シンナー

 ゴシゴシこすってもちっとも落ちない。いったいこの汚れはなんなんだろう? 管理の人達もそれで諦めちゃったのかな?

 

 そんなことを考えながらモップで汚れを擦っていると、なんだか変な臭いがしてきた。ただでさえ頭がくらくらするのにこの臭いは……

 

「この悪餓鬼!!」

 

 警備のおじさんの怒鳴り声が聞こえて、美空はハッと気を取り戻した。一瞬気を失っていたみたい。

 

 見ると怒りで顔を真っ青にした警備のおじさんが、シンナーの臭いがする汗を沢山流してこちらを睨みつけていた。シンナーの臭いはおじさんの汗の臭いだったんだ! それにしてもおじさんはどうしてこんなに青くなっちゃったんだろう?

 

 呑気にそんなことを考えていると、おじさんは靴を脱ぎはじめた。裸足になった青いおじさんは、やっぱり足まで真っ青だった。

 

 足の裏からもシンナーの臭いのする汗を流しておじさんはスケート選手みたいに滑ってこちらに突っ込んできた。例の警棒をぶんぶん振り回して。

 

 あぶない!

 

 慌てて躱すとおじさんは壁に激突してひっくり返ってしまった。

 

 おじさんはすぐにスクっと立ち上がってこちらを見ると再び勢いを付けて滑ってくる。

 

 あんなのにぶつかったら死んじゃう!

 

 おじさんは私のことを本気で殺すつもりなの!? お面は被ってるけど、制服も着てるし、学校の子どもだって分かってるはずなのに…… 

 

 なんとかしなきゃと周りを見渡すと、機関部の尖った何かの部品が、壁から突き出しているのが見つかった。

 

 あそこに突っ込んだらおじさんも大怪我するよね……もしかしたら死んじゃうかも……

 

 しかし件のおじさんは相変わらずの勢いで警棒を振り回して追いかけてくる。

 

 このままじゃ私が殺されちゃう……

 

 意を決して作戦を実行に移す。

 

 ぶしゅー。

 

 壁から突き出た尖った部品に激突したおじさんに、鋭い管がぶすりと刺さってしまった。

 

 おじさんはなんにも声を出さない。声の代わりに大量のシンナーみたいな臭いの液体が、刺さった穴から吹き出してきた。

 

 おじさんはしぼんで空気の抜けたゴム風船みたいになってしまった。

 

 一体何だったの??

 

 美空はその光景を呆然と眺めて立ちすくんだ。

 

 しばらくそうしていたけれど、思い付きでモップにシンナーを浸けてオルゴールの鉄板を磨いてみた。するとあんなに頑固だった汚れが嘘みたいに取れていった。綺麗になった鉄板からは音程の狂っていないちゃんとしたメロディーが聞こえてきた。

 

 やった! やっぱりこの汚れが原因だったのね。

 

 美空はさっきまでの事も忘れて一心不乱にオルゴールを磨いた。

 

 オルゴールが正しい音程で不気味なメロディーを流し始めた頃、外は夜になっていた。

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