二 雪女と悪乗りする幼馴染

 古来、雪女と呼ばれる存在が居た。その名前の通り雪のように白い肌に白装束を纏い、雪の降り積もる夜に現れ、山に迷い込んだ人間を凍死させるという。

 だけどそれは里に住む人たちの頓珍漢な勘違い。実のところは、ただの山間に住む善良な人々だった。違うところは多少の不思議な力と非常に整った顔立ち。今では六辺香という昔あった集落の名前から「六辺」だとか「六辺民族」と呼ばれている。正式名称ではなく、相変わらず「雪女」と呼んでいる人も多いけれど。


 僕が初めて六辺に出会ったのは五歳の頃。日差しの強い、初夏の日だった。

 はじめてのおつかいの帰り、暑さで具合が悪くなってしまい木陰でうずくまってしまった。そのときに声をかけてきたのが涼ちゃんだった。


「だいじょうぶ? どこか、いたいの?」

「ううん。でも、あつくて……ふらふらして……」

「じゃあ、ぼくがひやしてあげる!」


 頬に添えられた白く小さな手。ひんやりと冷たい空気が漂い、暑さが和らぐ。昔の人が恐れたような凍える風ではなく、とても優しい風だった。


「あの……、ありがとう」

「どういたしまして!」


 夏の日差しに負けないくらい煌めく笑顔、見ず知らずの僕に迷わず手を差し伸べてくれた優しさ。幼い僕が惚れてしまうには充分すぎる出来事だった。雪の降り積もる夜ではなく汗ばむ陽気の日中に、白装束ではなく品の良いライトブルーの洋服を着て現れた涼ちゃん。人生で初めての恋だった。


 そして今、その初恋の人はというと……。

 目の前で、僕を含めた数人の男子生徒相手に制服の裾を捲りあげている。


「見てこれ」


 ズボンの裾から現れたのは茶色い生き物の刺繍が施された靴下。


「何? この……、何? 犬……?」

「ウンチ犬だよ! 可愛いっしょ!」

「ダッセー!」

「出たよ、涼介の謎センス」


 よくわからない生き物の刺繍に戸惑う僕、満面の笑みを浮かべて靴下を見せつける涼ちゃん、ゲラゲラ笑ったり呆れたりする友人たち。


 古来、雪女と呼ばれる存在が居た。男も女も皆、見目麗しかったせいで「雪"女"」などと呼称されてしまったらしい。僕は勘違いしてしまった昔の人を笑えない。

 別に男が男に恋したっていいと思う。でも僕が好きになったのは、あの日助けてくれた煌めく笑顔の優しくて上品な子であって、行儀悪く机に腰掛けウンチ犬の靴下を見せびらかし、大口を開けて笑っている奴ではない。


 涼ちゃんは友人としては良い奴だ。いつも朗らかで、一緒にいて楽しくて、ちゃっかりしてるところもあるけど憎めない。外見が凄く整っていてモテるけれど、それを鼻にかけることもない。というか、モテるし告白もされるけれど長続きしない。中身がいつまで経っても小学生男児のようだからだ。その性格を知っているクラスの女子からは黙っていれば恰好良いのにと残念がられ、ついたあだ名は観賞用イケメン。


「なあ、かき氷のシロップ買いに行こう。そんで蛇口から無限かき氷しようぜ!」


 既に興味は独特すぎる靴下から移って、氷菓の話になっていた。涼ちゃんが突飛な提案をするのもこれが初めてではない。そして僕たちも涼ちゃんのこういうノリが嫌いではない。


 かくして始まった無限かき氷の会は、通りすがりの生徒も巻き込んで大盛況。言い出しっぺの本人は「召喚!最強無敵氷神龍!」などと叫びながら水を凍らせ、「涼介レインボースペシャル!」などと言いながらかき氷に何種類もシロップをかけている。こういうところ、昔から変わらないなあと懐かしくなる。初めて出会った日のお淑やかそうに見えた子は蜃気楼か何かで、翌日にはもう涼ちゃんはやんちゃな男の子だった。たった一日で終わった僕の初恋に思いを馳せながらレモン味のかき氷を口に運ぶ。甘くて冷たくて美味しい。



 最後は騒ぎを聞きつけた先生に叱られ、無限かき氷会はお開きとなった。全員正座して説教を聞く会に早変わりだ。早く終わらないかなあとか足痺れてきたなあなんて考えながら聞き流していると、涼ちゃんが神妙な面持ちで口を開く。


「先生、頭に血上りすぎじゃないですか。大丈夫ですか。俺、冷やせますよ」


 隣で座っていた僕たちは吹き出すのを堪えて思わず変な声を出してしまった。俯いて笑っていることを必死に隠そうとするが、肩が震えているから先生にはバレバレだろう。

 かつて昔の人が恐れていた雪女の力も、現代では暑さに苦しむ人を優しく助けたり男子高校生の胃袋を豪快に助けたりしている。でも火山のように噴火した先生には効果が無いようだ。

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