やがて海はすべてを食らう

片喰 一歌

第1話 黄緑と金の人魚


 あるところに強大な力を持つ二人の人魚がおりました。


 一人は金色こんじきの、もう一方は淡い黄緑色の、それはそれは美しい鱗を持っていました。いずれも正当な王家の血を引く者たちです。


 二人の生まれ故郷は、国境を挟んで隣接していました。


 しかし、二国は領土をめぐって何千年と衝突を繰り返し、ずっと決着のつかないまま。現在も冷戦状態が続いています。


 目立った武力衝突がなくなって久しいとはいえ、彼らは決して和解に向けて踏み出そうとはしません。両国の大人は隣国を完全に悪者扱いし、事実とは言い難い歴史を若者たちに徹底的に教え込みます。


 そのようなもあり、両国民の仲はそれは険悪なものでした。


 数百年前、それを見かねた穏健派の有志たちが力を結集し、世界最長の公園を造設して、そこを新たな国境としました。


 また、両国間での合意に基づき、原則として敷地内での私闘は禁止されました。二国が協力して造り上げたその公園は、単なる国境などではなく、不戦地帯としての役割も担えるように造られたのです。


 それというのも、当時の民たちはまだ血気盛んで、隣国の民と見れば決闘を申し込まずにはいられない者が大多数でした。有志たちは、両国民が鉢合わせる機会を極力減らせば、諍いを避けられるのではないかと考えました。


 彼らの予測は見事に的中しました。


 公園はもちろん誰でも使用できますが、わざわざ隣国の民に出会すかもしれない場所になど、好き好んで通おうとは思いません。公園に赴かないということは、国境へ近付かないということになります。隣国方面へ向かう足も自然と遠のいていきました。彼らは人魚ですから、そもそも足など最初からついてはいませんでしたが。


 次第に両国間の往来は数えるほどとなりました。その結果、両国内においての衝突も目に見えて減少していったのです。


 程なくして、かろうじて細々と続いていた交易も、数年後にはすっかり途絶えてしまいました。幸い、どちらの国も、その他の近隣他国との関係は可もなく不可もないものでした。そのため、犬猿の仲である隣国と無理に外交する必要もなかったのだと今更ながらに気付いたのです。

 

 一説では、それが長きにわたった二国間戦争の緩やかな終焉だったとも伝えられています。


 先代によって植え付けられた憎悪や怨恨を直接ぶつけ合わないでほしい、という有志たちの願いは確かに達成されました。しかし、公園造設時の協力関係を活かし、国交を正常化することによってではなく、事実上の凍結という形で争いを強引に終わらせた……その消極的な姿勢は、両国間の解消しがたい因縁を物語っています。


 金色と淡い黄緑の鱗の人魚は、まさにその二国間の因縁を象徴したかのような存在でした。


 二人は厭戦的な者が圧倒的多数となった現代では珍しく、互いの国を蛇蝎の如く嫌っていました。実権を得た暁には隣国を塵ひとつ残さず滅ぼしてやるのだ、と固く心に誓っていたほどです。


 そんな二人ですから、幼い頃は折り合いが悪く、顔を合わせれば口論から掴み合いに発展することもしばしばありました。それもそのはず。憎い隣国の出身であり、同じ年齢で互角の力量を持った互いの存在は、紛れもない脅威で、なおかつ目障りなものだったのです。






成長した二人が国を動かす立場になってしばらくした頃、事件は起きました。


 双方の敵対心は、以前に比べれば随分と穏やかなものになっていました。過去に起きた数々の衝突を許しはしなくとも、自分が国の事情に巻き込まれていることや、恐らく相手も同じ立場であることを理解し、徐々に憎しみが薄らいでいったからです。


 しかし、淡い黄緑色の鱗を持つ人魚の側近は、金色の鱗を持つ人魚の一族に対する私怨をますます募らせていきました。


 主である淡い黄緑の鱗の人魚に近付いたのも、己の復讐を果たさんがため。彼女は長い時間をかけて彼の信頼を獲得し、現在の地位を築きました。


 しかし、早々に恨みを手放した彼は、彼女の魂胆に気付きません。彼女もまた、彼がもう過去の出来事に囚われていないことを知りません。


 淡い黄緑の鱗を持つ彼ならば、忌々しいあの黄金の鱗の人魚を葬ってくれる。彼が直接手を下さずとも、自分の手で始末してやってもいい。彼に付き従っていれば、いずれ本懐を遂げる日が来る。彼女はそう信じてやみませんでした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る