第2話:呪いと宗教(概念)上の理由

 流石にこの状態で放置をすることは担任もまずいと思ったのだろう。全力での訴えの後、HRが終わったら職員室へと来るように命じられた。

「すごいことになりましたねぇ、ウィルくんってば~」

「えっと……その……ごめんなさい。私が自分だけじゃなくて、人の解呪も出来ればよかったんですけれど」

「それはボクもですねぇ~。呪いと治癒って近い所もあるんですけれど、条件次第の即時発生だと効果がありませんし……」

 ホームルームの合間。おっとりした少年ノエルと、クラス一の秀才少女のセリエが声をかけてくる。2人ともそれぞれ治癒術と呪術のエキスパートだ。その二人にすら呪いの解呪、或いは治療は出来ないらしい。

「……ハァ。まあなっちまったもんは仕方ないけどな。ちょいとまぁ、行ってみるわ」

「ふふ、もしお手伝いが必要でしたら言ってくださいね~」

「は、はい。私も出来ることはがんばりますから…!」

 不慮の呪いへの対策くらいは、この学園だって持っているだろう。持っていると思いたい。か細い期待を胸に、とはいえ助力できそうな所は遠慮なく頼ろうと心に決めた所で、終業のチャイムがカンコンと鳴り響いた。


「いやぁ……オレも教員人生長いけど、まさか命に関わる呪いが出るとははじめてですよ」

「この壺って呪いの内容自体に関しては確か抑止が働いてるんじゃありませんでした?」

「治癒魔法なら呪いの進行は遅らせられるでしょうか?」

「確かそれを目論んだ生徒を妨害するための術式が掛かっていたはずですから…」

「そもそも解呪を外野から出来ない仕組みにしていますからね…1年を越えれば話は別ですが」

「でも今回の呪いの期間は非常に短いようですし…」


 口々に話す教師たち。

……その余り思わしくない会話の内容を聞いてますます俺の顔は歪んでいく。

一定の意見を聴き終わった担任が、重々しく首を縦に振る。普段の雑な歩き方が嘘のようにゆったりと向かってきて、俺の肩へと手を置いた。


「………という訳だ!悪い!!解呪は自力で頑張ってくれ!」

「くそが!!!!!」

教員机を勢いよく叩いた。普段なら生活指導の老教師から叱られる所だが、今ばかりは目をつぶってくれるようだ。複雑そうな視線を向けられる。


「まあまあ、幸い100日…3か月ちょっとはある訳だし、1学期丸々使えば何とか呪いも解けなくないだろ?」

「無理です」

 即答。のち、沈黙がよぎる。


………。


「いやいや、イケるイケる!お前さんぶっきらぼうではあるけど顔はそれなりだし捻くれちゃあいるが能力も高いんだから!ナンパとか告白したら女の子の一人や二人位」

「だから!それがムリだっつってんだろ!!」

 ダァン!!鋭い音と共に再び教員机を叩く音。

流石に二回目は生活指導の老教師も思うところがあったのか口を開きかけたが、言いたいことがあるのはこっちも一緒だ。


「そ、も、そ、も!何だよこの呪いの解除条件!!何が『クラスの中でカップリング成立させてくださいね♡ 』だ!」


 老教師が開きかけた口を閉ざす。ちょっと気の毒に思われたのかもしれない。

同情なんてまっぴらごめんというか同情するなら代わってくれ、アンタ確か奥さんとラブラブで有名だったろ。

いや、そうなるとそれはそれでクラス関係ないから詰むのか。南無参。


「ま~呪いの内容のトンチキっぷりはまだあるレベルなんだよな。期間が鬼クソ短いだけで」

「そうそう。これくらいならまだ、『くしゃみする度に全裸になる呪い』よりは課題的にはマシというか」

「生死と尊厳を同じ天秤で括らないでくれません?」

というかそんな呪いもあるのか。クラスメイトが掛かっていないことを祈る。切に。


 実際呪いをかけられた後、解除の方法としては2つある。

 ひとつは先程セリエが教室でやって見せたように、呪いの構造そのものを理解し、解呪する方法。これは呪術に対するある程度の造詣が必要となり、大抵の場合はその学年での履修項目を全て理解するくらいの知識が必要となる。呪術のエキスパートなら可能だが、そもそもわざわざ学部で呪術科を取るくらいなのだから、未だ学び中の生徒が大半だ。

 もうひとつは、これが寧ろオーソドックスではあるが、それぞれの呪いに設定されている解呪方法を実践すること。特定のエネミーから落とせる素材を使用したり、或いは儀式などが必要にはなるが、先にあげた方法よりも易しいことがほとんどだ。


「つまりあれだろ。お前がクラスの気になる子に告白をする!その子と付き合う!それで解決!!」

「くそがっっっ!!!!!」

 これで三回目だぞ。東洋にいるとかいう温厚な神さまでもキレて世界を灰に帰すわ。タクミが前にそれっぽいことを言っていた。

 机を犠牲にしたとして、誰が俺を責められようか。いやこの机の持ち主はそこで震えてる治癒術の先生だったからそこだけは責める権利があるな。


「と、に、か、く!俺は恋愛とか七面倒くさいもんくそ食らえだっての!!

 ただでさえそう思うってのにわざわざ呪いを解くためにだなんて理由でその気のない相手に告白とか出来るか!!つーか冷静に考えてフラれるわ!!!」

「お、おう……」

 こちらの勢いに少しばかり臆したようで、流石の担任も後ずさりをした。


 ワンチャンこれこれこういう事情で付き合ってほしいんですとか言って相談すれば、一時的にならとか言って頷いてくれそうな相手がいない訳ではない。

 カチェルはあれでいて夢見がちというかロマンチストな所があるから嫌がりそうだけど、セリエは気が弱いから押したら頷きそうな所があるし、アサカは抜けているところがあるから事情を話したらいいですよ~と快諾しそうだ。

 だがセリエみたいな気弱な女子に押して無理やりカップル成立とか人間性疑うし。うちで一番の正義感を持つライオットが黙っちゃあいないだろ。アサカに至っては下手な理由で声かけたら俺がタクミに殺される。比喩じゃなくて殺される、あいつならやる。


 そもそも俺は誰とも付き合いたくない。そんな面倒なことをするくらいなら平々凡々と何事もなくクラスの影になり引きこもりになり生きていたい。Q.E.D. 証明完了。


「…………あ゛~…………いっその事俺に何の関係もないところでクラスの奴が勝手に恋愛イベント起こして勝手に付き合ってくれねえかな……100日以内に」

 他力本願な願いをかける。神さまとか恋愛以上に信じてないのでどこの誰にって訳じゃないけど。

その言葉を聞いていたのかいないのか。あ、と何かを思いついたように気弱な治癒術の教師が声をあげた。


「いっそそれなら、ウィルくんがクラスの子を焚きつけてカップリング成立させればいいんじゃない?」

「あ゛゛゛???」

 やっぱ机叩き割っておけばよかったかもしれねえ。いや、もしかしたら机を割ろうとした報復かもしれないが。


 その言葉に納得したようにあちこちから同意の声があがる。いや、待て、納得するな。焦りを覚えて思わず立ち上がる。

「………いやいやいや!!無理だろ!一体どうやれって…」

「世の中にはな? 吊り橋効果というものがあっての?」

 達観した声と微笑みを向けてきたのは、生徒指導の老教師。

先程までの眉間の皺も消え、懐古の視線を空へと向けるその表情は非常に柔和だ。

「何を隠そうワシも今の妻とは幾度もダンジョンに潜って課題に取り組んだのが距離が縮むきっかけだったワケじゃしな。いや全く、懐かしいわ」


 この学校では座学の他、実技として『ダンジョン』に挑むことが課せられている。

とは言え、国の外に広がるような広大な、命すら落とす危険がある其れではない。

 学校の地下に広がる迷宮は、訪れる人の人数や実力に合わせて形も現れるモンスターも変わる。当然、落ちるアイテムも。

だから技量をあげればそれだけ出てくる敵も強くなるし、代わりに能力から逸脱するレベルのヤバいモンスターが出ることなど殆どない。

その中でもボスとして設定されているものやレアモンスターとされているものが落とす素材は、錬金術科や武具科などの製作を主とする奴らには垂涎のアイテムを落とすわけだ。

 無論、学外でも需要があることから、実技の課題としてモンスターを倒すほか、放課後にパーティを組んでダンジョンに挑みに行く生徒も多い。内心稼ぎにも、お小遣い稼ぎにも使えるダンジョンは、無茶さえしなければまさに、メリットだらけの場所なのだ。


 いやだからって恋愛のきっかけにつかうこと、ある?

「だからって恋愛のきっかけに使うこと、ある?」

 思わずツッコミが口から出たが、周りのそうか!その手が!と沸き立つ教師たちには通用しない。


 俺だって分かってる。多分これが唯一の呪いの抜け道だ。

100日間という限られた期間の中で、自分で恋愛したくないのなら手段なんて限られる。

自分が恋愛脳になるよりはマシか?マシかもしれない、多分、きっと。


 それはそれとして、満面の笑みでこちらに振り返った担任への殺意が湧かない訳ではない。


「ってことで、ゴメン。ここじゃ解呪は無理そうだから、自力で何とかよろしく!

 クラスの皆にも死ぬかもしれない呪いだから解呪の手伝い頼まれたら積極的に手伝ってあげてって言っとくから!」

「あ、行く時はうちのクラス寄ってけよ~。特別割でポーション他アイテム類売ってやるよ」

「良さげな素材を見つけたら是非この鑑定術科に!面倒な他科への卸し作業も引き受けるぜ!」

 まさかの担任だけでない。口々に紡ぐ各教員たちの優しさ4割、下心6割の言葉にわなわなと身体が震える。

それもこれも全部──このバカみたいな呪いが悪い。


「………絶っっ対こんなくだらねえ呪いで死んでやらねえからな!!!」

 例えやり口が卑怯とかそんなに生きたいのかとかデバガメとか人の心を弄んでと言われたって構うものか。

別に誰を傷つけるわけでもない。向こうはくっついて幸せになる、俺は生き延びる。あわよくば足掻いている間に別の方法が見つかりそうなら何よりだ。


輝かんばかりのいい笑顔でサムアップをしている担任の頭をはたいてから、教室への道を戻っていった。

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デバガメッ!~100日以内にクラスでカップリング成立させないと死ぬってマジ!?~ 仏座ななくさ @Nanakusa_Hotoke

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