第46話 エウレス皇国の末路

「カイエン陛下よ……、此度は私とリリアの結婚式のためにご足労いただき感謝します」

「何をいっておるか。カルム殿とリリア様には我が国にとって返せないほどの恩がある。その二人の式ともなれば、どこであろうと祝福しにいくぞ」

「ありがとうございます」


 私はカイエン陛下に向かって深く頭を下げた。


「そう固くならないでくだされ。今日ここへ来た理由は、結婚式以外にも報告がありましてな」

「報告?」

「以前お伝えしたとおり、エウレス皇国の民を我が国に移民させましてな。思いの外、エウレスに住んでいた民は正しい情報をしっかりと聞き入れる傾向があります」


 ラファエルや前国王の威厳を主張し民は王族に従うしかできないようにしている、とラファエルから聞いたことがある。

 奴隷のような環境から脱出できただけでも喜ばしいことなのかもしれない。


「特に、聖女リリア様と名をあげたり、今までの偏見を悔い改める傾向がありますよ。デインゲル王国からリリア様のご結婚の祝福、ご活躍を期待する声も聞けるようになりました」

「ありがとうございます。何とお礼を言っていいのやら……」


 偽聖女だの、無能だのとあらゆる方面から言われていた時期は地獄の毎日だった。

 口頭だけならまだしも、暴行や嫌がらせは辛かった。

 何度も水の加護を止めてしまおうかと思うことすらあったぐらいだ。

 だが、その偏見もカイエン陛下やデインゲル王国の人たちのおかげで改善してくれたのだ。

 再びカイエン陛下に頭を下げた。


「顔をあげてくだされ。私たちはただ、リリア様の本来あるべき立場に誘導したにすぎません。リリア様の力があったからこそ、すぐに偏見を抑えることができたのですから」

「ところで、エウレス皇国からはほとんど人がいなくなったのでしょう? 機能しているのですか?」


「今もなおラファエル皇王が国を管理しているようですな。あの国に魔導士はほとんどいませんし、かつてのカサラス王国のような砂漠の国になるのも時間の問題でしょうな。そうそう、ラファエル皇王の王妃がデインゲル王国に来られましたな」


 マーヤか。

 確か、彼女は魔導士ではあったものの、危険な魔道具を使ってしまい魔法が使えなくなってしまったと聞いたことがある。

 ラファエルに捨てられてしまったのかもしれないな。


「実は聖女リリア様を慕っていましたのホッホッホなどと言うものだから、そのまま牢獄させましたよ。リリア様に対する侮辱は罪となりますからな。それに、嘘だとすぐにわかりましたし」

「マーヤは誤魔化すのが苦手そうなお方でしたからね……」

「あっさりと白状してきましたよ。ラファエルのようなクズとは結婚するつもりはなかったが金目的だったから仕方がないだの、デインゲルにいた方がまだマシだの……。そういう者は当然受け入れはできませんので」


 私は、それを聞いて大きくため息を吐いた。

 結局ラファエルは、良かれと思って接近した女に騙され捨てられ、更に国まで機能停止してしまうほどのミスを犯したのだ。

 これは近隣国では歴史に残り、今後伝説の皇帝として名を残すことになるのだろう……。


「報告はこんなところですな。リリア様、カルム殿。この後の結婚式の前に時間をとらせてしまい申し訳ない」

「いや、むしろいい報告を聞けてより良き式になるでしょう。改めて感謝しますぞ」

「私も同じく。他国から祝福をいただけるなんてとても嬉しいです」

「では私はそろそろ客席の方に向かうとしますかな。良き結婚式になりますように」


 カイエン陛下はニコリと微笑み、応接室から退室した。


「では私もそろそろ着替えてきます」

「う、うむ……。リリアのウェディングドレス姿を楽しみにしているぞ……」

「ありがとうございます」

「くそう……。リリアの花嫁姿は私が一番最初に見たかったのだが、やはり着付け役のイデアが先行してしまうよな」


 カルム様がなぜか不自然なところで妬いているようだった。

 まさか着付け役をカルム様にしてもらうわけにはいかないし、それはどうしようもできないことだ。


「私もカルム様のタキシード姿を楽しみにしていますから」

「そうか。では後ほどな」


ウェディングドレス

 私はいよいよ、夢にまでみたウェディングドレスを着る日がやってきたのだ。

 部屋に戻り、イデアに着付けを手伝ってもらった。


「良い、凄くいい! リリアのウェディングドレスは様になっている! 鼻血でそう……」

「勘弁して!」


 本当に鼻血を出すんじゃないかと思ってしまうくらい、イデアが興奮している。

 せっかくの白のドレスを血で染めないでほしい。


「はぁ……リリアは私が貰おうと思っていたのに……」


 時々イデアは冗談めいたことをくちにするのだが、今回は顔が笑っていない。

 演技に磨きがかかってきているようだ。


「今後はリリアの裸を陛下も見るとなると……うぅっ! 使用人としての特権がぁぁ……」

「ちょっと落ち着いて! 温泉ならたまには一緒に行くから!」

「十パーセントだけ冗談だから気にしないで」

「むしろそれだけ!?」

「もちろん!」


 イデアとは親友だが、たまに怖い視線を感じることがしばしばあった。

 さきほどカルム様が妬いていた理由もなんとなく察してしまう。

 だが、私はイデアとはこれからも親友でいたい。


「私は、イデアが専属使用人になってくれて感謝しているんだよ。初めてここへ来たとき、イデアの優しい言葉でどれだけ救われたことか……」

「カルム様が丁重に扱うよう厳しく指導されていたの。今だから言えるけど、『決して恋心を持つでないぞ』と何度もカルム様から念押しされたっけ……」


「ははは……。イデアとはこれからも親友だよ」

「はぁ、この後カルム様と口付けすると考えただけでムシャクシャする……。でも、やっぱりリリアはカルム様とがお似合い。祝福はする」


 着飾ったドレスが汚れないように、後ろからイデアがドレスを持ち上げ会場へと向かった。


 ♢


「ひぃっ!」


 私は思わず変な声を発してしまった。

 だって、目の前のカルム様のタキシード姿が、とんでもなくカッコいいのだから……。


「リリアよ……。なんと美しい姿に……」

「カルム様こそ……」


 結婚式だというのに、言葉を勝手に発してしまい進行役を困らせてしまった。


「おほん! では、此度カルム=カサラス陛下と聖女リリア様の永遠の誓いの見届け人として、ここに集まった大勢の者たちの前で誓いの口づけを……」


 私はゆっくりとカルム様の顔に近づけていった。


 エウレス皇国で何もわからずに水の加護を発動して生きていた頃は、地獄でしかなかった。

 だが、カルム様とデインゲル王国のパーティーで会ったことで人生が大きく変わることをそのときは知る術もなかった。

 カルム様が馬車で私を迎えに来てくれた日は、聖女としての力を求めているだけだと思っていたが、現実は違ったのだ。

 カルム様は、私を迎えに来てくれただけで、聖女としての力はその次だったらしい。


 カルム様、私を助けてくれてありがとう。

 これからもカルム様の側で、水の聖女として活動していきます。

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無能聖女と呼ばれ婚約破棄された私ですが砂漠の国で溺愛されました よどら文鳥 @yodora-bunchooo

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