8.白いや2

「……」


 瞳狐先生と別れ帰宅路に着く蓮とラナ。

 周りの喧騒があふれるなか、二人はここに至るまで一度の会話もなかった。

 ラナが保健室から持ち出した漫画をずっと読んでいるからというのもあるが、蓮は単純に先ほど瞳狐先生に対していった言葉が今更になって気恥ずかしく思えてきて、勝手に気まずく感じているだけだ。


『……でも、目の前で泣く女の子ひとりを救えるくらいの偽善者にはなりたいです』


 今思い出しても発狂レベルのセリフだ。

 今までの人生でこんなことは一度も言ってこなかった。のに、あのときは自然と言葉が出てきた。なぜだかは分からない。でもラナに対して心の底からそうありたいと思えたのだ。


 だが後悔はないがまるで中二病のようなセリフを平然と吐いた自分に対しての羞恥心がぬぐえない。

 そしてそれを実際に聞いていたであろうラナがどう思っているのか、もしかしたら『ふっ……いたた』などと思っている可能性も無きにしも非ずなのだ。そう考えると羞恥で顔が茹で上がりそうになる。


「あ、あの、さ。さ、さっき瞳狐先生に対して言った言葉なんだけど、あれど、どう思った……?」


 決して歩みを止めず、また視線を合わせずに蓮はそう聞く。


 なんだこの聞き方。さらに痛い奴みたいに見えないか?

 しかし声に出してしまった以上引っ込めることはできない。

 何を言われるのか、まるで告白の答えを待っているような、そんな嫌な間の中にいる感覚に襲われる。


「……あれ?」


 しかし待てど暮らせど答えは返ってこない。

 不思議に思い隣を歩くラナに視線を向ける。


「ってやっぱ漫画読んでるか……」


 隣を見ると、一切漫画を読む手をやめないラナの姿があった。

 しかし裏を返せば、蓮の言った言葉はこの漫画以下であり、ラナにとって気にするほどではないということか。

 なんだかそう聞くと寂しい気もするが、今の蓮にとってはありがたかった。自然と口角が上がる。


「それ、何読んでるんだ? 面白いのか?」


 あまりにも真剣になって読むラナの姿に邪魔しちゃ悪いと思いつつ質問する。

 その問いに初めてラナは顔は動かさないまでもこちらに視線を向けた。たったそれだけの仕草にもかかわらず蓮は一瞬心を奪われていた。


「これ……?」


「え? あ、あー。魔王の冒険? 最近はやってるやつか」


 ラナに目を奪われていた蓮は間の抜けた声を出す。

 読んでいる本の名前は『魔王の冒険』らしい。最近は中高生をターゲットに流行っている漫画のタイトルだ。安直なネーミングだが内容はかなり面白いらしい。

 あまり本を読まない蓮でもその存在を知っているほどだ。

 

 常識を学ばせるために読ませる本としてはどうかと思うが……。

 本を読んだ記憶がないであろうラナが夢中に読むほどだ。この反応からして相当面白いのだろう。


「ふーん。面白いのか?」


「……よくわからない」


「? それにしては夢中になって読んでるみたいだけど」


 想像とは違い、ラナは内容があまり理解できてなかったようだ。ならなぜこんなにも夢中になって読んでいるのだろうか。

 蓮は首を傾げる。


「うん……ここ」


「ん?」


 ラナは開いている見開きのページを蓮に見せるように差し出してくる。

 それを立ち止まり読んでいく。

 どうやら魔王である主人公がヒロインを背に竜から庇っているシーンのようだ。


『なぜ妾を守るのじゃ! このままじゃそなたまでもが……妾を置いて逃げるのじゃ!』


『──────嫌だ! 他人のために自分を見捨てられる、そんな女の子ひとり守れずに何が魔王だ! 俺は魔王だ! 女の子一人くらい笑って守り切ってやる!』


 ストーリーとしては在り来たりなものだった。王子様がお姫様を守る然り、魔王様がヒロインを守る話。

 蓮としては特にどうとも思わないが、ラナなはこのシーンがいたくお気に入りのようだ。

 まるで好きなものを自慢する子供のように蓮に漫画を見せてくる。


「へーカッコいいな」


「……ん」


 蓮がそういうとかすかにラナの瞳を輝いた気がする。

 そして、漫画を引き寄せるとなぜかその本で顔を覆い隠してしまった。


「?」


 その行動の意味が分からず首を傾げる。

 すると、


「さっき、の……蓮に、にて、か、かっこいい……と、おも、う……」


 恥ずかしそうに漫画から顔を覗かせ、そう小声で呟くように言った。

 漫画の間から覗かせた顔はまるでタコのよう真っ赤に染まっている。


 蓮はその言葉の意味を頭が理解するのに数秒開いた口が塞がらなかった。

 ……つまり、先ほどの蓮の問いに対する答えというわけか。


 ラナの言葉を頭がきちんと理解したとき、蓮は先ほど自分が言った言葉を思い出す。

 するとみるみる自分の顔が赤くなっていくのを感じた。

 そして一言。


「お、おう」


 喉元まで真っ赤になっている蓮ではこの言葉が精いっぱいの照れ隠しだった。

 実際内心では『漫画に夢中になってたんじゃねーのかぁあああ!!!』とのたうち回っている。

 ラナも違う意味で頭から煙が出て、漫画を読むなどという状況ではなかった。


「いちゃいちゃいちゃいちゃと妬けるなぁ」


「いちゃいちゃなんてしてねぇ!」


「な、い……!」


 後ろからかけられた声に蓮とラナは同時に声を荒げて反論する。

 確かに第三者から見ればいちゃいちゃしているように見えたかもしれないが、本人たち別に至って普通なのだ! 他人からどう見られていようが、いちゃいちゃしていないと言えばしていない! 他人からの評価なんて……


「──────!」


 そこでようやく気付く。いったい蓮たちは誰に話しかけられているのかと。

 蓮は声が聞こえた背後へと振り返る。そして遅まきながらに気付く。周りには人が誰もいなくなっていることに。

 そして振り返った先にいた人物、いや人物と呼ぶのも正解なのか分からない。そんな"奴"が少し離れたところに立っていることに。


「誰もいない!? それに──────!」


「白……」


 蓮はたまらず叫び、ラナは蓮に庇われるように蓮の体へと隠れる。

 振り返りそこにいたのは中肉中背の見たことも、会ったこともない男だった。しかし加えて言うならある一点以外見覚えがないだ。その一点に限り似たような奴には今朝会ったばかりだ。

 そう、目の前の全身が真っ白に染まった奴をみて思う。


「? 俺を知ってる風だなぁ? 会ったことないだろぉ?」


「に、似たような友達のほうには今朝会ったけどな……」


 何とか絞り出すように言葉を口から吐く。


 今朝の奴と今目の前にいる奴の関連性の根拠はない。しかし今朝の今で同じように真っ白に染まった奴が話しかけてくるなどという偶然は起こらないだろう。まず間違いない。こいつは今朝の奴と何か関係がある。

 だが、そういう蓮に白い奴は首を傾げる。


「友達? 俺に友達はいないがぁ……あ~。そうかぁ。そうだぁ。思い出したぁ。201号の奴かぁ。201号の奴が今朝取り逃がしたと父上が言っていたかぁ」


 やはり蓮の言ったことに思い当たることがあったのか、白い奴は頭をがりがりと掻きながら何かを言い出す。


「……201号?」


「あ~。つまりお前らが出会ったのは……あ~なんていうんだぁ? 仲間ぁ……友達ぃ……同種かぁ?。まぁその201号がよぉ。雑魚のくせに出しゃばったからこうして雑魚を取り逃がしてぇ俺に雑魚を捕まえろなんてつまんねぇ命令が来たんだよぉ」


「──────っ!!」


 そう低い声で愚痴る白い奴の目に睨まれ蓮は息を詰まらせる。

 

 ──────気持ち悪い。


 今朝あった奴とこいつは全身が真っ白という以外でもどこか似ている。しかし、確かな違いがあるとすれば、こいつはなぜか心の底から気持ち悪い、そう感じる。

 言動が見た目が、それ以上に今朝の奴には感じなかった恐怖の、そのさらに奥からくる不快感がそう思わせる。

 

 今朝の白い奴は少なくとも蓮たちに対して、標的である人間とそれを邪魔する人間という認識を持っていた。しかしこいつの表情や瞳からはまるで皿の上に置かれたいつでも食べられる料理を見ているみたいな、こうして言葉を交わしている間も何も変わらない平坦で冷たい感情が伝わってくる。こんな人間は恐らくいない。少なくとも蓮は今まであたことがない。まさに怪物のようだ。


 蓮は睨む瞳に圧されラナと共に一歩後ずさってしまう。 


「はぁ……俺もいちゃいちゃしたい。女の子と手をつなぎたい」


 下がるのと同時に蓮がラナをかばう姿を見て、はぁ、と首を垂れさせる。

 何が狙いなのか訳のわからないことを言う白い奴に困惑してしまう。


 困惑する理由はもう一つ。こんな隙だらけな様子なのに全く逃げられる気がしないことだ。

 視線はこちらを向いてないし、体も脱力気味だ。反対に常に警戒している蓮はいつでも動き出せる。しかし、どんな状況だとしても逃げるそぶりを見せた次の瞬間には死ぬ。そんな予感がする。


 だが、とどのつまり逃げたければ自分で隙を作り出すしかないということだ。


 蓮はゴクリと喉を鳴らすと、気圧され開けずにいた口を開く。


「な、なんでそんなに女の子と手をつなぎたがってるんだ」


 蓮は震える声でくだらない質問を投げかける。


 ラナが背後で困惑しているのが分かる。


 しかしこの数分の間に蓮はこいつが意思疎通ができるタイプの怪物だと確信していた。特に女の子の話に対してだけやたらに感情の起伏がすごい。

 ならば質問で時間を稼ぎ、感情を揺るがせ、逃げる隙を作り出すんだ。


 蓮の見越した通り白い奴はすぐに話に乗ってきた。


「女の子ってよ可愛いだろぉ。そうだろ。それなのに生まれて一回も女の子に触ったことがないっていうのはどうだと思うよぉ」


「どうって……」


「可哀そうだろぉ。悲しそうだろぉ。寂しそうだろぉ」


「……」


 本気で落ち込む姿に蓮は何も言えなくなる。

 いやそれだけじゃない。女の子の話をしだしてから、白い奴から感じる圧が大きくなった気がする。

 もしかしたらこの話は藪蛇だったのかもしれない。


「お前はいいよなぁ。女の子と一緒にいるしよぉ、いちゃいちゃできるしよぉ……」


 心の底からうらやましそうにする白い奴。

 妬ましそうな視線を向けられ、ラナはさらに蓮の後ろへと体を隠す。


「あぁああぁ……はぁ……嫌われた……」


「き、効いてる、みたいだな……。ラナ、あいつになんか悪口言ってみてくれないか?」


「わ、る、ぐち?」


「たぶんラナの言葉が一番効く」


 白い奴の様子に蓮は喉を鳴らすと背後にいるラナに提案する。

 『女の子』を大分意識しているだけあって、その対象からの言葉はかなり効くみたいだ。そこに蓮は勝機を見る。

 冷や汗をかいている蓮の顔をラナはほんの数瞬見つめる。それから力強く頷き、おずおずと蓮の背後から少し顔を出した。


「あ、え……と……ば、か」


 そして近くにいる蓮でさえ聞こえるかどうかの声量で悪口を言い放つ。

 言い換えれば蚊の鳴く声だ。聞こえているとは思わないが……。


「うぉおおぉお。ばか、ばかってよぉ! ひでぇよぉ……まだ俺のこと知らないだろぉ……」


「き、聞こえてたみたいだな」


 耳はいい方な蓮でさえギリギリ聞き取れたというほどの声量なのに、ちゃんと耳に届いていたようだ。

 まるで大ダメージでも食らったかのように耳を抑え転げまわっている。

 想像したよりだいぶ効いているようだが好都合だ。


「よ、よしラナこれから全速力で走って逃げるぞ。絶対手を離すなよ」


「う、うん」


 転げまわる白い奴を背後に、絶好のチャンスと見るや蓮は一緒に走るためにラナの手を強く握る。

 そう蓮がラナに触れた途端、何やら雰囲気が一変する。


「はぁああぁあああぁ。それだよぉ。見せつけやがってよぉ」


 その雰囲気と背後からかけられた声に思わず走り出そうとする足が止まってしまう。

 いつの間に起き上ったのか、白い奴は先ほどと同じように、否、先ほどより剣呑な瞳で蓮たちを見つめている。


「いちゃつくだしに使われたのかぁ。そのために悪口言われてよぉ、転げまわる姿をバカにしやがってよぉ。それって可哀そうだよなぁ、悲しいよなぁ──────むかつくよなぁ」


 最初に感じた印象とは違い、何度も感情が、表情が、ころころと変わっていく。

 そして一つ勘違いしていた。こいつは話の通じる怪物なんかじゃない。間違えようのないほど正真正銘の怪物だ。


 ラナは不安そう蓮の手をさらに強く握る。そして気付いた。蓮の手がわずかに震えていることに。頑張って抑えているようだが、不快感とそして前面に出された巨大な圧から感じる恐怖に抗えないでいるようだ。

 

「そうか。そうだ。そうするかぁ。……殺すかぁ」


「逃げるぞッ!!」


 そして白い奴は蓮を睨む目をさらに細める。

 逃げろ! 隙なんて探ってる場合じゃねえ! と蓮の全細胞が警鐘を鳴らしてくる。そのおかげか迷わず相手よりも早く行動できた。

 間違いなく今までの人生で一番のスタートダッシュだった。体育の時間ですらできたことのないほどの完璧な走り出し。


「どこ行くんだぁ?」


「え──────きゃっ!」


 ものすごい暴風がラナの横を駆け抜けていく。あまりの風の強さに蓮と繋がっていた手がはじけ飛んだ。

 大量に舞い荒ぶる土煙で蓮の居場所をさえ分からなくなってしまう。 


「女の子と手を繋ぐなんて羨ましいことをよぉ……許せねぇよなぁ!」


「がッ、ぐッ──────!」


「蓮!」


 近くから聞こえてくる声を頼りに手を伸ばしながら歩いていくと、だんだんと視界が晴れていく。

 視界が晴れた先には蓮の首を掴み軽々しく持ち上げている白い奴がいた。


「──────れ、ん」


「にげ、ぐッ、うぁ」


「お前首締められてんのにそれでも女の子と喋りたいよかよぉ。喋んなよぉ。喋らせねぇよぉ!」


 吊るされている蓮に絶句し、動けなくなるラナ。

 蓮その姿を見つけると直ぐに逃げるように声を出そうとするが、察した白い奴は蓮の首を絞める力を強める。


 どんどん意識が遠のいて行く。


「ど、どう、すれば……」


 目の前でだんだんと虚ろな目になっていく蓮を前に立ち尽くすことしか出来ない。

 逃げろと言われたが、蓮を置いて逃げられるわけが無いし、そもそもラナ一人で逃げ切れるわけが無い。


 でも助けるなんてもっと出来るわけがない。

 考えれば考えるほど足だけでなく体全体が動かなくなっていく。


「逃げるなよぉ。女の子に乱暴はしたくないけどよぉ、命令だしなぁ……。─────あ〜! あ〜! あぁぁぁあぁぁ!!! 思いついた! そうだ連れてくには、は、はぐれないために手を繋がなきゃダメだよなぁ! いやぁ。もし逃げるならよぉ、か、体全体を抑える必要があ、あるよなぁ!! ひ、ヒヒヒヒ! 最高の仕事だなぁ!!」


「ひ─────」


 何に興奮しているのか、ひとりで盛り上がる白い奴は大声で不気味に笑いだす。

 そして気持ちの悪い狂った笑みをラナに向ける。

 あまりの気味の悪さにラナは腰が抜けそうになるがどうにか堪えた。


「この邪魔な奴を潰したら次はお前だぁ。あ~あ、楽しみだなぁ! 女の子に触るなんて生まれて初めてだぁ~!」


「ら──────にげッ」


「まだ喋るのかよぉ。俺の邪魔するなよぉ! もう殺してやるからよぉ」


「──────やめてっ!」


 喉に大きな痛みが走るがお構いなしに声を荒げる。それが届かないと知っていても、自分に何ができるわけじゃないと分かりつつも。

 しかし、ラナの思いとは裏腹に白い奴はラナの言葉で手に込める力が止まる。否。正確に言うのであればラナの言葉で止まったわけでは無い。


「それはなんだぁ──────いったい何がどうなってそうなってやがるんだぁ!?」


「あ、れは……」


 白い奴だけではない。蓮もその異変に気付いた。

 ラナから発せられるように輝く白い光。日が沈み暗くなった辺りを燦然と輝かしている。その光はラナだけでなく蓮すらも包み込んでいるのかかすかに暖かい。それだけではない。ラナの体中には何やら文様が浮かび上がっている。


「こ、のひ、かり」


 ラナから放たれるこの光、それは確か初めて会った今朝も見た。そして、この暖かさ。別の白い奴の時にも感じた気がする。

 もしやこれが瞳狐先生の言っていたラナの魔力というやつなのだろうか?


「がッ──────ゴホッ、ゴホッ!」


「ら、なッ!!」


 しかし、その光も長くは続かない。

 光を発していたラナは急に咳き込みだす。その手のひらには大量の血液がべっとりとついている。


「ひ、ヒヒヒヒヒヒヒヒィ!。ビビらせるなよなぁ。デカい魔力を感じた時は何かと思たがよぉ! 何もできなにのかよぉ! ヒヒヒヒィ」


 ラナを警戒していて動きが止まっていた白い奴も、ラナには何もできないと悟ると安心したかのように狂い笑う。

 そして、


「──────ハァ。じゃあなぁ」


 唐突に蓮の胸を貫いた。


「がッ──────!!」


「れ、ん──────」


 生々しく胸に腕が入ってくる感触と、そんな些末なことが気にならないほどの痛みが襲い掛かってくる。

 そんな光景にラナも血を吐きながら声を上げる。


 胸を中心に焼けるほどの痛みが体全体を侵していく。

 投げ捨てられたのか体の側面が冷たい。地面ってこんなに冷たいのか、と今の状況にはそぐわない考えが浮かぶ。

 ラナの名前を呼んでくれる声も、白い奴の狂った笑い声もだんだんと遠ざかっていくように聞こえる。


「これで邪魔は消えたなぁ。女の子と二人きりかぁ……。ヒヒヒヒヒィ。さぁ、は、初めて、て、手を繋ぐんだぁ! さあぁ!」


「いやっ!」


 そうぶつぶつと独り言をつぶやきながらラナへと手を伸ばす。

 近づいてくる手を精一杯の手で振り払うと、ラナは白い奴を押しのけ地面に転がる蓮へと駆け寄る。

 冷たい。あれだけ暖かかった蓮の体が今では無機物のように冷たくなってしまっている。


「れ、ん……れん! だめ、お、きて! 死なないで!」


 呼びかけてもうんともすんとも言わない蓮だが、ラナはあきらめず声をかけ続ける。


「れ、ん」


 涙が次々と溢れていく。今日初めて会ったばかりだが、右も左もわからないラナにとって初めての温もりだった。初めて暖かいご飯を食べさせてくれたし、おびえるラナを心配してくれた。蓮には関係ないだろうに白い奴から一緒に逃げてくれたし、守ってもくれた。それだけでもうラナにとって蓮は特別なのだ。


 その温もりがだんだんと離れて行ってしまう。そんなのダメだ。


「はぁ~。そいつはもう死んでんだよぉ。めんどくせぇけど命令だしよぉ。いいからついて来いよぉ」


 冷たい蓮の体に泣きすがるラナをめんどくさそうに見る白い奴。

 ラナはそんな白い奴を睨みつける。


「あ゛ぁ? なんだぁその目はよぉ? そうかぁ。こいつがまだいるから俺と手を繋いでくれないんだなぁ。こいつを全部消し飛ばせばよぉ! 俺と手を繋いでくれるよなぁ!」


 ラナの瞳に激昂する白い奴はラナが庇う蓮の体に向かって手を伸ばす。

 向かってくる白い奴に対してラナは蓮に覆いかぶさるように蓮の身をかばう。


「だめッ! これいじょう蓮は傷つけさせないっ! ──────絶対に『守る』!」


 血を吐きながらも大きな声でそう声を上げたとき、ラナ以外のもう一つの声が重なる。

 ラナもそして白い奴もその声に気付く。


 そして次の瞬間。蓮とラナの体に文様が浮かび上がり、白い光、いや魔力がまるで守るかのように二人を中心に光り輝きだす。


「またかよぉッ!!」


 白い奴は凄まじいほど吹き荒れる大きな魔力にその足を止めさせられる。

 そしてだんだんとその魔力が二人、いや一人に吸収されるように収まっていく。


「ちっ。次は何なんだぁ? どうせ何もできないんだったらよぉ大きな魔力の無駄ってもんだ──────あ?」


 どうせ先ほどのように何もできないだろうと、そう高を括っていた白い奴は目の前の光景に言葉が詰まる。

 光り輝く魔力が収まって出てきたのは一人の人物だった。

 それも蓮かラナ、その二人のどちらかではない。目の前の人物はまったく見覚えのない青年だった。


「誰だぁ? あぁっ!? さっきの目障りな男の死体も女の子もどこにもいなくなってるじゃねぇかよぉ!? お前どこにやったんだぁ!」


 その男が現れた場所は先ほどまで二人がいた場所。しかし、蓮の胸から流れていた血液なども含め一切の痕跡を残さずにいなくなっていた。

 十中八九目の前の男が原因だ。そう理解すると白い奴は怒りのまま拳を振り上げものすごい威力で男に殴りかかる。


 しかし、


「な、にぃッ!」


 目の前の男はその拳を軽々と受け止めると、逆に白い奴のことを殴り飛ばした。

 そんな目を疑う光景に白い奴自身驚きを隠せていなかった。


ラナは絶対に守る」


 そして一言、重なる二つの声で男は言った。

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ワケアリ魔王の現代生活 八雲 司 @yakumo2413

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