第20話 王族たち



 国民たちは、遠い過去に国を破壊に追いやった怪物が本当は自然災害だという事も、王家に代々伝わる能力についても知りません。


 それを逆手に取り、言い伝えを再現……もとい、再演してしまうのです。


 彼らを一人残らず安全な場所へ避難させたあとで、人為的にを作ってしまおうというのが彼の魂胆でした。


 彼女の手腕を信用していなかったわけではありません。


 とはいえ、訃報を受けた隣国の出方は読めないものでした。


 最悪の場合、時を置かずに侵攻が始まる可能性もあると彼は踏んでいたのです。


 そのため、出来る限り早く民を避難させる事が最優先事項でした。問題は、どう彼らを納得させるかという一点のみです。


 そうして彼が導き出した結論が、自身の能力を使用する事でした。


 しかし、やはりと言うべきか、彼の両親は計画の実行に後ろ向きな態度を崩しません。


「なにを言っている! 早まるな!」


「そうよ……。探せばきっと、別の方法だって取れるはず……」


「早まってなんていない。……他に方法があれば、喜んで選んでいるさ」


 言わずもがな、それは彼にとっても苦渋の決断。愛してやまぬ故郷を自らの手で終わらせる事など、彼はまったくもって望んではいません。


 しかし、皮肉にも、彼はそれを為し得るだけの能力を持っています。


 それどころか、彼の受け継いだ力は、まさにこういった緊急事態にこそ取るべき最終手段でさえありました。


 彼がその能力を発動させ、噴火を引き起こせば、この国全体が吹き飛ぶでしょう。


 そして、噴火がおさまり、壊滅状態となった跡地に人魚たちの死体が見当たらないとなれば、不審に思う者が出てくるであろう事も彼は見越していました。


 ゆえに、『クラーケン復活の予兆を感知した人魚がおり、その者が皆を逃がした』という筋書きを立てたのです。


 クラーケン伝承が伝わっているのは隣国とて同じ事。例外はやはり、王族のみです。中央広場に全国民を集め、側近の男に大々的に広報を頼んだのもそのためでした。

 

 かなり強引な理由付けとはいえ、そうすれば人々がいない事も説明がつきます。


 いずれすべてが白日の元に晒されようと、誰も罪になど問われるはずはありません。


 彼らは命惜しさに国を捨てて逃亡を図ったのではなく、兵たちの指示に従い、未曾有の大災害に備えて避難しただけなのですから。


 隣国の民や第三者たちをそういった仮説に導くためにも、彼は噴火を虚言で終わらせるわけにはいきませんでした。


 何事も起こらなかった場合、罪を被る事になるのは立案者の彼自身ではなく、澄んだ青い鱗が美しいあの人魚です。


 それだけはなんとしても避けなくては、一芝居打った意味がなくなってしまいます。


「その力を使えば、すべてが終わるんだぞ」


「最初から承知の上さ」


「……あなたの言う『すべて』には、自分の命も含まれているの?」


「当たり前だ。私はここで死ぬ事に躊躇いなんてない。未来なら、生き残った者たちが創り出してくれる。このうえなく納得できる命の使い途だよ」

 

 彼の両親はこの計画に最後まで猛反対するつもりのようで、彼を引き止めようと必死に説得を続けます。


「あなたが納得していても、私たちはそうではないの……」


「そうだ。とんだ親不孝者だぞ」


 二人はなおも食い下がりますが、彼も負けじと言い返します。


「だろうね。でもね、母さんに父さん。二人は昔から言っていたじゃないか……。なんのために私たちが人魚ひとの上に立っているか。王族とはどうあるべきか。何度も何度も繰り返し、教えてくれた。……そうだよね?」


 経済危機に瀕しては私財を擲ち、危険生物の王都接近の際には自ら打って出る……。彼の両親は王族としての生き方を、いつでも行動で示してきました。


 二人の偉大な背中を見て育った彼は、自分も将来は持てるすべての技能も命も国のために用立てるのだと心に誓っていたのです。


 ひとたび能力を使用すれば、その場を離れる時間もなく水蒸気が爆発します。使用者が助かる見込みはありません。


 彼が継承した力は、一国のみならず保持者にまで破滅をもたらすものでした。


 しかし、それが一体なんだというのでしょう。彼も、彼の両親も、もとより王家に生まれし身。命など、生まれたその瞬間から自分だけのものではないのです。


「私は、二人が与えてくれた命を、最大限に活かそうとしているだけなんだよ。どうかわかってほしい」


 身命を賭し、国のために尽くしてこその王族だと、彼は幼い頃より言い聞かせられて育ちました。


 そう反論すれば、二人は言葉を失い、泣き笑いのような表情を浮かべます。


 承諾の代わりに母は力一杯の抱擁をくれ、父はやや控えめに彼を抱きしめたのち、頭を撫でてくれました。


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