第2話「はぐれ機兵」②

   ■□■


 砂埃を撒き上げながら走ってきたグロリアは、キーンの左腕が欠損しているのを見て悲鳴を上げ、続いて右足に穴が空いていることに気がついて腰を抜かす。

「腕が、足が、そんなぁ……」

 拾ってきた手首を持ってうなだれるグロリアにキーンは肩をすくめてみせる。

「大げさだな」

 別に痛くはない、と残った腕を振るう。

 機械義肢。それがキーンの四肢だ。

 失った手足を機械にすげ替え、生き残った脳と神経で義肢を動かす。訓練次第で生身と同等の運動機能を得ることが可能だが、「痛み」まで再現することは現在の技術では難しい。そのため、仮に義肢がすりつぶされても生身の部分に影響はほとんどなかった。

「そうなんだけどさぁ……あ、歩ける? 抱っこしようか?」

 いらん、とキーンは右足を多少引きずりながらも歩き出す。

「扶桑を停止させたなら、早いところ情報屋に電報飛ばして、あれも回収してもらった方がいいんじゃないか」

 視線の先にはオブジェと化したシュギョクの群れ。それらを見てグロリアも意識を切り替える。

「そうだねぇ。あれも、売れたらかなりのお金になるし」

 今日の仕事は警備機兵の停止。ハミオン軍の依頼ではなく、周辺の村からの嘆願だった。機兵が暴走し、近隣を通行する馬車が襲われるといった被害が相次いでいたが、元の所有者である軍は放棄を理由に動こうとしなかったのだ。

 グロリアが仕事を請け負ったのは、困っている村人を助けたい思いもあったが、軍の帳簿上から消されている施設なので、いろいろ持ち出して換金できると踏んだのだ。

 とはいえもとは軍のものなので、まともな市場には流せない。情報屋にも買い叩かれるだろう。それでも放り出して他のやつらに強奪されるのも癪だ。まだこの基地の警備機兵が停止したことは誰も知らない。回収をあきらめたとしても、盗掘屋に、今ならがら空きだと告げ口すれば、その情報料で小銭を稼げる。

「まずは、電報局があるところまで行こっか」

 できればキーンの四肢も直したいところだが、とグロリアは肩を落とすも、基地の近隣にある村に義肢屋はなかったはず。戻るまでの間に不具合が起こって動かなくなれば、今度こそ抱えて帰ろう、とグロリアは少し先を振り返りもせずに歩く、自分よりも小柄な少年の背を追いかける。

 動き出した二人から少しばかり距離を置いたところに、白い少女が立っていた。周囲を警戒する様子もなく、視線を茫洋とさまよわせているだけだったが、次第にティエンの周りに鏡に似た破片が集まってくる。破片はくるくる回転しながら腕や足に貼りつくと、まるで最初から皮膚の一部だったかのように同化する。

 飛び交う破片がなくなるとティエンは顔を上げ、グロリアがキーンにまとわりついているのを見て微妙な顔をするのだった。


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 ユージン大陸の辺境に位置する町、サヴィアは周辺に点在する小さな村の中継地点になる。都市と呼べるほどの規模はないが、常にそれなりのにぎわいがあった。

 そのにぎわいには、この町に郵便局と電信局が存在している点が大きい。周辺の村から郵便物が集まり、ここを経由してまた別の村や町へ届けられる。電報を使いたい者が足を運び、字が書けない者は代書屋を求める。そのため自然と人と物が集まる仕組みが構築されていった。

 大陸の半分を縦断する鉄道が敷かれても、人はなかなか生まれた土地を離れることはできない。そのため遠くの土地にいる他者と連絡を取る手段として、一般民衆は安価な手紙を使い、電報はよほど緊急の案件に限られている。

「電報打ったよー」

 機兵回収作業は遅れると儲けが減る可能性があ。そのためグロリアは迷わず電報を選択した。

 情報屋には仕事の終了と、機兵の回収を依頼する。事前にある程度の段取りは組んでいたので、文字数節約の暗号のような短文でも理解して動いてくれるはずだ。

 そうそう、とグロリアは電報局を背景に振り返る。

「局待電報にしたから、返信待ちの間に馬車を預けられる宿を探しといて」

 急な用件で相手からの返信がすぐに欲しい場合、電報の差出人が発信局で待機してそこで返電を受けることができる。これが局待電報で、受取人は文面で差出人が局内で待機していることがわかるので、局気付で返すのだ。

 そのあたりの仕組みを理解しているキーンは、即座に馬車へ向かってきびすを返す。

「わかった」

「我も行くぞ」

 ここはつまらん、と言ってキーンのあとにティエンが続く。グロリアはいってらっしゃい、と軽く手を振って送り出した。

 仕事中はグロリアに貼りついている少女だが、ある程度彼女の安全が確保できるところではキーンと行動を共にしていることが多い。ふわふわと広がる髪と服の裾をゆらめかせながら、先のとがったかかとのない足で器用に歩く。

 通行人が白い異形の少女に驚いた顔をするが、ティエンはまったく気にしない。

「キーン、どこか店に行くのか? ここに鍛冶屋はあるか?」

「どうだろうなぁ」

 キーンは急にあれこれと話しかけてくる少女をあしらいながらも馬車のところまで戻り、共有の馬水槽で水を飲んでいた馬の鼻先をなでる。

「まずは宿屋だな」

 鍛冶屋はあるかもな、と適当に答える。町の規模から考えて存在している可能性は高い。けれど、少女の望むものがあるかどうかはわからない。

「火だ、炎が見たいぞ」

「そうか」

 宿屋は通りへ出てニ、三人たずねればすぐに見つかるだろう。そう考えながらキーンが視線を上げると、暗がりからこちらを見つめる目に気がつく。

 路地の陰に隠れるようにして視線を向けているのは、兄弟と思しき二人の子供だった。年のころは大きい方でも十に満たないだろう。身体を覆う長いマントを羽織っているので性別はよくわからなかったが、キーンと同じ褐色の肌と赤い髪、金色の瞳はよくわかった。どうやら同じ特徴を持つ他者を見て、珍しいと足を止めたのだろう。

 この組み合わせは飛び駆ける獅子の民(スコルハ)に多い外見的特徴になる。スコルハはユージン大陸の先住民だが、現在はその数をかなり減らしていた。

「なぁ」

 声をかけると、兄弟はひくりと肩を揺らす。スコルハは部族単位で言語が異なる。なので共通語で話しかけても通じないことが多い。けれどこの兄弟は単に驚いただけらしく、好奇心のこもった瞳で見上げてきた。

 なのでキーンは馬車から離れ、兄弟に近づく。向こうも大人と呼ぶには小柄で幼い顔つきの少年を警戒する様子もなくじっと見上げてきた。

「なあ、これ、見たことあるか?」

 兄弟の前でしゃがみ込むと、自分の頭部を示す。髪を縛っているひもには薄いメダルが二枚連なっている。金色のメダルには、表面に記号と絵のようなものが刻印されていた。

 じっと見つめると、兄弟は「知らない」とかぶりを振る。嘘をついているというより、本当に見たことがないのだろう。キーンも特に落胆もせず立ち上がると、ありがとう、と礼を言った。

 兄弟はそれが何なのかたずねてきたので答えようとすると、路地の向こうから男の声がした。見ると、同じスコルハの男性が険しい顔をしている。兄弟らに戻って来い、と手招きした。逡巡するも、父親と思しき男性には逆らえず、身をひるがえすと走って行ってしまう。男性はキーンを一瞥すると、兄弟の肩を押し足早に立ち去った。

「今回もハズレか」

 馬車の側で待っていたティエンが、戻ってきたキーンにそう声をかける。

「そうだな」

 今回も、と少女が言うように、このやり取りは初めてではない。キーンは出会うスコルハに同様のことを繰り返している。

 スコルハは二百以上の部族に分かれている。言葉も違えば生活習慣、文化も大きく異なる。けれどキーンは自身が属する部族を知らない。孤児だったため、名前すらあやふやだ。手元に残っているのはこのメダルのみ。

 スコルハに聞いて回っていれば、いつか自分の部族にたどり着くかもしれない。だが繰り返すうちに、あいさつの一種となってしまう。今のように知らないと言われても、何の痛痒も覚えなくなった。

 もうたずねるのをやめてしまおうか、と何度も思ったが、そのたびに、「手がかりになれば」と、このメダルを探してきてくれたグロリアのことを思い出してしまう。

 現在の保護者であるグロリアもまた、この二年、キーンの過去を探し続けている。それもあり、まだあきらめきれない部分があった。

 だからきっと、これからも繰り返すのだろう。


   ■□■


 宿屋は探さなくとも表通りに目立つ看板が出ていた。馬を馬車ごと預けられる店となるとそこそこ大きな宿館になる。キーンだけなら外で野宿でも一向にかまわないが、馬を休ませる必要があった。

 それに、グロリアは女性だ。野党や不埒な輩を警戒する必要はある。ティエンに関しては、そんな配慮が必要なのかは二年前からずっと悩んで答えの出ない案件だったが。

 出てきた店員の男に人数と馬車を示して泊まれるかとたずねると、男はわずかに顔をしかめた。金ならあると言いかけたが、すぐに違うと見当がつく。

「……主人はあとから来る」

 その一言で、男はあからさまに横柄な態度になるも宿泊可能と言ってきた。矢継ぎ早に料金はこれだけ、馬車はそっちの厩へ(うまや)入れろと指示される。

「なんだあいつ、感じ悪いぞ」

「そんなもんだよ」

 スコルハは先住民だが、文明や社会的組織を持たない民族とされ、入植者から長い間阻害されてきた。

 入植者とスコルハの間で争いが起こるも、技術格差などでスコルハ側は敗北を続けて生存領域を奪われ、その数を減らしていく。現在は死にゆく民とされ、保護という名目で権利を回復させつつある。それでも人心の間に根付いた差別意識は強く、いまだに倫理観や知性のない蛮族のように思われ、キーンは肌や髪の色で露骨に毛嫌いされてきた。

 別にいいけど、とキーンは案内された部屋に荷物を入れる。部屋は大して広くはない。天井も低いし少しばかり埃っぽい。

 あと、ベッドが二台しかない。

 人数は三人だと伝えたはずだが、と、この状況にはキーンも頭を抱える。これはあからさまに嫌がらせだ。キーンのようなスコルハを同じ人間とみなさず有形無形の差別を与えてくる者は多い。

 部屋の様子をぐるっと見回したティエンは、何てことのないように言う。

「別にいいだろ、我は使わないし」

「そういうわけにもいかない」

「なら、キーンが我と一緒に寝ればいい」

「だから、そういうわけにもいかないって」

「来たばかりのころは、グロリアと寝ていたじゃないか」

 前のことを持ち出すな、と言ったところで聞く相手ではない。なのでキーンは考え方を変えることにして頭をかき回す。

「……これで宿代、三人分請求されたらさすがに怒るぞ」

「お、暴力か。いいぞ、大好きだ」

 やるぞ、とティエンが袖の中からずらりと刃物を出してくる。

「必要になったら呼ぶよ。あー、そろそろグロリアのとこに行くか」

 行こう行こう、とティエンは刃を収めるも、今度は窓から出て行こうとするのを止めるのだった。


   ■□■


 電信局へ戻ると、表にグロリアが立っていた。どうやら返信が来たらしく、手元の紙片に視線を落としている。

「グロリア」

 声をかけて宿が取れたことを告げる。返信について尋ねると、彼女はうーん、と小首をかしげる。

「向こうも準備はしてたみたいだから、すぐにこっちへ来るって」

 ただ解体作業員とその作業用什器などを伴っての移動なので、到着は早く見積もっても明後日になるという。

「情報屋(ジヤン)だけは列車で先行して様子を見に来るそうだから、明日には顔を出すみたい」

 なのでそれまではあの戦利品に手を出されないよう、見張っておく必要がある。

 それなら、とキーンは自分が基地周辺で野営して監視すると申し出るも、グロリアが強固に反対してきた。

「キーンくん、いま左手ないし、右足も上手く動かないんだから何かあったら危ないよ」

「いや、俺が行った方が……」

「ダメだって!」

 最終的に、ティエンの一部を飛ばすことにした。少女は身体の一部を分離させ、簡易の監視や攻撃を行うことが可能だ。とはいえ距離が開けばそれだけ精度は落ちるので、侵入者がいても即時迎撃は難しい。それでも何もしないよりはということで、折衷案に折れるキーンだった。

 そして宿屋につくとベッドが二台しかないことにグロリアは憤るも、店の者と交渉して部屋を替えるのではなく値引き交渉して風呂を無料にしてもらう。

 風呂といっても、部屋に人が入れる大きさの盥と(たらい)湯を持ち込む行水程度だ。この町にも公衆浴場はあるが、懐具合も考えてひとまず明日以降に考えることにした。

 たが、仕切りなどはない。なのでグロリアが入浴している間、キーンは部屋の外に出ることにした。食事は宿へ向かう前に外の屋台ですませてきたので腹は減っていない。

 馬の様子を見てから戻ってくると、廊下に出ていたティエンが終わったぞ、と中に入れてくれた。

「あ、キーンくんもお風呂入りなよ。湯は残してるし、左腕が使えないから、背中を洗ってあげるよ」

 いやだ、洗う、と親切のゴリ押しをキーンが必死で拒絶していると、ティエンがやれやれと言った調子で割り込む。

「グロリア、キーンは思春期というやつだ、それくらいわかってやれ」

 そんなぁ、とうなだれるグロリアをティエンが一緒になって追い出してくれた。他人の感情にうといティエンだが、女性と男性の差異というものは少しずつだが理解しているようで、いつまでも拾われた当初の子供扱いをやめないグロリアの間に立ってくれる。

 その気遣いが空回りすることも多々あるが、ひとまず今回は助かった。なのでキーンは大きく息を吐くと服を脱ぐ。いろいろなところから砂が落ちてきた。

 裸になっても盥には入らず、布を湯に浸して軽く絞ってから身体をぬぐう。顔を洗い、耳の後ろや脇といった部分をこする。左腕が使えないのでやりにくかったがそれでも生き返る気分だった。

 ひと心地ついて顔を上げると、否応にも身体を、四肢を見てしまう。腕は上腕、足は大腿の半ばで断ち切られ、金属に置き換わっている。

 機械義肢。

 失った部位を義肢へ入れ替える技術はユージン大陸全体に広まっている。特に戦乱のひどかった十年ほど前から急速に発展し、戦争で手足を失った兵士だけでなく、一般人にも使われるようになった。

 とはいえ、高価な器具には変わりなく、そして同じものが一生使えるわけでもない。定期的な整備と調整が欠かせず、特にキーンのような成長期の身体では、頻繁に義肢を交換する必要が出てくる。

 キーンは自分の身体を維持するため、いまの仕事に身を置いているが、今回の修理費でまた借金が増えることになるだろう。機兵相手に大立ち回りをする仕事は危険だが、その辺で荷運びをするよりも実入りが大きい。

 それでも、返し終える日は来るのだろうか、と気が重くなる。

 グロリアは成長期を脱すれば、少なくとも年に一度義肢を交換する必要はなくなる。そうなれば定期整備のみの出費になるのであと数年の我慢だ、となぐさめてくれた。

 実を言えば、借金自体は保護者であるグロリア名義になっている。

「キーンくん、終わった?」

「日が暮れてきた、入れろ」

 扉の向こうから控えめに声がかけられ、慌てて服を着るも、グロリアには義肢につまった砂を取るという名目で身体を触られるのだった。


   ■□■


 寝場所だが、案の定グロリアがキーンと寝ると言い出すも、ベッドの大きさから彼女の長身ではキーンが押し出されてしまう。そのため華奢なティエンと年齢のわりに小柄なキーンが同じベッドに入ることになる。

「といっても、我には睡眠という概念はないからな。蹴り落とされるようなやわな身体もしていないぞ」

「……だったら、その、ぴったりと貼りつくのはやめろ」

 ティエンは袖の着衣に手先を隠したまま、キーンを包囲するように腕で囲んで背中に身体を寄せる。

「別にいいだろう。便宜上、女体を模しているが我は刀剣だ。武器に性別なんてない」

 それに、とティエンは声の調子を落とす。

「おまえの身体は温かい」

 すり、と背中に顔が寄せられ、キーンはあきらめて身体を弛緩させる。このやり取りも今回が初めてではない。この少女はなぜか最初からキーンを抱き枕代わりにしたがった。

 ティエンは人間ではない。

 見た目こそキーンより年下の、十代前半から半ばほどの少女に見えるが、その実態は彼女が言うように、武器だ。

 正体は、入植者が別の大陸から持ち込んだ宝剣。

 武器が人の形と人格を模した存在で、その基本形を作ったのがグロリアだ。元はグロリアの実家であるトラヴァース家で保管されていた刀剣だったが、そこに方術で肉付けして自立行動できるようにしたのだという。

 方術にうといキーンにはそれがどれほどの技量なのかは見当もつかなかったが、かの存在を目の当たりにして二年経過しても、他に同じ在り方のものは見たことがない。

 グロリアも少女の正体については他言しないでくれと言い含められていることもあり、相当程度珍しいか、奇跡のような存在だということはわかった。

 ティエンは元が武器だからか人の世の常識には不慣れだが、それはキーンも同じ事だ。それ以外は何かを探しているのと、鍛冶屋で炎を見るのが好きなところ以外は特に変わった点はない。

 とはいえ、四肢を刃に変形させるところは十分に特殊事項なのだろうが。

 少女の身体は最初はひんやりとしていたが、やがて熱が移ったのか気にならなくなる。昼間の疲れもあって、キーンは間もなくとろりとした眠気に意識を預けるのだった。


   ■□■


「やっほー来たよーん」

 軽薄な声と一緒に現れた、明るい色の髪をした男にキーンはあからさまな渋面を作るも、男は笑うだけで意に介した様子はない。

 情報屋のジャンと呼ばれ、グロリアが本拠地としている実験都市ハミオンではそこそこ名の通った男である。

 だがしかし、へらへら笑っていたかと思えば、キーンの腕が欠損しているのを見て大仰に驚いたりする様子がいかにもわざとらしく、人によって評価は愛想がいいか、うさんくさいに別れる。キーンは当然、後者だ。

 情報屋が直接現場を見に来る必要性はないはずだが、この男は自分の手足を使って欲しいものを集めることを好む。それに、グロリアとは情報屋としてではなく以前から旧知の仲らしく、五割の確率で後始末にも首を突っ込んでくる。

 ジャンは拠点にしているハミオンから大陸横断鉄道に乗り、最寄りの駅で下車するとそこで馬を借りてキーンたちがいるサヴィアまでやってきた。駅で馬や馬車を借りることは一般的で、借りた馬は支局のある町や村で返せばいい。

 そしてキーンが宿屋から馬車を引いてくると、当たり前のように荷台へ乗ってくる。グロリアも何も言わない。

 基地までの道中、荷台に揺られながら確認作業となる。

「作業員は到着が遅れそうだから、先に検分して値段つけるな」

 助かる、とグロリアは笑う。これで互いに値段に納得すればジャンが為替を出し、それを持って帰って指定の両替商へ出向けば現金になる。あとの作業は任せてしまえばいいので、上手くいけば今日中に帰路につけると彼女は上機嫌だ。

 ただキーンからすれば、かなり甘い対応に思える。作業完了まで見届けないということは、あとから何かお宝的なものが出てきてもこちらが権利を主張することはできない。逆に言えば、事故が起こったり見積もりとは大きく異なるガラクタしかなくても損害は請求されないのだが。

 グロリアはジャンという情報屋にかなりの信頼を置いている。キーンもこの二年の間にその手腕を見てきたので納得はしているのだが、それでも不信感をぬぐえない。

 とにかく、うさんくさいのだ。

「なー、キーン。腕が壊れたんだろ、今なら先月出たばかりのハミオン最新作を安く紹介できるぜ」

 馬車の荷台から御者台にいるキーンにジャンはずっと話しかけてくる。今は左手がないので運転に集中させろと言いたいが、残念なことに町から基地までの道のりは平坦で、特に危険となるような個所はない。件の基地は補給線の中継地だったこともあり、ある程度道も整備されている。

「運転代わってやろうか? あ、ユエピン食う?」

 途切れなく話しかけながら、懐から焼き菓子を出してくる。ユエピンは平たくて丸い焼き菓子の中に甘い練りものを詰めたもので、入植者が持ち込んだ文化のひとつだ。

 なぜかこの男は会うたびに持ってくる。甘いものは貴重なのでありがたく頂戴しているのだが、食べるたびに男は陽だまりの猫のように目を細め、まだあるぞ、と無限に懐から出してくるので近ごろは三回に一度は断るようにしている。

「……あとで食べる」

 もう着くから、と視線を上げると、砂煙の向こうに屹立する機兵の群れが見えはじめ、荷台に寝転がっていたグロリアとティエンも起き上がってくるのだった。


   ■□■


「キーンも来いよ」

 左手がなく、右足もいつ動かなくなるのかわからないので、一緒に行動するより馬車の見張りを買って出たキーンだったが、ジャンに引きずられて御者台から降ろされた。

 硬直したままのシュギョクの見積もりはすぐ終わり、首根っこつかまれたままキーンは放棄された基地内部へと足を踏み入れる。

 内部は特に目新しいものがあるようには思えなかった。だがジャンがこっちだ、と照明設備が死に絶えたままの施設内を我が物顔で闊歩する。

「出発直前にやっと放棄前の図面が手に入ったんだけどよぉ……。お、やっぱこっち封鎖してんなぁ」

 ここだ、と示す先にあったのは重厚な扉だった。鍵がかかっているのもそうだが、どうやら電動で開閉する仕組みらしい。だが基地全体の電源が落ちているため開けることは叶わず、再びティエンの手を借りて扉自体を両断することになる。

 ごぅん、と重い音を立てて分割された鉄扉は床へ落ち、内部の様子を露出させた。

「おー」

「あらら」

 ジャンとグロリアが驚愕の声を上げるも、キーンはその場を動くことができなかった。

 倉庫内は、直立する人型機兵で埋めつくされていた。


   ■□■


 機兵。

 その名称通り、機械で構築された兵器全般を指す。シュギョクのような大型や、移送用と幅が広い。その中でもっとも多く製造されているのが人型の機兵だ。

 開発当初は狙撃の的用に作られた案山子や張りぼてだったが、時代が進むにつれて方術を組み込まれ、単純な歩行だけでなく、突撃、射撃といった行動をとれるようになる。

 形状もより人間に近しいものが求められるにつれ、人間と同じような見た目や挙動も付随されていく。

 そうして機兵の「人間化」が進んだ。

 一段低くなった底に並んでいる機兵は、見た目だけでいえば人間だった。けれど微動だにせず、同じ顔がまたたきもしないで直立している姿は見る者に異様な印象を与える。

 人型機兵はハミオンの標準的な軍服を着用し、ブーツまできちんと履いている。武装や階級章はない。

「ほらやっぱり、放棄された機兵が他にあっただろ」

 見つけた、と声に喜色を浮かべる情報屋と、それを予見しながらも意外だと声を上げるグロリアのやり取りがどこか遠い。これは報酬に上乗せだな、と笑う情報屋と、それを素直に喜ぶ女の後ろでキーンは立ち尽くす。

「これだけありゃあ、中の扶桑を入れ替える手間を考えてもおつりがくるぞ」

 人型機兵の中にもいくつか種類があり、人間のような体格を模しただけで機械部分がむき出しの型もあれば、ここにある頭髪や眼球、指先の爪まで再現したものまで幅広い。

 後者は特に高価で、捨て値でさばいてもひと財産になる。ただ軍で扱う機兵にはそれぞれに標準型というものが存在している。そのまま売れば外見だけでハミオン軍から流出したものとわかってしまうため、外装をいじるといった手間が必要になるし、当然違法だ。

 けれど基地はすでに放棄されている。だというのに回収もされずに残っているということは、すでに軍の帳簿上でも処分され、存在しない在庫になっているはず。それなら手に入れた者が好きに売るなり手元で活用するなりした方がいい。ここに放置していても、やがて朽ちるだけ。

 グロリアとジャンも違法性は理解しているが、それはそれだ。

「いや~こりゃあ来てみてよかった!」

 儲け儲けとジャンは相好を崩す。この情報屋から受けた依頼は基地周辺で稼働している機兵の処理。その機兵を動かしていた扶桑はグロリアが停止させたので仕事は終わった。これで依頼主への義理は果たしたことになるので、その余剰で見つけたものはこちらの取り分になる。

 処分に関しては流通経路を握っているジャン任せになるのでこちらの利益は薄くなるが、軍の備品を横流ししたとなれば見つかったときが面倒なので、グロリアも任せた、とだけ言って終わる。

 それらのやり取りを、キーンはぼんやりとながめていることしかできなかった。


   ■□■


 ジャンが用意した回収屋が到着したのは、それから二日後だった。

 瞬く間に砂漠に屹立していたシュギョクは分解され、部品になって売りさばかれる。大量の人型機兵もすぐに買い手がついたらしく、偽装した荷札を付けた貨物車に載せられ大陸の方々へ散って行った。

「あの人型機兵、全部空だった」

 運び出した機兵や売れそうな備品を記した帳面を見ながらジャンはキーンの隣に立つ。

「扶桑が入ってないとなりゃ、初期化する手間もねぇ。あとは外装をちぃっといじって軍の番号を消せば、すぐに門番でも兵士でも何にでも使えるって寸法よ」

 扶桑は疑似神経網と呼ばれるほど、機兵内部全体に根を張り巡らせる。それがなければ指令を受諾して動くことができないのだが、親の扶桑が変われば子も入れ替える必要がある。枯らすだけならグロリアがやったように、特殊な薬剤や呪力を注入すればいいが、根は物理的に残るため、機兵を分解して取り除くのだ。

「軍用だから基礎性能もいい。だから納品先で長く使ってもらえるはずだ」

 な、と話を向けられたが、キーンはどう返していいのかわからず壊れたままの左腕をつかむ。

 荷台へ運び込まれる、人の形をした機械。形を真似ているだけで、中身は空。

 その在り方を想像した途端、機械の四肢が重みを増した気がした。

「キーンくん、作業も終わったみたいだし、私たちもそろそろ帰ろっか」

 最後の確認のため、もう一度基地内部へ潜っていたグロリアがティエンを伴って戻ってくる。結局、作業終了まで残ることになったが、彼女は今回の仕事で入った余剰金のおかげで上機嫌だ。

「早く腕と足、直さないとね」

 その儲けをくれた基地を振り返り、グロリアが笑う。

「晚安(ワンアン)」

 聞き慣れない響きの言葉だったが、不思議と静かに胸の中に落ちた。

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