第20話  …勝ったな!

 おじさんのローブから100を超える老若男女が溢れ出した。それはまるで蜘蛛の子を散らすような悍ましさだ。


「きっしょ!!!なにあれ!!」

「「「「「「「いやそれは酷くない?」」」」」」」


 うわ!真っ当に傷つくな!やり辛いなぁ!

 おじさんと同じ黒いローブに身を包んだ彼らは私の言葉に肩を落としながらも、取り囲むように広がり出した。

 んん?この人たち…さっき、私をガン見してたおっさんと同じ雰囲気がする…?何でかわからないけど確かにそんな気がする。でもこれも魔法?魔法ってなんでもありか!チートやチート!チーターや!


「ねっ、ねえカリオくん!あれも魔法なの!?」

「わっ、わかりません!五属性に属さないなら独式魔法なのでしょうか…。ですが、何人もの人間を生み出すなんて、ベルクホルン様の信奉術式でもあるまいし…!」


 ベルクホルン?うーん、最近どこかで聞いたような…?いや!今はそんなことより目の前の対処!


「…くぅっ!ハリナ様は僕から離れないでください!」

「うおらー!かかってこいやー!タマタマ粉々にしてやらー!」

「だっ、駄目だハリナ様のパッションが熱すぎるぅ!」


 肩掛け鞄をぶんぶん振り回しながら威嚇する私。おじさん以下総勢約100人は、先程のトラウマからか内股で股間を押さえながらジリジリと距離を取り出す。


「お前が行けよ!」「あたしは嫌よ!」「拙者も嫌にござる!」「もう!どのワタクシも意気地なしザマス!」「俺様は拙僧の奴に譲るぜ!」「なぬっ!いやいや、ここは拙僧ではなく妾の方に…」「いっ、嫌なのじゃ!金的は嫌なのじゃ!」


 なんだなんだ?仲間割れか?こいつら、全然連携取れてないぞ!それほど金的が怖いか!


「…勝ったな!」

「軽率すぎません?」


 冷静に突っ込まないでカリオくん!

 騒つく黒ローブさんたちを尻目に私たちも冷静さを取り戻しつつあった。

 そういえば最初のおじさんはどこ行ったのかな。数が多すぎてどこにいるか全然分からん。


「ふぅ。やれやれ、他の朕たちは情けないな。ならば朕がゆこう…」


 すると、よく通る男の声が響き群衆は静かになる。前に出てきたのは…おじさん!おじさんじゃないか!あれ…なんだ?なんかさっきよりスッキリした表情だし。心なしかちょい若返った気もするし、なんだかイケメンになった?色を知る齢?

 そんなおじさんこと朕と名乗る彼は他の奴らとは違ってどうも自信満々の様子。他の面々も彼の台頭に、ざわざわざわざわざわめき出す。


「おおっ!お前はクソマゾの朕!」「そうね!クソマゾの貴方なら行けるわよ!」「いてまえー!」


 むむむ!なるほどね!敵も賢いな!クソマゾなら金的も問題ないと!これは一本取られたよ!

 ここは素直に褒めるしかない。


「やるな!」

「…ええ?」


 困惑するカリオくん。リアクション要員かな?

 スタスタと余裕綽々で近づいてくるクソマゾ朕おじさん。…いや、もうおじさんって感じじゃないし朕でいっか。そんな朕を前にカリオくんが木刀を構えたが、私はそれを制し、鞄を縦にぶんぶん回し始める。

 すると、朕は私のちょうど真正面で腕を組んで仁王立ちになるとカッと目を見開いた。


「来い!」

「どっせーーーい!」


 コカーーーーーン!


「はううっ!」


 ビクンビクン♡股間を押さえながら悶える朕。ふぅ…中々な手応えでした。


「くっそー!朕はマゾなだけで使えねー!」「朕のやつ、金的喰らいたかっただけだ!」「あのバカのことは忘れろ!そうだよ全員でかかりゃ良いんだよ!そしたら、誰かは辿り着くはずだ!」


 そう言って一斉に迫り来る黒ローブたち。

 げげ!私の金的クラッシャーの弱点をよくぞ見破ったな!

 これは賞賛に値するぞ!


「……やるな!」

「え?僕いまドッキリかなにかされてます?」


 もはや、木刀を下ろして惚けた顔で私を見つめるカリオくん。こらこら!全然そんなことないから!みんな真面目にやってこれだから!

 こっちもこっちで漫才やっていると、ローブさん達は朕を踏みつけながら凄い勢いで迫って来た。


「おおっ!ぎゅむう♡もっともっとだ!」

「うるせー!どわぁー!」


 喜び悶える朕にツッコんでいる間に、私たちはあっという間に黒ローブの波に飲み込まれてしまった。わぷっ!人混みに溺れるぅ!

 その瞬間、私は見た。すぐ近くの屋根、その上に立つ2人の男女。青い鎧に身を包んだ若い女の人と黒い鎧に身を包んだ陰気そうなおじさんを。


「ああ…異端で溢れているのであるな…。これはまた随分と救いがいがある」

「こっちが当たりのようですね。……それにしても、あれが救世の聖女とは。全くもって世も末です」


 なんか呑気にお喋りしてない!?もがが!こら!羽交締めにするない!私は黒ローブ軍団に揉みくちゃにされて、全身の至る所を大小さまざまな手に掴まれていた。きゃっ!どこ触ってんだごらぁ!!!ぶっ殺すぞ!ぐぅ!カリオくんは大丈夫なの!?


「「わっしょい!わっしょい!」」

「ひゃ〜」


 あれれ?なんでカリオくんは胴上げされてるかな。私と扱い違うくないか?

 妙に冷静な気持ちで胴上げショタを眺めていると、ぶるりと体が震えてしまった。


 パキキ…


 ん?なんか寒くない?まだ春よ?ほら蝶々も飛んでる…。わ!蝶々が凍った!

 ……っていうか、さっむ!!!私はガチガチと震えながら辺りを見回すと、黒ローブ達も同じようにブルブル震えている。見れば衣服や体にも霜が降りていた。

 それも、私より余程酷いようで顔を真っ白にして、かなり動きも鈍くなってる。


「か…なんだ…こ、凍える…」

「こ、氷属性の魔法?まずい…このままでは…」

「このままでは凍え死ぬ。ただそれだけのことです」

「ぐえ」


 ガチガチ歯を鳴らす黒ローブたちから私をひったくる様に奪う者がいた。あ!屋根の上にいた青い鎧のお姉さん!

 彼女はサッと一飛びで彼らから距離を取ると、腕の中にいる私をちらりと見て、それはそれは大きなため息をついた。


「はぁ。こんなことで、私がわざわざ出てくる羽目になるとは思いもしませんでした」


 空色の髪をしたキツイ雰囲気を感じる顔つきのお姉さん。青い鎧だからカタラナさんと同じ『青の聖騎士』だよね?彼女は全身から白い冷気がふわりと漂っている。

 なんだなんだ?今のはこの人の魔法?あ、目があった。あ!また溜め息吐きやがった!失礼な!


 がしゃあん!


 今度は何さ!振り向けば何人かの黒ローブを踏み潰した黒い鎧のおじさんが。うわぁ…バイオレンスぅ…。石畳割れちゃってるよ。絶対骨とか無事じゃないよね。お気の毒に…。

 そんな哀れな黒ローブを踏み潰した彼は目の下の濃いクマが超不健康そう。黒い鎧だからタタラガと同じ『黒の聖騎士』だよね?そんな不健康おじさんは足元で伸びた黒ローブたちを見据えて、何やらボソボソ呟いている。


「これも使命である。それに何より…異端をこれ程多く救済出来るとは、思いもしなかったのである。実に…実に喜ばしい」


 そう言って蛇のように笑うおじさん。


 悪役かな?悪役でしょ。


 そして、2人は私と黒ローブの間に立ちはだかる様に前に出た。そのまま剣を抜くと周囲にいる全員に聞こえるよう高らかに名乗りをあげる。


「ジョルスキヌス十二司教が1人、友愛の神コレンソンを奉りし者にして、『青の聖騎士』団長、アリストア・ディ・ヒューゴー」

「…同じくジョルスキヌス十二司教が1人、死の神オトゥスを奉りし者にして、『黒の聖騎士』団長、マクダマ・ガルガラッジである」


 十二司教!…ってなんだっけ?なんか偉い人だった気がする。忘れた。でも助けてくれるのはありがたい!ほら、みんなの視線も釘付けだ!


「「わーっしょい!わーっしょい!」」

「ひわ〜」


「「「……………」」」


 ちょっと!今凄そうな人たちがカッコつけてんだから!空気乱さないで!

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