第3番

 ぁたくしの心にはいつも美しいメオドゥイが流れています。

 ぁたくしとドシろうさんの出会いは、生まれ故郷で毎年春と秋に行われる神社のお祭りでした。どういう出会いだったかはベストアルバムに含まれなかったシングル曲のように省きますが、お互いレコード会社を移籍しないかぎりは、いつまでも共にフィル・ハーモニーを奏でられる──そう信じて三年が経過していました。


 当時、西洋音楽銀行(現・西洋シティ銀行)の近くで売られているティンパニ餅が一番おいしい、という噂が流れていたので、その日も期待を胸に財布も胸に、一緒に買いに出かけたものでした。言うまでもなく、お祭りの夜です。


「あれ?」


 しかし、その場所にあった屋台は「おでん屋」さんで、見たこともない黒い小魚がスープという名の五線譜に浮いていました。


「これって、もしかして、ドジョウ?」とドシ郎さんが訊きます。「ピアノの黒鍵であるはずがないよな。オタマジャクシの代わりでもなさそうだし」


「ドジョウが正解と言ったところで」店主のおじさんは微笑みめかして言います。「海のない地方では川魚は結構食べられているもんです。私の生まれ故郷ではドジョウのおでんはそれほどめずらしくない代物ですよ」


「ぁたしは食べたことないわ」とぁたくし。


 もっと違うスコアに興味を惹かれているドシ郎さんがいました。「おじさん。ドジョウを豆腐と一緒に鍋に入れて火にかけると、ドジョウが熱から逃げるために冷たい豆腐に頭を突っ込むってよく聞くけど、あれって本当かな?」


「そういうの、世間を流れるカコフォニー(不協和音)っていうか、デマですよ、デマ」おじさんは首を鳴らしてあいまいに笑います。「ほら、母親が『アスパラのバター炒めよ』とか言って出してきても、実際はほとんどマーガリン炒めだったでしょ? あれとおんなじですよ」


 母親を疑うなんてとんでもない男だ、と思いましたが、たしかに、我が家のツナ缶もときにツナ(マグロ)ではなくカツオでした。それに、楽器のトライアングルが一か所切れているのは、そこから音が逃げて響きがよくなるから、とか、田中さんという名字は西日本に多い、とかいう噂も実のところ本当なのかよくわからない都市伝説と言えるかもしれません。ぁたくしたちはそういう雑音に耳をなでられながら日々暮らしているのです。


 

「ティンパニ餅は買えなかったけど、やっぱ、ソラ絵と一緒に歩く街はなんか、心が弾むな」


 アセチレンの色に染められたドシ郎さんの顔。


「ア・テンポ」とぁたくしはつぶやきます。


「いや、コン・アニマ(生き生きと)だよ。煮られる前のドジョウのように。僕の魂は常に君によって揺さぶられているのさ」



 ぁたくしの心には美しく青きメオドゥイがひっきりなしに流れていることをそのとき知りました。おでん屋のおじさんに微妙な顔をされてしまったのは、ぁたくしたちがドジョウのおでんを買いもせずに目の前でキスをしてしまったからにほかなりません。



 もし地元のコンサートであったならば「よそでやれ」とは言われなかったことでしょう。ぁたくしたちの永遠の思い出として、ドジョウの香りと共に心の新譜に刻まれたのです。




  ── Fine ──




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