第26話【『リンゼ、愛してる!』】

 天狗騨が運転、以下同一行を乗せたASH新聞社用車が、路面の関係からのらくらとこれ以上無いくらいのスローペースで走り続け、ようやく壁で囲まれた街、王都の城門前に着いた。

 天狗騨は懐から手帳を取り出し運転席のパネル上に表示されている〝走行距離の数値〟をメモする。そうして懐に手帳をしまい車を再び動かそうとした矢先、早くも〝自動車〟に気がついた衛兵たちが駆けて来ている。天狗騨にとっては思いっきりデジャヴな光景。

 ほどなく彼らは窓を開け放してある天狗騨座る運転席のすぐ横に集まってきた。うち1人が天狗騨を見下ろし、

「オイ、怪しい乗り物に乗っているな。今から事情を訊く。早く降りろ」と早くも横柄さ全開の態度を示してくる。天狗騨は首からかけている銀色のペンダントを手に取る。


「ステータスオープン」天狗騨が言うや宙に展開される半透明の長方形。その後天狗騨がしたことと言えばそれを指で〝コレコレ〟といった調子で指したのみ。それをのぞき込む衛兵。


「しっ、失礼しましたっ!」たちまちのうちに反転する衛兵の態度、それは以下他の衛兵もまた同じ。

(そうだ、ものはついでだな)と天狗騨はひとつ思いついたことを実行することにした。

「時に、皆さんは門を守るのが仕事のようですが、魔物が入ってこようとしたらどうやって戦います?」天狗騨が尋ねた。

 というのも天狗騨が成り行きで組んだパーティーメンバーは防身魔術と転方魔術の使い手で明らかに〝魔物との戦い方〟などのノウハウは無さそう。その点西洋甲冑など着込んだ衛兵はいかにも強そうだった。


「この城門には魔物が入ってこられないよう結界が張ってある」

「城門部だけですか? それに結界は適宜張り直さないと効果が保たないと聞きましたが」

「そこは定期的に張り直すんだ」

「誰がです?」

「ギルドの連中だ」

「魔物にも強弱があると聞きました。となれば強い魔物が結界突破する可能性はあります。その際は戦うんですよね?」

「我々は怪しい人間の出入りを見張っているだけで魔物が出たならすぐにギルドへ伝令を飛ばす、それが役目だ」

 天狗騨はまったく拍子抜けしてしまった。しかしまあ、そういうことならそうなのだろうと思うしかない。

「そうだ、後で君らの上司の上司のそのまた上司の一番偉い上司に会いたいから、その旨報告を上へ上へと上げといて」と最後に厚かましい注文も付け加えた。元々〝そうしたい〟と思っていたことでもある。しかしそんな厚かましい要求をしても衛兵たちの態度は〝へへーっ!〟のままだった。


(俺は〝水戸黄門〟か)と思う天狗騨。もちろんリアルタイムで視聴したわけではないが、かなり有名な時代劇である。悪玉善玉問わず田舎の爺さんだと思ってナメた態度をとってたら、お付きの者が懐から出したるは〝三葉葵〟の家紋の入った小さな薬入れ。もちろん『三葉葵の家紋』といったら時の権力者、徳川氏一門だという証明。かくして皆が皆〝へへーっ!〟となる。


「じゃあもういいかな?」と天狗騨が衛兵たちに訊けば「どうぞどうぞ」と道を空けてくれる。

 速やかに車を再スタートする。

 動き出してすぐに、

「うらやましいっスねぇ」と後ろからフリーの声がした。

「なにが?」と運転しながら天狗騨が訊く。

「いや、さっきの衛兵どもの態度っスよ。アイツらをあんなに低姿勢にできたら気持ちいいだろうなぁってことで」

(なるほど、そういうことか)

「そうは言うが、私だって君らがうらやましいんだぞ」

「え? テングダさんが? 俺らのどこがいいんです?」

「大声を出せないんだ。出せば必ず破壊を伴ってしまうから。そのたびに弁償、弁償繰り返していたら貧乏街道まっしぐらだ」

 事実天狗騨は少々ストレスが溜まっている。

「じゃあ魔物相手にぶっぱなせば解決ですね」とフリー。

(でもちょっと違うん……)まで頭の中で考えていた時、隣の席に座るリンゼが喋りだした。

「魔物ってことばが解るの? 人を相手にしたいって思わない?」

 このキツイ問いかけにはフリーも沈黙するほかない。

「テングダさん、例えば今大きな声を出せれば気分は晴れますか?」

「まあ、近頃ずっと声を抑えているからな——」

「じゃあ『リンゼ、愛してる』と言ってみてください」

「えぇーっっっっっ‼‼」と後部座席からふたり分の大声。

(あぁ、うらやましい—)

 逆にその大声に背中を押されたように天狗騨に、ふと魔が差した。


「リンゼーっ、愛してるーっ!」天狗騨渾身の大声。後部座席からは大家ミルッキの「きゃーっっ!」という叫声な嬌声。

 さぞかしフロントガラスが粉々に——、なってはいなかった。

「あ、れ?」と天狗騨。何も起こらなかったことがまだ信じられない様子。

「どうです?」とリンゼ。

「もう一回試して、いいか?……」

「いいですよ、どうぞ」

 天狗騨は息を思い切り吸い込むと——、

「リンゼーっ、愛してるーっっ‼‼」再び————



 やはり何も起こらない。フロントガラスは相変わらず無事だった。

「いったいこれは……」とつぶやくように天狗騨。

「声に怒気がこもってないからです」天狗騨の内心を察したかのようにリンゼが言った。

「じゃあさ、『ミルッキ大好きだよーっ』も大丈夫なわけ?」と後部座席から大家ミルッキ。

「もちろん大丈夫ですけど、わたしは大家さんではないので」

「そうか、そうだよね……」


「なるほど、そういう仕組みか……俺が文字を読めたら—」そこまで言いかけた時点でもうリンゼが口を挟んできた。

「ステータスオープンなんかしてもどこにも書いてはないですよ。1人の人間の全てを数値化・文字化しようとしても、どだい無理というものです」

「でもリンゼには解ってしまうんだ……」と天狗騨。

「そうですよ。わたしけっこうスゴいんです。それから『リンゼ、愛してる』を二度も大声で叫んでくださってありがとうございました」

「……」

「ところで、またわたしたちに何か大事なことを伝え忘れていませんか?」とリンゼに詰問調に訊かれる天狗騨。

「なんでしたっけ?」

「『壁の外をぐるりと一周』とか言ってましたよね? それを今やっている最中です——」

 車の左側は常に壁。その風景が前から後ろへとゆっくりだが延々と流れ続けている。「——でもなんのためにです?」

(このコは俺の言ったことをことごとく記憶してるな)


「リンゼ、君も記者に向いてるかもな、」天狗騨はぼそりと言った。

「わたしも向いてますっ?」

「言われてないのわたしだけかよ」、と大家ミルッキ。

「その話しはもう終わりだ。では現在行っている行動の目的を話す」と天狗騨は宣言した。その意図は多少長くなるがそこはしょうがない。

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