シンプルで雑な料理こそ求めていたものだ」

「ええ、本当に……」

『それ褒めているように聞こえないのですが』

「何を言う。単純な料理こそ、案外難しいものだ」

「ですよね。ああおいしい」


 俺とフィリムは感動している。

 特に貧乏舌というわけではない。ただ、ずっと豪華な料理ばかりだったからこういうのがいいのだ。


『ノーデンスから物資を運ぶ時、レーションとか持ってきますね』

「頼む」


 俺は心からアトラナータに頼った。


「てけり・り」

「ノインも気に入ったか」

「てけり・り」


 ノインは器用にフォークを使って食事をする。


 ……スライムがナイフとフォークで食べる光景は異様だが、まあそういうこともあるだろう。


「旦那様、おかわりありますよ」

「ああ、貰おう」

「はいはい」


 ラティーファが給仕をしてくれる。


「ラティーファは、料理が上手だな」

「えへへ、ありがとうございます!」

「明日は私が作りますね!」

「ああ、頼む」


 フィリムが張り切っている。彼女は家事全般が得意だ。


「……そういえば、この屋敷は誰が使っていたのだろうな」


 俺はふと思い出す。


「殺人事件があったとか聞きましたけど……」

「殺人事件か」

「どんな事件だったんですか?」

「確か……強盗の類だったはずだ」


 屋敷に押し入った賊が、使用人を皆殺しにして金品を奪った後、主を殺害したらしい。


「酷い話ですね……」

「全くだ」

「怖いですね……」

「そうだな」


 死者の霊を恐れるつもりはないが……あまり気分の良いものではない。


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