第17話 鴉と鳩、そして雲雀

 

 モーガンが階段を降りていくと、喧騒が近付いてくる。

 どうやら中庭の方が騒がしいようだ。

 まるで襲撃にでも遭っている様な、怒鳴り声と悲鳴が聞こえる。


 モーガンは警戒しながら、懐の銃を取り出す。

 そして中庭に続く入り口の壁に背中を当て、銃を構えて飛び出した。


「おい! 何事だ!」


 中庭の一角に、人がたくさん集まっている。

 ジェニーレン家の使用人たちだ。

 従僕や下男たちが、何かを取り押さえようとしているのが見える。

 その周りで、メイドたちがおろおろと狼狽えて遠巻きに見ている。


「離せ! やめろ!! メイヴィは誰にも触らせない!!!」


 驚いたことに、怒鳴り声の正体はダヴの声だった。

 まるで発狂しているかのような叫び声だ。

 先ほどの柔かな人物とは到底思えない、狂者のそれだった。


 慌ててモーガンは人溜りに駆け寄った。

 すると、全身を土だらけにしたダヴが、男3人掛かりで押さえつけられているではないか。


「これは一体どういうことだ!?」

「旦那様が、何故か墓を暴いていたんです!! そして呼び止めたら、スコップで襲い掛かってきて……!」


 下男の青年がモーガンに応える。

 モーガンが中庭の奥に目をやると、確かに掘り起こされた形跡のある墓があった。

 使用人たちは屋敷の主人に強く出られないのか、中途半端な状態でまごついている。

 唯一モーガンに応えた青年が必死に押さえていることで、どうにか留めている状況だ。


 ダヴの目が、モーガンを捉えた。

 するとより激しく抵抗を始め、使用人たちを振り解いた。


「オウルから何を聞いたか知らないが、メイヴィはどこにもやらないぞ!!」


 そう言ってダヴは落ちていたスコップを再度拾い、モーガン目掛けて振り上げた。

 目が血走り、本気でモーガンを殴る気だと一目で分かる。


 モーガンも腐っても刑事だ。

 その攻撃を横に飛んで躱し、後ろからダヴを地面に押さえつけた。


「君! 腰の縄を!!」


 先ほどの下男に声を掛けると、下男はモーガンの腰に付けていたロープを手早く取り、モーガンに渡した。


「貴様!! うちの使用人の癖に、こいつに加担するのか!!」


 悪鬼の形相で叫ぶダヴを更に押さえつけ、モーガンは後ろ手に縛り上げた。


「ダヴ・ジェニーレン! 墳墓発掘及び警察官暴行未遂の現行犯で逮捕する!」

「やめろーーーーー!!!」


 凄まじい叫び声と共に、ダヴは激しく抵抗した。


「メイヴィもマリーも私のものだ!! 離せ!!」

「話は署で聞く! さあ立て!!」


 あまり肉体労働をしないモーガンだが、この時ばかりは持てる力の全てを振り絞ってダヴを引きずる。

 何せ、ダヴの抵抗が凄まじく、まるで狂犬病の犬かのような荒ぶり方なのだ。進ませようにもなかなか動かない。

 モーガンが縄を掛けたことで思い切りが付いたのか、何人かの使用人がモーガンに手を貸すようにダヴを押さえつける。

 もっと鍛えておけば良かったと、モーガンがなまじ本気で後悔し始めた頃、玄関ホールからバタバタと足音が聞こえてきた。


「クロウさん!」

「ラーク!!」


 顔を見せたのはラークだった。

 後ろに数人の刑事を連れている。

 ここを出て行ってから30分も経っていないが、相当急いで馬を走らせたのだろう。


「一体何が!?」

「分からん! 急に墓を暴き出したらしい! さあ! 立て!」


「離せ! 私からメイヴィとマリーを奪ったらただじゃおかない!」と騒ぎ暴れ続けるダヴを他の刑事たちに受け渡す。

 ダヴは暴れ続けているが、屈強な刑事2人に連れられずるずると玄関を出ていった。

 力自慢の刑事が来ていて本当に良かったと、モーガンは心から思った。


 漸くモーガンは一息ついて、壁にもたれ掛かった。

 乱れる呼吸を落ち着かせるように、懐から一本煙草を取り出すと、口に咥えて火を付ける。

 人様の屋敷でどうかとも思うが、屋外なので許して欲しい。モーガンは煙草でも吸わなければ、落ち着かないのだ。


「大丈夫ですか、クロウさん」


 ラークは一度モーガンに近寄ったものの、紫煙に眉を寄せ風上を探して移動する。

 相変わらず煙草の匂いは苦手なようだ。

 それでいてモーガンと親しくしているのだから、なかなかに懐が深い。


「ラーク……刑事は常に鍛えておかなきゃならないぞ。急にスコップを持った男に襲われるかもしれないからな……」

「クロウさんに言われたくないですよ。銃の練習ばっかりで体力作りしないんだから」


 しかしそれでもモーガンは適度に筋肉が付いており、引き締まった体躯だ。

 ラークは世の中理不尽だと、内心ぼやいた。


 と、そんなことを考えている場合ではない。

 ラークは急いで胸ポケットの手帳を取り出した。


「それでクロウさん。フライに確認しましたが、マリー・ロビンの件は口を割りませんでした。ですが、オウル・ロビンから情報を得ていたということは認めました。これからオウル・ロビンの部屋を家宅捜索します」

「そうか……分かった」


 なるほど、ラークが連れてきた刑事たちは家宅捜索用の人員らしい。

 モーガンは煙草を一回深く吸い込むと、吸い殻を地面に投げ捨て足で揉み消した。


「それともう一つ。強盗犯の1人が、フライの指示でレイムス湖に行ったと口を滑らせたそうです」

「本当か!? なら、マリー・ロビンの事件とフライの奴は……」

「間違いありません。繋がっています」







 ここ最近、北部第3警察署管内を中心に起きている、連続強盗事件。


 概要はこうだ。

 幾つかの領地に跨いで頻発しており、この半年で計6件もの被害が出ている。

 5人の強盗たちにより、宝石店やレストラン、ホテルなど様々な場所が狙われ、会計カウンターの金品を盗まれるというものだった。

 どれも朝の早い内に狙われているため、客への被害はなく、居合わせたのはいずれも開店準備のため出勤していた従業員数名である。

 会計カウンターにある金も、その日の釣り銭として用意してあったものであるため、金額は大した額ではない。


 しかしこの事件の厄介な所は、建物や店舗家具などの物的被害が大きいということだ。

 何故か金目の物はほとんど奪わず、壁や扉を破壊し盛大に荒らして去っていく。

 その被害総額は、およそ1万デニーとも言われている。


 更に6件目の現場では、ついに怪我人が出てしまった。

 強盗事件が続き、店側でも対策を講じて警備員を配置する店舗も増えた。

 6件目の現場ではまさに強盗と警備員が対峙し、両者が衝突した結果、警備員2名が打撲と切り傷などのを軽傷を負ったのだ。

 強盗側も無傷ではなく、複数名の強盗が血を流し去っていくのが目撃されている。

 警備員の抵抗により、6件目の金銭的被害は0に終わった。


 この6件の強盗事件について、狙われる店舗は一見何の関連性もないように思われた。

 しかしモーガンは、1つの共通点を発見する。

 6件中5件は、ジェニーレン男爵家が携わった店舗だったのだ。




 ジェニーレン男爵家の扱っている主力事業は、建築業である。

 それまでの建築の流れは、施主が自ら建築士と工事業者を探さねばならず、酷く時間のかかる物だった。

 更には満足のいく建物に仕上がらず、施主と業者の間での衝突も頻発するという問題があった。

 そこでダヴは、建築士や工事業者との広い伝手を得て、いわば斡旋窓口としての事業を展開したのだ。

 一度窓口で客の要望を聞き、要望に合う建物が得意な建築士を紹介し、工事、そして修繕までの一元的な手配を行うというものだ。

「建売」という方法もダヴにより編み出され、これが、急速な経済発展により逼迫した建築市場に一条の光明を齎した。


 ジェニーレン男爵家を今尚成功者たらしめるのは、この事業の成功にあったと言って過言ではない。



 5件の店舗は、まさにそのジェニーレン家の事業により建ったものだったのだ。



 モーガンは今回の強盗事件について、フライ男爵のダヴに対する私怨による犯行ではないか、と踏んでいた。

 外国の窃盗団による犯行や裏社会の不成者ならずものたちなど様々な視点での捜査がされたが、モーガンにはそれが一番有力であると思えた。

 実際、この半年のフライ男爵の動きには不審なものが多かった。

 やたらと領間移動をすることが増え、大金を銀行から引き出し、また裏社会の住人が集まる区画に姿を表したという話まで出て来ていたのだ。


 モーガンが私怨による犯行と考えたのは、金銭的被害より物的被害が大きいためだ。

 ジェニーレン家の評判を落とすため、もしくは修繕事案を頻発させることによる事業圧迫、又は、単なる嫌がらせが目的であるために、金銭を取る必要はなかったというのが、モーガンの見立てだ。

 6件中1件、全く関係のない店舗が狙われたのは、捜査を撹乱するための偽装ではないかと考えた。事実、この1件は他の5件と比べても、非常に被害の程度が小さかった。


 そしてついに、強盗事件とフライ男爵の繋がりを示す証拠が上がったのが、つい数日前。

 漸く一昨日、フライ男爵の身柄を確保するに至った。





 一連の事件と同時に起こった、レイムス湖でのマリー・ロビンの事故。


 これは果たして偶然だろうか?

 マリーはアデルと間違われ、襲われたのではないだろうか?


 モーガンはそう考えていた。


 しかしそんなモーガンの筋読みに、反発する声も少なくなかった。

 何故なら、フライ男爵はその大胆な行動に反して、肝心な所には踏み込まないという慎重な面も併せ持っているからだ。

 彼の行動はこれまでずっとそうだった。

 今回の強盗事件は、彼にとってかなり踏み込んだ犯行である。だが結局、物を破壊するに留め人的被害が非常に少ないということが、彼のそうした性質を表していると言えよう。


 そこで急に、ダヴの一人娘を手に掛けるだろうか?


 確かにモーガンもその点は気になる所だ。

 だがどうしても、無関係な出来事とは思えなかった。




 

 だが、ついに。

 2つの点が繋がった。





「俺も署に行って話を聞く。オウル・ロビンを連れて署に戻ろう。急ぐぞ」

「はい!」



 フライ男爵の身柄は、明日の朝王都の警察本部に引き渡されることが決まっている。

 事件が複数の警察署管内に跨っていること、また件の6件目の事件が王都内で起きた事件であるためだ。

 話を聞くなら、今日しかない。



 モーガンはマリーの部屋で呆けていたオウルを連れ、ジェニーレン男爵家の屋敷を出た。

 後ろからラークが追いかける。

 全ての真相は、すぐそこに迫っていると感じた。




 その姿を、クリフは窓から見下ろしていた。

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