第4話【天狗騨記者は美少女の言いなり?】

 リンゼが傍らの天狗騨にささやいた。ささやくだけではない。手を握ってきた。

「今からすべてわたしの言う通りに、」

(なぜ俺が手をつながれる?)そう思った天狗騨だったが、自らどう動くか、判断を迫られる立場からなぜか自然と逃れられていた。しかし判断を強いられる事が無くなった代わりに次の指示を少女から受けてしまう。

「あの男の顔をじっと見て」

 言われずとも既に天狗騨は見ていた。「それで?」

「さっきみたく『オイ』って感じで、でも少し絞り目に声を発して」


(少し絞り目とはどういうさじ加減だ?)正直少々面倒な注文だった。だが天狗騨にはその意図が瞬時に、なんとなしにだが理解できてもいた。

「オィ」

 その瞬間異世界の不良がぐらりよろめく。

「やろっ、やりやがったな!」

 天狗騨的には特に何かをやった自覚は無いが、(そういう事になっている)と理解するしかない。

「そのおんの強さで連発してみてください」と少女の矢継ぎ早の指示。

(ヲイヲイ)と心の内でも〝おい〟を思うが、こちらに危害を加える意志を露わにしている人間が目の前にいる。ここは動かせない。その足を止めるのが今の最優先だった。

「オィオィオィオィオィオィオィオィオィオィオィオィ」

 天狗騨自身自分の口で言っていてバカバカしくなってくるがさっきまで二本の足でしっかりと立っていた異世界の不良は既に地に倒れていた——


(死んだりしてないよな……?)だが幸いにしてそれは杞憂だった。


「て、めぇ、やりやがったな……」

 不良が口にした口上は先ほどとほぼ変わらない。が、少なからずダメージを受けているであろう事が明らかに分かる返答だった。

(絶妙のダメージを与えたということなのか、)とその様子を見下ろしている天狗騨。(——アドバイスは的確だったというわけか)


 こうなると己に備わってしまったこの不可思議な能力につき、嫌でも思考を巡らせてしまう。

(どういう理屈か原理は不明だ。が、この世界で一定以上の声を発した場合、その声が衝撃波になるのか超音波になるのか解らないが、指向方向の対象にダメージを負わせられるらしい——)天狗騨がそんな事を考えていると、

「あとはわたしがやります」とリンゼは倒れている不良に向かい果敢にも歩を進め始めた。だが握られた天狗騨の手は離してはくれない。つられ、たたらを踏むように天狗騨までもが歩を進めさせられていく。

(なんで俺が女の子から手を握られっぱなしになっている?)と思っている傍からリンゼが不良に喋りかけている。

「わたしとこの方、そしてこの方の乗り物を含めて今すぐ王都へと送りなさい」その口調、間違い無く命令口調。


「へ……、イヤだって言ったらどうするよ?」不良は実に不良らしく地面に倒れていてもまだ悪態をついていた。しかしリンゼの口調も一切変わらない。

「このくらいで済んで幸運だと思わないのですか? 


(へ?)と天狗騨。リンゼの口にしたとはどう考えても天狗騨自身の事だった。

 しかしこうした時どういうリアクションをとれば良いものか。〝あっけにとられる〟とはこういう状態を言うのだろう。この場でいったいどう言えばよいものやら、こう言うべきか、いやこうか、と天狗騨の思考があらぬ方向をぐるぐる彷徨っているうちに〝びたっ〟と不良の目線と天狗騨の目線の軸線が合ってしまった。

「分かった。分かったから命だけは——」と異世界の不良は明らかに態度を改め始めた。

(俺かっ? 俺なのか?)と天狗騨。

 イヤでも自然、考えも小難しくなる。

(未だに俺の手を握り続けているこの少女と倒れている不良は少なくとも顔見知りであるらしい。そしてこの少女に何らかの恐るべき能力があるのなら、この不良はこの少女に対しもう少し丁寧語で話し掛けるのが筋というものだ……)


(……だがそれをしていないという事は……)


(——俺ってそういう風に見えるわけ?)

 天狗騨の思考が千々に乱れる間、異世界の不良は先ほどとは打って変わった態度で少女に言い訳を始めていた。

「あんたが街へ行きたいのは解る。だけどこっちだってあんたらからこっぴどくやられてるんだ」


「それで?」と少女。その表情は酷薄なまでに無表情。


「あんな謎の物体まで含めて今すぐ転方魔術を使えだなんて無茶だ。回復するまで待ってくれ」


 天狗騨はこの発言で新たな情報を少しだけ得て、加えて前言撤回ならぬ前思考撤回せざるを得なくなっていた。

(〝テンポーまじゅつ〟とは、俺が使ったような謎の技の、別種のものであるらしい、)

 そして——

(俺は少しばかりやりすぎてしまったらしい)と。


 声がそのまま飛び道具的武器になるというのも、実に力の使い加減が難しい。それと同時に迂闊に大声が出せない身体になってしまったという自覚を嫌でも天狗騨は持つほかなかった。


(こんな世界にいたら俺は無自覚に殺人犯人になってしまうぞ)



 ともかくも結果論的に天狗騨は少女を守り不良をのしてしまったのであった。

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