釘師は見た!

うつりと

星メルカド

「はい、アザレホールです!」

ミコは明るく元気な声で電話に出た。ここは、地域一番のパチンコ店「アザレホール」の事務所だ。


 「南川警察署ですが、社長さんはいらっしゃいますか?」

 「はい、少々お待ちくださいませ」


電話を保留にして、内線で社長に回す。受話器を置いたミコの横では、ベテラン事務員のハルエと、ベテラン釘師のヤスオが先程から何かの話をしている。


ハルエは50代のサバサバした女性で、アザレホールで長年に渡って働いており、一般事務から経理、銀行への対応など「事務」に関することを一手に引き受けている。

会社の福利厚生などを全て整備したのもハルエの功績である。

パートで午前中だけ働いているアラサーのミコは、ハルエの仕事を補助するのが役目だ。どんな事務仕事も難なくこなしてしまうハルエに、ミコは尊敬の念を持って接している。


ヤスオは勤続年数が社内で一番長い、40代半ばの従業員だ。

給料は全従業員の中で一番多くもらっているのだが、何故かいつもお金に困っている。一説によると、飲み屋の女性に大枚を貢ぎ込んでいるらしい。

体が大きく、薄く色の付いたレンズの眼鏡をかけていることもあり、見た目は怖いが、心は優しい男性である。


ヤスオは時々、事務所にやってきてはハルエに何かしら相談を持ちかけているが、その多くがお金が絡んだ問題で「あんた、もういい歳してるんだから、お金貯めなさいよ」とハルエは一蹴。

ミコはそれを見ていて「なんか従業員同士の会話というより、母親と息子みたい」そう思うことが多い。


ハルエが半分呆れた顔をしてヤスオに話しかけている。


 「あんたさぁ、また何で警察なんか呼んだのよ?」

 「だって、時間が時間だったし、知らないやつが武器か何か持って潜んでたら怖いじゃんか?」

 「武器なら、倉庫に木刀がいっぱいあるでしょ……」


ミコも倉庫に木刀が何本も立てられているのを見たことがあった。


 「相手がチャカ(拳銃のこと)なんか持ってたら、木刀なんかじゃ何の役にも立たないよ」

 「あんたは、撃たれても死なないタイプだから大丈夫よ」


と、ハルエが笑っている。



時刻は今から6時間ほど前の午前3時。


ヤスオはアザレホールの男子更衣室の前に立っていた。何でこんな時間に男子更衣室の前にいるかというと、ヤスオはアザレホールが入っているビルに住んでいるからだ。


昔は、アザレホールの従業員は、全員が住み込みで働いていた。

勤務中に着用する制服は貸与され、朝昼晩と一日3食の食事が、出勤日はもちろん非番の日にも無料で出た。もちろん、住み込みの寮費も無料。喫煙者にはタバコが1日一箱与えられた。

だから、オフタイムに着る服や下着類、洗面用具なんかだけ持っていれば、基本的な「衣食住」は全て無料だった。

そのため、お金を貯めたい者が節約しながら数年間働き、一財産作って退職していく、というケースもあった。


だが、時代は移り変わり、アルバイト従業員が増え、アルバイト従業員は外から通いでやってくるため、昔からいる従業員の中からも寮を出て外で暮らす人が増えてきた。

寮に住んでいれば無料だが、若い者たちは特にプライバシーを気にした。

そのため、寮となっていた部屋は賃貸マンションに改装し、一般人が入居し、寮は閉鎖されることになった。

従業員たちは寮を出て外に住まいを見つけ引っ越していったが、ヤスオだけは「絶対に寮に残りたい」と粘ったため、理解ある社長のおかげで事務所や食堂があるフロアの一室に住むことを許された。寮住まい扱いなので家賃は無料のままである。


その恩返し、というわけではないが、こうして時々アザレホールの倉庫や更衣室が入っているフロアを見回ったりしているのだった。


だが、今、男子更衣室の前に立ったヤスオの顔は真っ青だった。

誰も居ないはずの男子更衣室に電気がついている。

2時間前に来たときには、電気はついていなかった。

おまけに、男子更衣室の中からは、なんだか不気味な音まで聞こえてくる。


 「誰かいる、絶対に誰かいる……」


怖くなったヤスオは、警察を呼ぶことを考えた。

はっきり言って、パチンコ屋と警察はあまり仲が良くない。

風営法に関係する仕事の人達は、大抵、警察と仲が良すぎるか、良くないかのどちらかだろう。

歳のいった従業員が負けたお客から腹いせに殴られた時も通報したが、警察到着まで延々と待たされたし、年末になれば「パチンコ屋の元従業員が犯罪を犯す可能性は高くてですねえ……」とか何とか言って従業員名簿を提出させたり、ミコもこの職場に入ってからは警察を苦々しく思うことが何度かあった。

でも、ヤスオは「今は、警察に頼るしか無い……」と思い、通報した。


暫くして、若い男性警察官2名がやってきた。

相変わらず、男子更衣室の電気はついていて、中から不気味な音が聞こえる。

警察官はヤスオを安全な位置まで下がらせ、男子更衣室の扉を開けた。


何が始まるんだ? 言いあいか? 取っ組み合いが始まるか?! それとも、銃撃戦か?!

警察官が男子更衣室に踏み込んだ。



 「おまえさ、何であんな時間に更衣室に居たんだよ……」


ヤスオが呆れ顔で聞いていた。


 「いや~すんません、久しぶりに南川で飲んでたら、終電無くなっちゃったんっすよ」

 「だからって、な・ん・で、ここにいるんだよ。お前、もうこの店とは無関係だろうに」

 「いや~、始発まで他に行くところも思い浮かばなかったんで、早番が来る前にそっと帰れば大丈夫かな~?と、思いまして。すんません。アハハハハ」

 「アハハじゃねえよ。お前、住居侵入罪だぞ。立派な犯罪だよ」

 「アハハハハ……俺、前科一犯っすかね?ホント、すんません。アハハハハ……」


半分酔っ払っている相手の男を前にヤスオは呆れ返っていた。


警察官が踏み込んだ更衣室に居たのは、1年ほど前までアザレホールで働いていたカズヒロだった。警察官によると、畳の上で大の字になって大いびきを掻きながら寝ていたという。武器などを所持していないかどうかを確認し、起こした。電気は消し忘れで「中から聞こえてきた不気味な音」の正体は、カズヒロの大いびきだった。

友達と南川で飲んで、終電無くして、アザレホールの男子更衣室を思いついた、ということだった。


ヤスオは警察官に事情を説明し、警察官は酔っ払いのカズヒロに一通りの質問をし「明日、社長さんに改めて連絡が行くと思いますが」と言って、引き上げていった。


警察官が帰っていくと、カズヒロはまた畳の上に大の字になった。


 「カズヒロ!」


ヤスオが呆れて声をかける。


 「お前な、とりあえず始発までは居ていいよ。ただ、始発の時刻になったら絶対に帰るんだぞ。誰にも気づかれないように、そっとな」

 「は~い、分かりました。おやすみなさい~!」


酔っ払ったカズヒロの声を背に、ヤスオは自室へと帰っていった。



 「というわけでさ、もう大変だったんだよ。」


ヤスオがちょっぴりホッとした顔で言う。


 「それにしたって、あんたの部屋に直接やってきて『一晩泊めてください』って言わなくて良かったじゃないのよ。ぶーすかぶーすか言ってないで、仕事に戻りな」


それに対してハルエはこう言って相変わらずの呆れ顔でヤスオを追い返した。


 先程、警察からあった電話は、昨日の一件は知った顔の仕業であったとはいえ、一応「住居侵入罪」なので、被害届を出すかどうかを社長に訪ねてきたものだった。

社長は、以前、うちで働いていてくれた人だし、特に被害も無かったので、被害届は出さないでおきます、と、警察に伝えたという。相変わらず情け深い社長だ、とミコは思う。


と言っても噂が広まるのは光の速度より早いんじゃないか? と思うくらい、昨日の一件は、その日のうちに全従業員の知るところとなってしまったが。


 「大変でしたねえ」


大量の伝票を整理しながらヤスオとハルエの話を聞いていたミコは、お茶を入れながらハルエに話しかける。


 「全く。電車が無くなったからって、何で昔の職場の更衣室で寝てるかねえ。常識を疑いたくなるよ」


ハルエは、相変わらず半分呆れ顔だ。


 「電車無くなったのなら、駅前のマンガ喫茶で『ナイトパック980円』っていうのをやってますから、それを利用すれば良かったと思いますけど」


ミコの提案にハルエは「ほーっ」っとため息を付いた。


 「それがね、カズヒロは現金600円しか持ってなかったんだってさ。全く、何やってんだかね」

 「それじゃあ、歩いて帰るしか無いですね」


ミコは苦笑を浮かべた。


     トゥルルルルル、トゥルルルルル……


ミコがそこまで話したとき、電話が鳴った。事務所は暇そうに見えるが、結構忙しいのだ。ミコが電話に出る。


「はい、アザレホールです!」

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釘師は見た! うつりと @hottori

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