第27話 聖女を狙うやべー奴ら!

ガシャァン!ガチャ!パリン!


 響くのは瓶や食器などが粉々に砕ける音。様々な調度品の置かれた、高級感溢れる広い室内は、見るも無惨なほどにガラクタと化した残骸がそこかしこに散らばっていた。


「あー、もう腹立つ腹立つ腹立つ!あのくそジジイも腹立つし!腹パンしてきた『虚像』も腹立つ!…あんたたち!!!見てんじゃないわよ!」

「あぁ!落ち着いてくださいアルトラ様!」

「お止め下さいアルトラ様!そのような事をすれば御身が傷ついてしまいます!」


 癇癪を起こし、机の上のグラスや花瓶をぶち撒けるのは幼い少女だ。

 黒の長髪に、背に翼の装飾をつけたワンピースを着た彼女、アルトラ・トラッタは白の正装に身を包んだ男たちに小物を投げつける。男たちは全員、腕部分に『親衛隊』と書かれたワッペンを付けており、アルトラの理不尽な怒りを諌めながらもどこか嬉しそうに受け止めていた。

 そんな彼女たち以外にも、この部屋には2人、人間がいた。1人は民族衣装に身を包んだ長い耳が特徴のエルフの女性。彼女はアルトラの隣で薬草茶の入った小さなコップを両手で持ち、微笑ましそうに彼女の癇癪を眺めていた。

 もう1人は、中央のテーブルから少し離れた窓際の机。ペンや地図、メモ書きや分厚い本が乱雑に置かれたそこに足を置き、ペラペラと本を捲る貴族風の衣装を着たカールのかかった黒髪のメガネの男。彼もまた、アルトラを無視して本を読み耽っていた。そして時折、その本に何か書き込んでいるようだった。

 そんな男を見てイラついた少女は怒鳴り声を上げた。


「『想像』!!クソ馬鹿泥木コンビはどうしたのよ!あいつら虐めてやろーと思ったのに!アンタあいつらのお守り役でしょ!知らないの?!」

「………」


 無視だ。


「無視してんじゃないわよ!『想像』!聞いてんのか!ねえ!ねえったら!」

「……………」


 ひたすら無視だ。まるで聞こえていない様子で、『想像』と呼ばれた彼はペラと本をめくり顎をさする。

 そんな彼の様子に、アルトラは肩を震わせるとじわりと目に涙を浮かべた。


「う、うぅ…ぐずっ。しょ、『肖像』〜!『想像』が無視ずる〜!」


 半ベソをかきながら隣のエルフに抱きつく少女、アルトラ。その姿は幼い童女そのもので、普段の理不尽さが嘘のようだ。

 お腹に顔を埋めて泣く少女にエルフの彼女は苦笑いしながら頭を撫でた。


「あはは。も〜泣かないの。いつものことでしょ?名前で呼んであげないと。ほら、ちーんってして」

「ちーん!だ、だっで〜」


 彼女がハンカチを取り出すと少女は大きく鼻を噛んだ。そうして、鼻水まみれになったそれを懐にしまったエルフの女性。

 それを見た親衛隊の1人が「ほ、欲しい…」と呟き、他の親衛隊にボコされる。


「グレゴリ〜。アルトラちゃんが呼んでるよ。

 もう、グレゴリ・リグレゴリオ=グリゴリ!」


 長い長い噛みそうな名前を呼ぶ。すると、読書に熱中していた男は先程までの態度が嘘のように、本を閉じて彼女たちの方に向き直った。


「………ああ、それは勿論俺のことだ。そして話は聞いていた。彼女たちには今、別の仕事を任せている」

「あんだ、話聞いてたんじゃない!うゔ、ぐずっ」

「俺はフルネームが気に入ってるんだ。いつまで経っても名前で呼ばないお前が悪い。アルトラ・トラッタ」

「うるさい変人!こんな名前なんて意味ないのよ!それと、あの馬鹿コンビに任せたら滅茶苦茶にしてくるわよ!あんたも分かってるでしょ!」

「デグロ・BBダブルビーが付いているので問題はない。それより…聖女はどうだった?」

「『鏡像』がぁ!?あんた、あんなジジイに仕事させてんじゃないわよ!馬鹿コンビの相手なんかさせたら過労死しちゃうわ!」

「質問に答えないか。それとそちらも問題ない。彼も久方ぶりに体を動かしたがっていた」

「なら『巨像』と一緒に帝国に潜入させれば良かったじゃない!」


 その言葉に男は面倒臭そうに机を指でトントンと叩く。


「はぁ…彼には『戦士たる群像』と『聖像』がついている。それに、かの国の環境こそ、デグロ・ BBには厳しいだろう。…ネルコ・キャットロープ、頼む」


 彼はやり取りに疲れたのか、エルフの女性の方へ視線を向けた。すると、彼女は待ってましたと言わんばかりに左手を高く上げて返事をした。


「はいはーい。よしよしアルちゃん、グレゴリの質問に答えたげてー。それから親衛隊諸君!ドーナッツの準備!ミルクも温めたげて?私も手伝うからさ!」

「そ、そんな『肖像』様にお手伝いさせるなど恐れ多い!」

「そうです!我々の仕事ですから!」

「いいからいいからー。それじゃ、アルちゃん。私、ちょっとだけ席外すね?とびきり美味しいの用意してくるからさ!」


 そう言って長身のエルフは親衛隊と呼ばれた人間たちの背を押し、部屋を出て行く。

 そんな彼女たちに、アルトラは口を尖らせながら礼の言葉を呟いた。


「…ミルクは蜂蜜いれてよね。……ありがとね、あんたたちも…」


きゅん


 顔を赤らめながら呟く少女に、親衛隊の男たちは一生、彼女について行こうと改めて心に決めた。ロリコンかもしれない。

 彼らが部屋を出た後、しばらくの沈黙が場を支配する。グレゴリと呼ばれた黒髪の男は、再び分厚い本を開くと、手元にあった紅茶に口をつけた。

 その様子に痺れを切らしたかのように、アルトラは口を開く。


「………あれは間違いなく聖女よ。あたしの『偶像』もそうだけど、『群像』にも気づいてる節があったわ」

「…あぁ、そうだったな。『無辜の民たる群像』を使い潰したのだったな。アルトラ・トラッタ」

「…嫌味な言い方ね。そういうとこ、嫌いだわ」

「事実だろう」

「……『無辜の民』は時間をおけば、またすぐ増えるでしょ!それに『群像』も納得してたわよ!」

「収穫もなしで、よくもまあそんな態度を取れたものだ」

「うぐぐ…」


 ぐうの音も出ない様子の少女、アルトラ。苦虫を噛んだような表情の彼女を前に、グレゴリはまるで気にした様子もなく本をめくった。


「…それと、その話は『影たる群像』からの知識共有で既に聞いている。更に言えば、アレを呼び寄せたのだから当然、聖女なのだろうな」

「…どういうこと?アレって?」

「後で『影たる群像』から聞くといい。癇癪を起こされると面倒だからな。…そんなことより、お前自身の考えを聞かせろ。アルトラ・トラッタ」


 グレゴリの言葉にアルトラは黙り込む。頭を悩ませる様に俯いた彼女は、ほんの少しだけ顔を上げてぽつりと呟いた。


「…私は認めたく無いわ。…でも」

「でも、なんだ」

「言ったらどうせ『想像』通りって言うんでしょ…」

「あぁ、『想像』通りならな。早く言え。時間の無駄だ」

「今までの聖女とは違うと思う…。何がって言うと、難しいけど…。毛色が違うって言うの…?聖女らしくないっていうか…」

「なるほど、『想像』通りだ」

「ほら、やっぱりそう言う!」

「だが、期待通りだ。今代こそ本物だろう」

「!それホント!?」

「『想像』通りならな」


 味気のない返事にぶすくれるアルトラ。

 グレゴリは素っ気ない返事をしたかと思うと、ふむ、と顎を摩り、羽根ペンを手に取り何やら書き出した。

マイペースな男に、アルトラは次第にイラつき、テーブルにどかりと足を乗せた。腕を組み、背もたれに身を預けた彼女は小さな身で精一杯、グレゴリを見下す。


「………で?馬鹿コンビの仕事って何よ?」

「…」

「グレゴリ!会話のテンポが悪いのよ!」

「フルネームで呼べと言うのに…。………三つ指の悪魔の捜索だ」

「…あぁ、あれね。私たちが生まれる前の出来事を知ってる筈とかいうよくわかんない憶測でしょ?ほんとにいるの?

『群像』に何百年も掛けて世界中探させてるのに未だ手がかりもないじゃない」

「それでも見つけねばなるまい。母の記憶に存在しない三つ指の悪魔。彼こそ鍵となるはずなのだ。俺たちの悲願のな」

「…そう。でも王都なんか何度も探したんじゃないの?」

「聖女の出現で何か変化がある筈だ。三つ指の悪魔がいたならば、アレの出現にも気づくというのが俺の『想像』だ」


 そう言うと、彼は筆を止め大きく伸びをした。


「ふぅ…しかし全ては俺の『想像』通り…。我ら『天使像』の悲願の成就は、最早目の前にある…」

「あんたのその秘密主義、あたしホント嫌いだわ」

「…」


 アルトラの軽口にグレゴリは返事を返さず、再び本を開き始めた。

 エルフの彼女と親衛隊が戻った時には、アルトラが更に暴れ倒していたのは言うまでもない。

 

******************


 場所は荒野。王都から遠く離れた草木も生えない荒れ果てた地。そこには二人の少女が佇んでいた。

 一人はオレンジ髪の陽気な笑みを浮かべた少女。もう一人は灰色の髪をした無表情の少女だ。オレンジ髪の少女は、倒れ込んだ馬の死体を前に灰色の髪の少女を指差して声を出して笑った。


「にゃはははは!ロロ、アホ!アホだな!」

「オイはアホじゃない…。そもそもニューがご飯全部食べちゃったからだし…。オイはお腹減っただけだし…。それに、このお馬さんがあまりにも栄養豊富だったから…」


 ロロと呼ばれた灰色の髪の少女は皮と骨のみのミイラと化した馬を指でつんつんと突っつく。その顔はツヤツヤとしており、無表情ながらもどこか満足気であった。そんな彼女らの間に、何処からか呆れたような声が響いた。


『阿呆ばっかじゃ。わし超困惑』


 声はロロと呼ばれた少女の首飾りからだ。掠れ、くぐもった老齢さが感じられる男の声がペンダントの中から漏れ出した。

 それにすぐさま反発したのはオレンジ髪の少女だ。舌ったらずなふにゃふにゃの滑舌で、彼女はペンダントの声に対して両腕を振り上げながら怒りを露わにした。


「にゃにをー!デグ爺うるさいぞ!ロロはともかくニューはアホじゃない!」

「オイはアホじゃない。ニューが悪い。悪いアホ」

『ニューロが一人で飯も水も食い尽くすからロロが飢えたんじゃろ。ロロも腹が減ったからと唯一の移動手段を食うな!あー、もうわしやだ!超老ける!疲労で超超超超超老化!』


 嫌だ嫌だと喚く声に、ニューロと呼ばれたオレンジ髪の少女がへにゃりと力の抜けたような笑みを浮かべる。


『泥像』ニューロ・ラインニャー

『木像』ロロ・ペティカシュー

『鏡像』デグロ・B Bダブルビー


 彼らもまた、『偶像』や『群像』を名乗る者たちの仲間であった。オレンジ髪の少女、ニューロが履いた長靴から泥を撒き散らしながら、踊る様にステップを踏む。


「デグ爺は元からジジイだから大丈夫にゃ!

 そんなことより、行くっきゃないにゃろ?ニューたちお仕事任されちったし!」

「オイもお仕事久しぶりだから頑張る」

『悪魔の捜索のう。わしら向きではあるが、まさか移動手段を失うとは…。じゃが…』


「「『すべては』」」


「マミーのため!」

「おっ母のため…」

『お母上の為』


 声を合わせ、そう言ったかと思うとニューロが遥か遠くを指差して意気揚々と声を上げた。


「それにゃいっくぞー!目指せ王都!」

「どうやって行くの?」

「徒歩にゃ!」


 ぎゅっぽぎゅっぽ、と靴から泥を溢れさせながら歩くオレンジ髪の陽気な少女、ニューロ。

 ロロも「非常食」と言いながら、服の裾から伸ばした蔦のような物で馬のミイラを引きずり、ニューロの後ろをついていく。

 遠足気分と言わんばかりの呑気な二人を前に、首飾りの中の老爺は頭を抱えた。


『目眩がするわい。わし超疲弊』


王都はまだ遠い。

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