第25話 今!私の秘められた力が!
私が真っ直ぐにマクダマさんの方へと飛んでいっていた頃、空から見てみれば、立っている黒ローブはいつのまにか朕一人になっていた。
他の黒ローブたちは全員、ドロドロに沈み眠ったように倒れ伏している。
彼とマクダマさんの周りは黒い泥に覆われていて、二人は完全に周囲から隔離されているみたいだ。
でも、朕は悲痛な面持ちどころか何処か余裕そうな表情でマクダマさんを見ていた。対するマクダマさんも拍子抜けといった様子で構えを解き、剣を肩に担ぐ。
「…ふむ。聖女を狙う気概の持ち主故、少しは腕も立つかと考えたのであるが。こうも簡単に救われるとは少々拍子抜けであるな」
「…無辜たる民は力無きことこそ力。『無辜の民たる群像』が眠りについただけだと思うと、何も驚くことはない」
感情を感じさせない声で朕は呟く。その言葉に眉根を上げたマクダマさんは腕の一振りでドロドロの波を操ると朕に向けて発射した。迫る波。その中で朕は淡々と言葉を紡ぐ。
「聞こう。『救済』の。貴殿は朕たち、民衆の命を手にかけた事に罪悪感を抱かないか?」
「はっ。これはまた滑稽である。我輩がいつ罪を犯したというのであるか」
「……十分だ。朕たちの魂の呼びかけに彼らも応えるだろう」
朕は一つ目を閉じると、深く被っていたローブを捲った。端正な顔立ちをした素朴な印象。彼は真っ直ぐとマクダマさんを見つめると口を開き、何やら詠い始めた。
『民よ。罪なき魂よ。嘆き、願いを聞き遂げた。遅ればせながら勇士は立つ。』
続き、唄を紡ぐと倒れ伏していた黒ローブたちの口も動く。意識は完全に断たれているはずなのに、朕と同じ言葉を詠唱し始める。
『『背には無念を、腹には槍を据えるのだ』』
『『『さあ、群雄たちよ。流れ出た血を掬う群像よ』』』
目を閉じたまま、黒ローブの群衆はもぞもぞと立ち上がり始めた。そして、一部は朕の盾となり泥の波を受け止めた。
バッシャアァァァァァァ!!!
飛沫が散る。群衆も吹き飛んだ。しかし立ち上がる。彼らは膝をつき、手を合わせた。祈りを捧げる。…何あれ。あれも朕の魔法?
その異様な光景に驚いたのは私だけじゃ無いみたいだ。『黒の聖騎士』団長のマクダマさんも口端を歪め、辺りを見回す。
「…なんなのであるか。貴殿らに祈る神が居るというのか?」
祈る黒ローブたちの体から青白い光の玉がまるでキノコの胞子の様に飛び出し始める。それはゆっくりと朕の頭上と背中へと集まりつつある様だ。
それを見たマクダマさんは彼に対して剣を向けた。そこ動かないで!私、今向かってるから!ステイステイ!
「来るなら来たまえ。我輩はオトゥス神と共にこの困難を乗り越えてみせるのである」
『『『『人はただ我らと共にあれ』』』』』
『『『『『我ら『群像天し「わっしょーい!!!!!!」
「へぶんっ!?」
ごっちーーーん!!
見事にマクダマさんの頭に私の頭でダイレクトアタック!痛ーい!!!!朕も唖然とした表情で言葉を止めた。い、今、朕の背中と頭から何か出かけてたような…?う、うおお頭割れそう…。
「なんと…」
頭を押さえてしゃがみ込む私。言葉を失う朕。痛い!めっちゃ痛い!マクダマさんも同様で私の下でピクピクしてる。なんかごめんね?
そ、それはともかく着いた着いた!めっちゃタンコブ出来たけど!何はともあれとにかくよし!
頭を押さえながら立ち上がる私。あ、ごめんねマクダマさん。ちょっと痛すぎて余裕ないからめっちゃ踏んじゃってるけど。後で謝るから許して?
「朕!ここら辺で手打ちにして!マクダマさんの意識も飛んだし、魔法も解けるはず!だから、これ以上は」
「…それは無理な相談だ。見てみろ聖女。奴の術式は未だ止まらないようだぞ」
周囲を見れば、マクダマさんが出した泥は未だに蛇みたいにうねっている。…なんで?副団長さんが言うには意識が飛べば止まるんだよね???
「…あれれ?まだ、意識飛んで無い?おらっ!おらっ!」
足元のマクダマさんに死体蹴りを決める。「うわぁ」、朕がドン引きした声を上げた。文句あっか!…駄目だ!もうマクダマさんは意識飛んでるしフルボッコなのに、なんで魔法が消えないの!?これじゃあ作戦失敗だよ!どうしよう!!!
『あぁ…次なる最愛。ようやくだ。』
私が焦り倒す中、不意に声が聞こえた。それは空から降る様に響いた。荘厳で、穏やかで、それでいて何故か鳥肌が立つ様な…そんな声が。
ぶわっ!!!
突如、空が割れた。雲を引き裂き、青空までも大きく切り開きながらそれは真っ直ぐに伸びる。
腕だ。淡く、神々しく発光した木の幹よりも巨大なそれは私に向かって人差し指を伸ばしてくる。そして、どこからともなく声が響く。
『おお、次なる余の最愛よ。
ようやく其方の声が聞こえたのだ。
さあ、手を取りなさい。』
え!?なになになに?!?!なんかクソデむきむきアームが後光背負って天から生えてきたよ?
『最愛よ。力を貸そうぞ。共に歌おう。
さぁ、さぁ、余と共に』
むきむきアームに促され、何が何だか訳もわからず指先に手を触れながら、私は発せられる声に従った。
『徒然なるは余の掌上
広がる六合、狭き一様』
『歩むに矮小、眺むれば卑小』
『戯れに
一指伸ばせば天は堕ち
二指交えれば海は沈む
四指折りえて冥は穿たれ
五指にて撫でれば愛は朽つ
六指見せたる時、人は知る』
『生とは偏に慈悲であることを』
『統べるは遍く大地』
『顕現』
これは…信奉術式?『統べるはなんちゃら』って何処かで聞いたような??
というか詠唱内容、めちゃくちゃ傲慢じゃないかな?こういうものなの?なんだか顔が熱くなってきたかも。夜中に思い出して、ベッドで悶えちゃうかもね。
でも、むきむきアームと共に詠唱を終えた途端、私を中心に足元から光の輪が生まれた。!?!?!?!?な、なな何これ!?
光の輪は、勢いよく広がりながら、ひび割れた石畳、壁や倒れた人々、そしてマクダマさんの術式までも飲み込んでいく。
『オトゥス如き、余の前では地蟲に過ぎぬ。
十二の星々、その頂にある余の力。
とくと見ると良い。そして、とくと惚れよ。
次なる最愛よ。』
狼狽えたのはマクダマさんだ。あ、意識戻ったんだ。彼は、でっかいタンコブを抑えながらふらふらと立ち上がり、目を見開く。タンコブごめんね。ほんと。反省はしてない。
「これは…教皇様の信奉術式であるか!?まさか!聖女殿!そなた使えるのであるか!」
「?きょーこー様の?どゆこと?」
私が頭を捻るが、マクダマさんは呆気に取られたまま返事がない。ただ、むきむきアームからは嘲笑うような声が響いた。
『無知なるは人の業か。
奇しくも音は同じであるが。』
厳かな声が響き渡る。でも、その声は私以外には聞こえてないみたいだし、そもそも腕の存在に誰も気がついてないみたい。え…何よこれ。心霊現象?こんな大胆な幽霊いる?
私が訝しんでいる中、むきむきアームは傲慢に言葉を続ける。…というより、どこから喋ってんだろなこれ?
『是は神たる力。
名を神法術式。
たとえ何者であろうと到底抗えるものでは無いと知れ。』
神法…?神の力?も、もしかしてこれが私の聖女の力なのですか!!!
見れば光は地を這い、触れた所からマクダマさんの泥を消し去っているではないか。それどこらか、倒れ込んでいた騎士さんや黒ローブたちもどうやら意識を回復していっているらしい。先ほどまで、声一つ上げていなかったのに呻き声が聞こえ始める。すげー!!!この魔法もしかして超万能じゃない?私さいきょー?
よしよし。これにて一件落着かな…?このよくわからないへんてこアームにも一応感謝しとかないとね。私がほっと一息吐いた時、誰かがぽつりと呟いた。
「ジョルスキヌス…傲慢なる怪物が…」
声を上げたのは朕だった。私以外の他の誰もがむきむきアームに気づいていない中、空を見上げ、顔を歪めてそう言った。もしかして見えてる…?
明確な憎悪を感じさせる低い声が、朕の募らせた怒りをありありと表していた。
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