第5話 出会い



 淡い黄緑色の鱗を持つ人魚がまだ学生だった頃。


 彼は人魚気ひとけのない例の公園を憩いの場としていました。


 学友たちは来る日も来る日も隣国の悪口ばかり。授業や課題のことはもちろん、海底で話題の歌手や新種の危険生物のことさえ話題に上りません。

 

 決して彼らのことが嫌いなわけではありませんでしたが、自由時間をともに過ごすのは心身に多大な負荷がかかります。


 そのため、彼は休憩時間や放課後になると、よく一人で公園を訪れていました。ここは彼にとって喧噪から解放される数少ない場所でした。


 しかし、そんな平穏な日々も、ある日を境に崩れていきます。


 なんと、金色の鱗を持つ人魚とその友人たちも公園を利用するようになったのです。


 敷地面積そのものはとても広い……というより南北に長いものでしたが、その長さゆえ、公園らしい設備は各地に点在する程度でした。


 ひとつ先の設備を目指そうとすると、どんなに速く泳げる人魚でも、およそ一時間ほど休みなく泳がなければなりません。


 公園としての機能より国境としての役割を期待されて造設されたものであるという事情や、利用者自体がきわめて少ないということもあり、設備の不十分さに目を向ける者はいないようで、造設当初からその有様でした。


 そして、その設備の整っている数ヶ所の区域のひとつが、彼らの学校からそう遠くない場所に位置していたのです。


 初めて金色の鱗の人魚たちが姿を現したときは、その日限りの気まぐれだろうと気にも留めなかった淡い黄緑色の鱗の人魚でしたが、彼らは連日、彼がくつろいでいた区域を訪れるようになりました。


 本来ならば顔も見たくない相手でしたし、彼は昔からここへ通い続けています。思うところは多々ありましたが、園内は私闘禁止の不戦地帯であるうえに、こちらが一人なのに対し、あちらは複数名。勝ち目などありません。

 

 彼らが公園を利用するようになって五日目の放課後、彼はついに決心しました。公園の入り口まであとひと掻き……というところで、元来た道へ引き返します。


 背後からは聞こえるのは、楽しそうな金色の鱗の人魚たちの笑い声。彼は『本来、公園とは、彼らのような親しい者同士の憩いの場であるはずだ』と己を無理矢理納得させます。


 ひとりぼっちの人魚は黙って鰭早あしばやにその場を去りました。


 誰にも邪魔されるおそれのない新たな居場所を求め、ぐんぐん速度を上げて無心で泳ぎ続けます。


 やがて、とある漁村の沿海に辿り着いた彼が、たまには海の上の風景でも見ようと顔を出したそのとき。


 なにかが風に乗って、こちらへ飛んでくるではありませんか。その物体は海面に落下しました。彼が顔を出したすぐ近くです。


 恐る恐る手に取ってみたそれは、生物ではないようでした。少なくとも海には存在しないものです。物珍しさに観察していれば、かすかに物音が聞こえてきます。


 音のしたほうへ顔を向けると、彼と同じ年頃の人間の女の子がいました。


 彼女は浅瀬に膝まで浸かり、真っ直ぐ彼のほうを向いて、大きく手を振っています。どうやら彼に話しかけているようでしたが、内容までは聞き取ることができません。


 彼は謎の物体を携えたまま、彼女のいるほうへ泳いでいきました。彼女も泳いで彼のほうへとやってきます。二人は六角形の大きな岩の前で合流しました。


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