第19話 ギギッガ

 そして、いくつかの街を回った。


 どこも同じだった。


 旅の商人である俺たちを歓迎する。

 そして宿を用意し、眠り薬を仕込んで眠らせて、襲おうとする。

 当然撃退するのだが……彼らは皆、自分たちを守るため、大切な者を救うために勇者の支配に抗えず、犯行に走る。

 なので、ラティーファと俺の正体をあかし、呪詛菌糸を除去するまで……だいたい同じ展開の繰り返しだった。


(昔宇宙テレビでやっていた、ミートゥンの元副大統領の世直し旅を髣髴とさせるな……)


 あるいは、トゥ=ヤンマのゴールド公王だろうか。この犬耳を見忘れたとは言うまいな、と。

 さすがに辟易してくる。

 なので途中から、村や町を迂回する事にした。


 数日がたった。

 道中何度か盗賊や魔獣の襲撃があったが、ただの盗賊や魔獣だったのでそこらは割愛する。


「先輩、大丈夫ですか?」


 夜になり、野営の準備をしながらフィリムが言う。


「ああ」


 俺は答える。

 だがフィリムの言う通りだ゛な……少し疲労感がある。

 やはり慣れない環境での旅というのは負担が大きいようだ。


『マスター、無理なさらないでください』

「ああ、わかっている」


 俺は地面に腰を下ろし、ため息をつく。


「大丈夫ですか先輩」

「ああ……なんとかな」

「ならよかったです」

「ふむ」

「てけり・り」


 心配してくれるのはありがたいが……しかし先ほどから何か引っかかる。

 俺は立ち上がり、周囲を見回した。


「どうかしたんですか?」

「いや……なんでもない」


 疲れているから、過敏になっているだけだろう。


「さて、今日はもう寝ようか」

「はい、先輩」

「うむ」


 俺とフィリムは竜車の中に入り、横になる。


「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」




 深夜……俺はふと目が覚めた。


「……なんだ?」


 誰かに見られている気がする。

 先ほどからの違和感の正体か。


 アトラナータの警戒網に引っかからないとなると……


 気のせいか、あるいは。


(機械に反応しない存在……例のミ=ゴか)


 だが気配は感じる。どこかから見られているのは間違いない。

 俺はブラスターを手に取ると、そっと外に出ようとする。

 すると……


「先輩!」


 フィリムとラティーファも声をすてきた。


「なんだ、お前たちも起きていたのか」

「はい」

「で、どうしたんだ?」

「はい、実は……」


 フィリムの話によると、何者かの足音が聞こえてきたらしい。


「おそらくミ=ゴだろう」

「やっぱりそうですか……」

「ああ」


 どうしたものか……と悩んでいると、木々がガサガサと震えた。


「注意しろ」


 俺たちは油断なくブラスターを構え、そして進む。

 すると、


「あっ」

「ギッギ?」


 至近距離で、ミ=ゴと対面した。


「……」

「……」


 一瞬の沈黙。


 そして俺はブラスターを構える。


 だが刹那。

 ほんの一瞬、ミ=ゴが早かった。


 ミ=ゴは。


「…………えっ」


 仰向けにごろんと転がった。


 その姿は例えるなら。

 動物が服従の証として腹を見せる。そんな姿だった。


「……………………どういうつもりだ」

「ギギッゴッガ」


 ミ=ゴが言う。


 ……なるほど。


「降参します、だそうだ」

「先輩、言葉わかるんですか」

「なんとなくだが。ノインと同じくテレパシーで会話する種族のようだ。

 先日の連中は敵意しかなかったのだが」

「ギギガッ」


 ふむ。

 どうやらこのミ=ゴはなんというか、異常個体らしい。

 彼らは個人という認識が薄い、昆虫に近い生物とのことだ。

 だが、時折個性のある個体も出る。

 そういう場合、統率体になるか、あるいは……


「没個性のふりをして粛清を逃れる、か」


 ミ=ゴの世界でも出る杭は打たれる、というものらしい。

 しかしそうなると疑問が沸く。


「なぜお前はこんな所にいるのだ」


 俺は問う。


「ギギッガッギ」


 ……俺たちに接触しにきたのか。


「先輩、罠では?」

「……かもしれん、だが」


 グリフォンの穴に入らずんば仔グリフォンを得ず、という言葉もある。


「行くんですか」

「ああ」


 俺たちは、このミ=ゴの誘いに乗ることにした。



「名前は何という」

「ギギッガ」

「無いのか……じゃあ、ギギッガでいいか」

「安直ですね先輩」

「ではユリアン……いやライフェル……」

「まともな名前ではありますけど外見と合ってないですよ。ギギッガの方があってますね」

「ボクもそう思います」

『ですね。センスがネタにならないレベルでずれているという、微妙につまらない感じです』


 ……。


「解せぬ」


 どうすればいいのだ。


「まあいいか……とにかく、よろしく頼むぞ」

「ギギッガ」


 こうして奇妙な仲間が加わった。


「さて、目的地はどこだ」

「ギッガガ……ガ」


 ふむ……ここから北西の方角にある洞窟か。


「わかった。行こう」


 俺たちは歩き出した。


「あの……本当に信用して大丈夫ですか?」

「うむ」


 確かに、少し怪しいかもしれない。


「とはいえ、他に手がかりがないのも事実だからな」

「……わかりました」


 俺たちは歩き出す。

 すると、ラティーファが声を上げた。


「兄上様、あれ!」

「む?」


 見ると、崖の下に巨大な洞窟があった。


「あそこ、でしょうか?」

「……だろうな」

「行ってみましょう」

「そうだな」


 俺たちはその洞窟に入っていく。

 中は薄暗いが、アトラナータの照明を点ければ問題ないだろう。


「これは……」


 中には無数のカプセルが並んでいた。


「なんだか培養槽、みたいですね」

「うむ」

「先輩……」

「ああ……」


 嫌な予感がする。

 だが、ここで引き返すわけにもいかない。


「……行くしかないな」

「はい」

「うん」

「てけり・り」


 そして、ギギッガに案内されるまま、奥へ進んだ。

 そして最深部に到達する。


「ここか」

「ギッゴゴッ」


 目の前には大きな祭壇があり、その上には……


 一つの円筒形のカプセル。

 液体が満たされたそこに浮かぶのは……


「……脳髄」


 脳だった。

 人間の、だろうか。それとも……。


 脳が浮かんでいるそれから、声が響いた。


『誰か……そこにいるのか』


「喋った!?」

「……誰だ」


 俺は警戒しながら尋ねる。


『己は……そうだ……』


 しばらくの沈黙の後、その男は答えた。


『己の名は、ガーファング……かつての……獣王……』

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