第21話 後のインフレの波の犠牲者になりそうなおじさん

「…少し興を削がれましたがよしとしましょう。…で?貴方の目的は何なんでしょうか。」


 細身の剣を黒ローブ達に向け、凛とした声を放ったのはアリストアと名乗ったお姉さんだ。その言葉を聞いた黒ローブの一人が憎々しげに口を開いた。


「『救済』のマクダマに『友誼』のアリストアか…。お前達に何を言おうと無駄だろう」

「…はぁ。下賎な犯罪者には何を言っても無駄ですか。それはそれで構いません。貴方たち!出番ですよ!」


 ため息混じりに声を張り上げる。

 すると、路地や家屋の屋根、至る所から青と黒の鎧に身を包んだ騎士たちがガシャンガシャンと鎧を鳴らしながらやって来た。

 おお!カリオくんが言ってた聖騎士たち…!タタラガいる?う〜ん、いないな。あのグロッキートカゲ。

 でもこんなにいっぱいこっちに来ててカタラナさんの方は大丈夫かな?

 私は心配になってアリストアと名乗った青いお姉さんの鎧を叩く。


「ね、ねえ!カ、カタラナさんは…!カタラナさんの方は大丈夫なの!?」

「喧しい…。マクダマ、答えてあげたらどうです?」

「アリストア、聖女相手に失礼であるぞ」

「ふん」


 そう言ってそっぽを向くお姉さん。

 かっちーん!なんか嫌な人だな!

 すると、マクダマと名乗る蛇の様な顔つきのおじさんが感情を感じさせない瞳で私を見ると、肩にポンと手を置いて来た。…なんか目が怖いな。感情死んでる?


「…安心したまえ。あちらにはバリュー司教が向かっている」

「ばりゅー?」

「おや?本人は同じ飯を食った同士だと言っていたのであるが」

「ばりゅー?」

「…本当にわからないようであるな」


 誰だ?聞いたこともないぞ?再三、名前を口に出したが全く持って思い出す気配もないや。

 私が首を捻りながらうんうん唸っていると、お姉さんの方が急にぷっと噴き出した。


「はっはっは!いい気味ですよ!あの価値偏重ジジイ!聖女目当てで重い腰を上げたというのにハズレを引きましたね!おっと」


 襲い掛かる黒ローブの攻撃をひらりと躱し、返す手で斬りつけた。その身のこなしは素人の私から見ても超すごい!いけすかない人だけど超すごい!カタラナさんよりも身軽な動きには惚れ惚れしそうだ。


 おお!いけそうか!


 すると、マクダマさんが平たく分厚い板みたいな剣を顔の前で立てるように構えた。お、こちらも何やら見せてくれそうだぞ?私は攫われてたこともすっかり忘れて、彼らに夢中になっていた。魅せプ魅せプ!もっと見せてほら!


「救済の時である…。久方ぶりにこれ程の大人数を救えるとは…。この吾輩の…いや、オトゥス神の血も騒ぐというもの」


 そう言ってマクダマさんはすぅ…と息を吸って、底冷えする様な低い声でまるで詩を詠む様に言葉を紡ぎ出した。


『眠り給え』

「なっ!?」


 その言葉に反応を示したのはアリストアさんだ。どしたん?そんな慌てて。勝ち確演出入った?風呂行って来ようかな。

 私がお風呂屋さんを探していると、お姉さんは先程までの冷静さをかなぐり捨て、慌てふためき声を張る。


「…!!ッ馬鹿か君は!この様な所で信奉術式を…クソッ!聞いちゃいないか!

 聖騎士達よ!今すぐ市民達を避難させなさい!

 それと聖女もどき!こっちへ!」


 だーれが聖女もどきじゃい!

 お姉さんは私をがしりと小脇に抱えたかと思うと全力で走り出す。

 他の聖騎士たちも慌てて家屋の中や通行人たちの誘導を始めた。なんだ?なんだ?一体何が始まるんだ?

 アリストアお姉さんは額に汗を浮かべながら、私の方へと顔を向けた。


「貴方と馴れ合う気は微塵もありませんが警告はしておきます!

 我々、十二司教は神との対話により新たな魔法…信奉術式というものを得るのです」

「ほうほう?なるほど?その話をなんで今?」

「…術式の強さは対話の深さ。マクダマは我らの中でも1、2を争う程かなり深い所にいます!だから…」

「だから?」

「…イカれてると思っていただきたい!

 死と安寧の神オトゥスを奉じる彼は脳みそガンギマリおじさんなんです!」


 脳みそガンギマリおじさん…!なるほどそれは不味いね!

 私は顔だけをマクダマさんの方へ向ける。彼は幾人もの黒ローブに襲い掛かられるも、血みどろになりながらも、ぶつぶつと何やら唱えているようだ。


『眠り給え眠り給え』


『太陽は沈み軸は碧 虚より生まれる影の国』


『眠り給え眠り給え』


『旅路の終わり 安らぎの時 死は三つ指の悪魔の手を逃れ 降り注がるる慈雨に等しく』


『眠り給え眠り給え』

 

 なんかよくわからんけどポエミーだね。夜中思い出してバタバタしたりしないのかな?そして、おじさんは一呼吸置いてぽつりと言葉を吐き出した。


『憩神饌〈いこいしんせん〉』


 どろり


 マクダマさんの大剣からどろり、と泥のような黒が溢れ出した。うわきも。そんなおぞましい黒い泥は何やら死臭とも言うべきおどろおどろしい何かを纏っていて、その異様さに私は…私は…


「…くっさ!おえー!」


 リバースリバースああ、リバース。

 無情かな。今日のお昼全部リバース。あ、今オークラーメンの味がした!

 まぁ、そんなことは今はいいや。でもさ、今私がげぽげぽしたらどうなるかわかる?


「ぐあーーーーーー!私の一張羅がーーーーー!!!!」


 つまりそういうこと。ごめんねアリストアお姉さん。…うぷ、また出る!

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