第18話 訃報



 その頃、海底では。淡い黄緑色の鱗を持つ人魚が一人、頭を絞っていました。


「彼らには……なんとしてでも、真実を伝えなくては」


 彼は、隣国の王家に、金色の鱗の人魚の訃報と彼の身に降りかかった凶事について知らせる最善の方法を考えている最中です。


 彼も立場ある身。筋を通すためには自ら出向き、説明を行う必要がある事は理解していました。


 しかし、すべてを包み隠さず話せば、その身を危険に晒すことになります。


 個人の心情としては、それでも構いませんでしたが、そこで死ぬわけにはいかない理由が彼にはありました。


「これしかないか……」


 悩みぬいた末、彼は隣国に使いを出すことに決めました。


 任命されたのは、薄い橙に闇に映える縞模様をした雌雄同体の人魚です。彼女は友人たちと恋の話に興じているところでした。


「ねえ君、休憩中に悪いんだけど、ひとつ仕事を頼まれてほしいんだ。緊急の用事でね」


「あら、珍しい。もちろん、問題ないわ」


 彼女は急な呼出しに気を悪くする風もなく、主の依頼を二つ返事で引き受けました。


「楽しい時間を邪魔して、本当にすまないね」


「ああ……そんな申し訳なさそうな顔しないで、ご主人様。あたしたち、そのためにいるんだからいいのよ。お喋りなんて、いつだってできるわ」


 すでに仕事モードに頭を切り替えた彼女は、きっぱりと言い切ります。


 日に数度の食事よりも噂話を好むこの人魚は、意外にも口が堅く、信頼のおける側仕えでした。


 また、趣味と実益を兼ねた情報収集能力と交渉術は目を見張るほどのもので、この国の外交の要といっても過言ではありません。

 

「……ありがとう。恩に着る」


「ええ。じゃ、そういうわけだから、あたしはここで失礼するけど。また今度、お茶しましょうね!」


 彼女は友人に断りを入れ、にこやかに軽やかに、その場をあとにします。


「うん、またね~!」


「約束だよぉ。お仕事頑張ってねぇ」


 手を振って見送る気のいい人魚たちから十分に距離を取ると、彼は彼女に要件を伝えました。

 

「……それで、あんな浮かない顔を」


「私もまだまだだね。いくら君が鋭いといっても」


 淡い黄緑色の鱗を持つ人魚は困ったように笑います。


 彼が決して小さくない目を隠してしまうほどわざとらしい笑顔を見せたときは、きまってなにか隠し事をしているときだという事も、彼女はよく心得ていました。


「あの子の件についてだけど、詳しい事はあとで聞かせてもらえるのよね?」


「ああ。……ただ、話すのは難しいかな。でも、君の好奇心は必ず満たせるはずさ」


「とっても引っかかる言い方だけど……いいわ。なにも聞かないでいてあげる。その代わり、ご主人様も頑張ってね。他にやらなきゃいけない事があるから、あたしにこんな重要な任務を与えてくれたんでしょう?」


「うん、頑張るよ。…………一世一代の大プロジェクトだ」


 そう呟く彼は、とても真剣なまなざしをしていました。その気迫に彼女が返答もできずにいると、彼は黙って背を向け、泳ぎ出します。


「……成功を祈ってる」


 ぐんぐん離れていく彼に、どうにか紡ぎ出した彼女の言葉は届いたのでしょうか。


「あたしも、任された仕事をしないとね」


 彼女は重い鰭を引き摺って、しばらくぶりの隣国を目指します。


 人々で賑わう見慣れた王都を追い越し、公園を抜ければ、そこはもう近くて遠い別の王国。


「すみません! 国王陛下にお目通り願いたいのですが……」

 

 運よく知り合いの兵士に会った彼女は、王家の者いぞくたちを集め、事情を説明することがかないました。


 報告を受けた人々の反応は様々で、殺された彼の母親はひどく取り乱し、彼女の首を締め上げようとします。


 ですが、そばにいた幼子に髪を引かれて思いとどまり、それ以降はみんなから少し離れた場所でうずくまってしまいました。


 幾人かの人魚は瞼を閉じ、静かに祈りを捧げています。


わたくしもなんと申し上げればよいか……。このような謝罪など意味をなさない事も重々承知しておりますし、どのような処罰も受ける所存でございます。私一人の命をご所望でしたら、どうぞ、いますぐにでも差し上げます。……ですから、宣戦布告もなく、我が国に攻め入る事だけは、どうか……ご容赦くださいますよう、お願い申し上げたいのです…………」


 我が身を顧みず陳謝する伝達係の誠実な様子に、今度は全員の思いが一致したようです。


 国王は、犯人の処遇についても慎重に話し合い、追って連絡すると彼女に言い渡しました。


 無傷で解放された彼女が潮の流れに逆らって帰国すると、街には不気味なほどに人魚気ひとけがありませんでした。先ほどまでの活気はどこへ行ってしまったのでしょう。


 しかし、彼女の疑問は速やかに解消しました。城へ戻る途中で通り抜ける中央広場に、全国民が集められているようです。


 嫌な予感が背鰭を駆け抜けましたが、彼女にはどうする事もできず、雑踏の中、アナウンスを待つしか選択肢はありませんでした。


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