第14話 贈り物



 彼女は己が罪をその身に刻むがごとく苦しみにのたうち回る胸を割り開き、ひとつずつ丁寧に言葉を重ねていきます。


「……ふふ。それなら私たち、おあいこねえ。でも、私はね……、貴女はなにひとつ悪い事なんてしていないと思うのよ……。は、いつも楽しかった……。こんなに長く生きたのだって…………きっと、貴女がいてくれたからねえ……。せっかくですもの……。こうなれば、死ぬまで私の事、存分に活用してちょうだいな…………」


 老婆は根っからの悪役じみた凄絶な笑みで言いました。彼女は見たことのないその様子に啞然とするばかり。


「でも、私が貴女にしてきた事は、決して許される事ではないわね…………。本当に、ごめんなさい」


 すぐに普段の『おばあちゃん』に戻った老婆。その変わり身の速さは魔法のようでした。

 

「それなら、おあいこだって言うなら……! おばあちゃんだって、なにも悪くないよ……。確かに最初は『娘さんに声が似てる』から、わたしによくしてくれたのかもしれない。でも、それだけの理由で、いままでしてくれた事全部が急に嘘になるなんて、ありえない! わたしは、おばあちゃんに何度だって救われた」


 彼女はハンカチを取り出し、べしゃべしゃな顔面を拭いました。凝固した涙に邪魔立てされながらも、必死に口を動かします。


「……そう、だとしても……。私は…………」


「それでも気にするって言うなら…………。おばあちゃんの優しさ、ね。それと…………わたしのほうこそ、ごめんなさい」


 老婆は柔らかく微笑んで頷きました。いまや息を継ぐのもつらそうです。彼女は老婆の手を取ると、両手でふんわりと包み込みました。

 

「ええ……そうこなくてはね…………。 手始めに、贈り物を……。ああ、そういえば……贈り物の話をしていたんだったわねえ……。ひどく逸れてしまったけれど……、この家にあるお洋服、全部貰ってほしいのよ…………なんて言ったら、貴女……困ってしまうかしらねえ。大量のお古なんて押し付けられて……」


「ううん……ううん! 他のどんなものより嬉しい……。でも、本当にいいの? おばあちゃんがずっと大切にしてきたものを、あっさりわたしに譲っちゃって」

 

「もちろんよ。私は、貴女だから贈りたいの……。捨ててしまうのも、他のひとに譲ってしまうのも違うのよ……。お洋服このこたちもきっと、喜んでくれる……。それにね、これは私の願いとも関係しているのよ…………」


「おばあちゃんの願い?」


「ええ、最後のねえ……。そう、最期のお願いを……聞いてほしいのよ…………。貴女なら、必ず叶えてくれるわよねえ…………」 


「なんでも叶えるに決まってる! だから、なんだって頼んでよ! おばあちゃん……、わたしの大好きなおばあちゃん…………」


 胸を叩いて豪語する彼女。その赤い目は、忍び寄る別れの気配に、再び涙で潤み始めています。


「見たいの……。貴女が、私の作ったお洋服を……作り直していない……そのままのお洋服を、纏っているところを…………」


 老婆は冷め切った紅茶で口を湿らせ、一文字一文字ゆっくりと確かめるように願いを託しました。


「……わかった! この家のどこかには絶対あるんだよね? 見つけられたら、どの服を着てもかまわない?」 


「もちろんよ……。すぐに貴女の持ち物になるんだもの……、なんだって着てちょうだい…………。ああ、でも……叶うなら……。夜の帳のようで、シルエットにこだわりがある……。それでいて、ターンを決めたら……綺麗に翻りそうなドレスがいいわねえ…………」


 豊富なヒントが指し示すものを即座に理解した彼女は、涙を拭って立ち上がります。

 

「……! わたしの憧れのドレス……。うん、絶対見せるから!」


 急いで部屋を出た彼女は、老婆が見当をつけた場所を片っ端からひっくり返し、無事にお目当てのドレスを見つけ出しました。


 焦がれ続けた憧れの品は、埃を被っていたものの、まだまだ現役の佇まいです。本命ドレスのそばには、何度もアルバムで繰り返し見たコーディネートと同じヒールも保管されていました。

 

 思わずドレスに頬擦りすると、よく知ったコロンの香りがほのかに舞い上がりました。


 当初の目的を思い出した彼女は、慌てて着替え、部屋まで一目散。靴は履かずに扉の前まで抱えて持ってきました。


 三回ノック、返事の隙間、ヒールに足を滑り込ませます。


 部屋の中から落ち着いたアルトに招かれ、その身に夜の帳を纏った彼女は、老婆の前に躍り出ます。


 すると、コロンの香りが二重に重なり、埃の臭いを打ち消しました。


 そして、彼女がよろめきながらターンを決めると、老婆は満足げに目を細め、そのまま眠るように天に召されていったそうです。


 彼女がドレスとヒールを身に着けたのは、退屈するほど長い一生で一度きりでした。


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