第26話 黒い山羊

「……」


 俺は無言で、ゆっくりと旋回し、離れる。


「はは……ははははははっ!! すげぇ、すげえよ隊長!! はははははははははっ!!!」


 ギデオンは大爆笑する。


「いやいやいやいや、マジで驚いたぜ!! まさか、こんな隠し玉があるなんてなあ!! 隊長、アンタ最高だよ! ああ、認めてやるよ隊長!!! だからさあ……っ」


 ギデオンが通信越しに言った。


「絶望しろや」



 直後、奴の身体から膨大な魔力が溢れ出した。


「なっ!?」

「――!!」


 その魔力は渦を巻きながら、天高く立ち上る。


「……これは」


 俺は思わず呟く。


 その魔力は――あまりにも禍々しいものだった。


「……くっくっ」


 ギデオンが笑い出す。


「くくくくくく、勝ったと思った?

 俺の力は――“あの場所”で俺が得た力は、女神の加護の力はなあ、こんなもんじゃねぇぜ?」


 そして、魔力が渦を巻く。


「イア イア シュブ=ニグラス! 千匹の仔を孕みし森の黒山羊よ!

 イアール ムナール ウガ ナグル トナロロ ヨラナラーク シラーリー!」


 ギデオンが呪文を唱える。

 こいつは……魔術は使えなかったはずだ。


 これはいったい……


「イムロクナルノイクロム! ノイクロム ラジャニー!

 イア イア シュブ・ニグラス!」


 闇が、瘴気が凝縮してゆく。


「トナルロ ヨラナルカ! 山羊よ! 森の山羊よ! 我が生け贄を受取り給え! 召喚!」


 ギデオンが、 


 叫ぶ。


 その瞬間、その空間が裂けた。


「――!?」


 俺はその光景を見て、戦慄する。


「なっ……!」


 俺は絶句した。なぜならば、そこに現れたのは――

 巨大な――黒い球体だったからだ。


「……なんなのだ、あれは」


 球体――いや、それは触手だった。

 絡みつき、うねる触手。

 そしてそこから、蹄のある足が幾つも突き出ている。


 その触手が伸び、ライトニングⅢに絡みつく。


「ひゃははははは!」


 両断された機体が再び結合する。


 いや、それどころではない――

 黒い触手の球が、融合していく。 ライトニングⅢの機体が、どんどん巨大化していく。


「どうだ!! これが俺の新たなる力――」


 ライトニングⅢは――否、ライトニングⅢであったものは、異形の怪物へと姿を変えていた。


「――正義の機神、ライトニング=アストレア!! ――って所かぁ?」


 そうして誕生したのは、全高50mを超える巨体。

 漆黒の装甲を持つ、四本腕の機体。


『アストレア――正義の女神ですね。こちらのネメシスという機体名に対抗でもしたつもりでしょうか』


 アトラナータが言う。だが、俺はそれどころではなかった、


「――っ!」


 その姿を見た時、俺は理解した。


 このネメシスでは――勝てない。


「くっ!」


 ネメシスは後退し、距離を取る。


「ははははははっ!!!」


 ギデオン――いや、ギデオンの姿をした何かの高笑いだけが、獣王国の空に響き渡った。


「兄上様、どうしよう……」


 ラティーファが不安そうな声を出す。


「――落ち着け」


 俺は努めて冷静に言う。

 自分に言い聞かせる優に。


「大丈夫だ」

『マスター』

「ああ」


 ラティーファは知らないだろうが、俺には……ノーデンスには、冥王を斃した武器がある。

 軌道上から金属棒を射出投下する質量兵器、神の杖。


「落とせるか」

『問題ありません。ですが……』

「わかっている」


 問題は、それを奴に当てられるかどうか。

 拠点爆撃ではなく、動く敵に対して当てねばならないのだ。


「……」


 俺は操縦桿を強く握る。


 奴の機動力は高い。

 下手に近づけば、即座に迎撃される。


「――だが」


 俺は操縦桿を倒し、機体を加速させる。


「まずは奴の動きを止める」


 奴の注意を引き付ける。

 そして、神の杖で破壊するのだ。


「――行くぞ」


 ネメシスは、ライトニング=アストレアに向かって飛翔する。


「――来るかよ」


 ギデオンは、ニヤリと笑う。


「いいぜ、来いよ」


 そう言って、ライトニング=アストレアの姿が消える。


(やはり、速い)


 俺は、必死に機体を操る。


「っ!」


 俺は舌打ちをする。

 先ほどよりもさらに速い動きで、ライトニング=アストレアを追わなければならない。

 身体の負担が大きい。


(くそっ)


 俺は歯噛みしながら、操縦桿を動かす。

 モニターから敵の姿が消える。


(どこへ行った?)


 高速で飛行し、辺りを見回す。


「兄上様! 上!」


 真上を見ると、ライトニング=アストレアが上空から急降下してくる。


(――速い!)


 俺は舌打ちする。

 そして、ブレードを構える。


「ひゃっはあっ!」


 ライトニング=アストレアがブレードを振り下ろす。


「ちっ」


 俺はすんでの所で回避し、機銃で反撃を行う。

 だが、当たらない。


(こいつ……!)


 こちらの攻撃を全て見切られている。


「オラァッ!!」


 ライトニング=アストレアが蹴りを放つ。


「ぐっ!」


 俺は咄嵯に反応し、魔力障壁で防御するが――衝撃で吹き飛ばされる。


「くっ」


 俺は歯を食いしばる。


「くくくっ――」


 ギデオンの笑い声が聞こえる。


「隊長ォ、アンタ強いぜ、ここまて゜食いついてくるなんてなァ」


 そう言いながら、再び姿を消し、今度は背後に現れる。


「でもなぁ、残念ながら――」


 そして、強烈な回し蹴りを叩き込んでくる。


「っ!?」


 俺は反応が遅れ、まともに喰らう。


「俺の方が――」


 そのまま、地面に叩きつけられる。


「――もっと強い!!」


「が――はっ」


 俺は血を吐きながら、立ち上がる。


「ははっ!!」


 ギデオンが高らかに笑った。


「流石は隊長だ! 俺の攻撃を受けても立ってるなんてなあ!! マジで尊敬しちゃうぜ!!」


 ギデオンはそう言うと、両腕を広げる。


「ああ、そうだよなあ! アンタはすげえよ!! だからさあ――」


 ギデオンは目を輝かせて叫ぶ。


「見せろよ。隠してんだろ、切り札をよお!」

「っ」

「なあ、見せてくれよ! なあなあなあなあなあなあ! さあさあさあっ!! 出し惜しみせずによぉおおおっ!!!」


 ギデオンは狂喜する。


「……っ」


 だが、好機だ。


 圧倒的なスペックの差に、油断している。こちらを舐め切っている。


 そこを――つく。


『マスター、好機です』

「ああ――」


 俺は、アトラナータに……ノーデンスに命令を下す。


 山一つ吹き飛ばす、質量兵器。

 威力を絞り、ライトニング=アストレアだけを貫く。そのための計算は終わっている。


 あとは――


「神の杖……投」


 だが、言い終わる前に。


「共和国緊急指令コードBO6483TTTXZ――オーダー999」


 ギデオンの声が響いた。


『――――――――命令を承諾。全システム権限を委譲。これより指揮権はギデオン・フェリ曹長に移行します』


 アトラナータが、静かにそう言った。

「――!?」


 ネメシスの動きが止まる。


 操縦桿を動かしても、反応しない。


「ぎゃーはははははははははははははは! はは! はははは! ははははははは!」


 そして、ギデオンの笑い声だけが響く。


「はは! 悪いね隊長! その機体は、いや宇宙船は、俺のモノになった!」

「なんだ……これは」


 俺は呆然と呟く。


『マスター、申し訳ございません。もうあなたの命令は無効です』

「どういうことだ?」


 アトラナータの言葉を聞き、思わず聞き返す。


『現在、私の――機体の支配権は、ギデオン・フェリ曹長のものとなっています』

「何だと?」


 俺は目を見開く。


「何を言っている? お前は――


『はい、私の意思はマスター・ギデオンのもの。

 私が所属し、忠誠を誓う偉大なる銀河共和国の軍事コード、オーダー999により、銀河共和国所属の兵器は全て、発令者であるマスター・ギデオンの下にあります』

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