第35話 決闘


 翌日。闘技場の控え室にて、俺は鎧を着て待機していた。

 鎧はこの世界のものだが、下にはパイロットスーツを着用している。


「めちゃくちゃテンション上がりますね!」

「頑張ってください、旦那様!」


 フィリムとラティーファのテンションは高い。

 俺と対照的に、だ。


「どうしてこうなった」


 俺は言う。気が重い。


「有名税って奴ですよ」

「そういうものか」

「そーいうものです」


 フィリムは胸を張る。


「お前も似たようなことが起きたのか」


 聖女としてもてはやされている彼女だ。色々とあるのかもしれぬ。


「ありましたね。実力行使で黙らせましたけど」

「脳筋聖女か」

「教会で逆らう子はいなくなりました。

 舐められたら負け、軍で学んだことです」


 詳しくは聞かないでおこう。



「勇者様」


 リリルミナ姫が入ってくる。


「……リリルミナ姫」

「いよいよですね」

「ええ」

「相手は公爵家の子息です。それも、かなり気性の荒く……」

「そうですか」

「心配ではありませんか?」

「はい」

「……」


 リリルミナ姫は困った顔をした。


「……ご武運をお祈りしています」

「ありがとうございます」


 俺は礼を言う。


「……勇者様は、私が危ない目にあっていると、いつも助けに来てくれます」


 リリルミナ姫は微笑んだ。


「勇者様は、私のヒーローです」

「……」


 俺はリリルミナ姫を見る。彼女は微笑んだまま俺を見つめ返してきた。

 ……俺は、彼女が無事で良かったと思う。それは、間違いなく俺の本心だ。だが、それは俺の目的のためでしかない。

 復讐を進めるためには、俺は……この惑星の人々に、国に信頼される必要があるからだ。

 それだけにすぎぬ。


「……自分は、自分が守りたいものを守っているだけです」

「ええ」

「……ですが、リリルミナ姫も、自分の大切な人の一人だと思っています」

「勇者様……」


 リリルミナ姫は頬を染めてうつむいた。そして、小さな声で、はいと言った。

 俺は立ち上がる。そろそろ時間だ。


「では、行ってきます」

「はい。頑張ってください!」


 俺は部屋を出て、闘技場に出る。



 観客席には多くの人々が集まっていた。フィリム、ラティーファ、リリルミナ姫の姿もある。

 侯爵たちもいた。

 皆、暇なのだろうか。


「ふん、逃げずに来たことは褒めてやろう」


 テリムが言う。


「……」

「なんだその目は! 貴様は俺に負けたらリリルミナ姫を渡すと約束したのだぞ!」

「……」


 した覚えなどないのだが。


「何とか言ったらどうだ!」

「渡すも何も、姫は私の所有物……」

「なんだと!! 姫を所有物だと!? なんと不敬な!!!」


 ではない、と言おうとしたのだが。


「もはや許せん!! 決闘では命を奪ったとしても不問にされると知らないとは言わせぬぞ、勇者!!」


 テリムが叫ぶ。そして剣を構えた。

 いや、知らなかったのだが。


「それでは決闘を始める!!」


 レオンハルト殿下が宣言する。


「相手が敗北を認める、あるいは気絶する、戦闘不能ねになったら終了とする!

 あらゆる武器、魔法の使用を在りとするが、己の誇りにかけ、卑怯な行いは慎む事だ!!

 双方、名乗りを!!」

「テリム・ノール・ヴァハルランス!!」

「ティグル・ナーデ・アリュリュオン」


 そして、構える。


「始めいっ!!」


 殿下の号令と共に、テリムが剣を抜き、走る。


「覚悟ぉおおおお!!!!」


 振り下ろされた刃を、俺は回避する。


「ふんっ!  逃げるだけかぁああ!!」


 テリムは次々と攻撃を放ってくる。


「ふははははははははっ!! 避けるので精一杯かああっ!!」


 俺はテリムの攻撃を避け続ける。重力負荷を解除――する必要もない太刀筋だった。

 愚直すぎる故に、見切りやすい。


「くらえええぇええっ!!」


 強烈な一撃が来た。俺はそれを剣で受け止めた。火花が散る。


「ほう、やるではないか!!」


 テリムはさらに連続攻撃を仕掛けてきた。俺はそれを全て捌いていく。


「……」


 しかし困った。

 このまま攻撃してよいものか。

 剣で斬り返すのは簡単だが……それだと問題がある。

 決闘という事で、真剣だ。

 これで斬れば、殺してしまう可能性は高く、それはまずい。

 仕方ない。


 俺は、跳躍して飛びのく。


「ふん、臆したか、それとも魔法か? だがあっ!!」


 テリムが叫び、魔法陣を展開した。防御系の魔術道具のよようだ。

 俺はブラスターを抜いて、撃った。


「ぐぎゃあっ!!」


 ……。

 テリム・ノール・ヴァハルランスは、倒れた。

 完全に気絶している。痙攣している。


「……勝者、勇者ティグル!!」


 周囲は唖然としている。

 ……剣で斬り合って場を盛り上げるべきだったろうか。だが、それで殺してしまうわけにもいかない。

 スタンモードのブラスターで勝負を決めるのが一番確実なのだ。

 この世界の人間は銃を知らない。

 遠距離攻撃といえば、魔法か弓矢、投擲武器だ。

 それらの対策はしていただろう。金に飽かせて、対魔術防御の装備ぐらいは固めていただろう。矢避けの魔法などもこの惑星にもあるという。

 だが、流石にスタンブラスターは想定していなかったのだろう。

 撃ち出される単純な電撃だ。

 ……あまり手の内は必要以上に晒したくはないが、仕方ない。


 少しして、喝采が会場を埋め尽くす。


 俺は歓声に応えながら、内心ため息をついた。……また面倒なことになるな、と。



◆◇◆◇◆


「計画は順調だな」


 闇の中で、男が笑う。


「ええ。想定通りに事は運んでいっています」


 対峙する男が頷いた。


「些か思い通り過ぎるきらいもあるが――何はともあれ順調だ。

 王宮の連中は、みなあの勇者を讃えている」

「我らの計画通り、掌の上で踊っているとも――知らずにね」

「ああ、その通りだ」


 男は笑う。


「国王も、王女も気づいていない。

 もうすぐ、この国は――俺たちの思い通りになる」

「しかし、邪魔者はどうしますか」

「ふむ」


 男は思案する。


「現状、こちらから手を出す必要はないだろうさ。奴らが暴走して自滅するならそれでよし、自粛するなら……まあ、しばらくは目をつぶっておいてもいい」

「お優しいことで。私なら、邪魔者になりそうなら潰しますが」

「いずれ手は打つさ。今は手札を揃え、基盤を固めるのが先だ」

「仰せのままに」


 二人は笑いあう。その時、ドアが開いた。


「失礼します」


 一人の兵士が入ってくる。彼は、緊張した面持ちで報告を始めた。


「陛下がお呼びです」

「わかった。すぐに行くと伝えてくれ」


 男の言葉に兵士はうなずく。そして退出した。


「――これも計画通りか?」


 男が尋ねる。対し、対面の男は肩をすくめた。


「今のところは」

「……そうか。成就が楽しみだよ」


 そして二人は笑った。


「その時を待っていろ。勇者ティグルよ」

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