第3話【『女の子が不良に絡まれていた場合、逃げるか助けるか』案件】

「無双?」と天狗騨は反芻した。確かにひとたび言論戦に打って出ればどのような価値観をぶつけられようと互角以上の戦いができる自負はあった。しかしたった今言われた無双というのは——


「なにが来てもやっつけられる! 間違いありません」リンゼは断言した。


 やっぱりどうも、をされているとしか思えなかった。〝物理的〟とはもちろん『腕力で直接のしてしまう』という意味以外は無い。


「お願いがあるんです。このわたしをあなたの仲間に、パーティーに入れてくれませんか? 造り直したいんですどうしても」と今度はリンゼのお願い。天狗騨の想像力は完全に置いてけぼり。

 パーティーなどと言われて天狗騨の頭の中に浮かぶのは『政治資金パーティー』であるとか、あるいは政党名を英訳した場合、最後に『パーティー』とつくだとか、そんなものであった。なにしろ新聞記者である。


「それ、何をするパーティーなんです?」天狗騨は訊いた。


「この国の中に入り込んでくる怪物達を退治するパーティーです」


(自衛隊みたいなものになれというのか?)天狗騨はそう考えた。『怪物』などと言われ、かなりトンデモな話しをされたが、これには驚く事は無かった。つきさっき〝ひとつ目の巨大な猿人〟を不可思議な力で倒してしまったのは他ならぬ自身であったからだ。

(重要なのはその少し前の〝言〟だ、)

 天狗騨は人の話しを割と聞き漏らさないタイプである。これは新聞記者という職業柄故かもしれない。浮かんだ疑問をそのままぶつける事にした。


「今、『』と言ったと思いますが、では今まで所属していたであろうパーティーとやらはどうなるんです?」


 パーティーを政党のようなものと考えたら、ここを抜けて余所へ行く、などという事は簡単にはできない。(必ず一悶着摩擦が起こる)と思ったその時だった。


「おいリンゼ、誰だそのオッサンは?」


 およそ友好的とは言えない声が天狗騨の耳に届いた。視線は自然声の主の方へ。ズバリと言われ率直に少々カチンと来ていた。それを言った人間が若者にしか見えなかったからである。

 しかしそうは言っても天狗騨は今年三十六歳の男である。三十になったばかりなら人によってはまだ青年に見えなくもないが、さすがに三十六ともなると、の中では若い方でも、やはりとしか言いようがない。


 その若い男は、ついさっき社用車の下敷きとなりどこかへ蒸発してしまったあの若い男とは違い、その装束は知っているナニカに似ているだとか別のものにたとえようもなかった。が、ともかく派手な出で立ちで、どこだか解らない世界の装束であるにも関わらず、発散されるオーラは半グレか不良か、といった雰囲気をまき散らしている。

 しかもその男の口ぶりは『俺はその少女の仲間だ』としか聞こえない。


「あのカタギに見えない男もパーティーとやらの仲間なのか?」天狗騨がリンゼに訊いた。


 しかしその天狗騨のことばは異世界の不良に聞こえてしまったようだった。


「テメー自身の事を棚に上げて寝言言ってんじゃねーぞ!」


 男の指摘は実は的確であるとしか言いようがなかった。天狗騨の身分はサラリーマンであり度の弱い大きなレンズをはめ込んだ眼鏡を常時装着し続けている。ここだけ聞けば真面目な会社員風であるが、マトモそうに見えるのは眼鏡をかけているところだけ。

 その髪は普段からとかしているとも思えない無造作、無秩序ぶり。口髭、顎髭、おまけにもみあげまで髭とつながっている全面髭だらけの面相。会社員らしく背広を着込んではいるもののボタンはとめずワイシャツの一番上のボタンもまたとめず、ネクタイは弛んだまま輪っかにして首を通してあるというだけ。

 もっとも異世界の人間に背広のフォーマルな着こなしなどは分かりそうにないが。

 ともかくも誰が見ても間違ってもこういう人間には近づきたくない、というかカタギには見えないという風体である事は異世界の人間相手でもその点変わらないようだった。


 しかし当の天狗騨にはその自覚は希薄で、

(ふざけた事を言いやがって)以外の感情が発生してこない。


「わたしはもう仲間でいたくない」この場にいる誰にでも聞こえる声でリンゼはこれ以上ない明瞭さでその意志を現した。


 さて、このセリフで困ったのは天狗騨だった。

 不良に絡まれた女の子を助ける、というシチュに、なりゆきのまま巻き込まれていたからである。

(なんで俺があてにされている?)

 天狗騨は痩身で筋肉質であった。身長も平均以上というその体型。しかし武道の心得など無い。仮にあったとしても相手が刃物を持っていた場合、下手にカッコつけた結果が文字通り命取り、というオチになるのは大いにあり得る。


「逃げられるわけねーだろ!」不良はそう啖呵を切った。


(逃がしたくはないだろうな)と天狗騨はその不良にある種の共感を覚えた。しかしそれは心底からのそれではなく、といった類いのものであった。


 エメラルドグリーンの長い髪の少女は、目、鼻、口、といった重要パーツがどれもここぞという位置にぴたりと嵌まりその大きさも実に絶妙であった。俗なことばで言えば美しい少女、美少女としか表現のしようがない。


 今天狗騨の前にある選択肢は二つ。

 『少女を連れて逃げるか』、『少女を護るために戦うか』、の二つであった。 

 〝少女を置き去りにして逃げる〟という選択肢は理屈の上ではあっても無いも同じであり、〝不良に少女を引き渡しこの場を切り抜ける〟という選択肢もまた理屈の上ではあっても無いのと同じであった。


 さあ、どうする天狗騨?

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