第9話 初キス

巧がベールを持ち上げてきた。




(もしかしてキス!?いや、でもまだ心の準備が…)




美優はどうしていいかわからず、目を開けたまま近づいてくる巧をガン見した。




「…目潰れよ。」




「え!?あ、ごめん。」




「……目つぶりすぎ。」




「え!?」




今度は美優はギュッと力強く目をつぶっていた。




「…美優、お前からキスしろ。」




「え!?」




「花嫁から花婿にキスっていうのを体験してみたい。」




「無理だよ!できないよ!」




「やる前からできないって言うな。」




「でもキスって好きな人に…」




「キスは挨拶だ。お前は挨拶もできないのか。」




(それは海外でしょーー!ここは日本だーー!)




「やっぱりキスはなしで…」(まだそういう気分になれない)




そういうとギロリと巧が睨んできた。




(怒らした!?)




巧が美優の耳元で囁く。










「じゃあ、俺がすごいキスしてやろうか?立てなくなるくらいの。」









「…ッ!結構です!」




「じゃあ、ハイ。」




そういって巧は目をつぶった。




長い睫毛に透き通るような白い肌、シミやそばかすはなく、美優の肌より綺麗かもしれない。




ピンクのグロスを塗ったかのような艶々な唇に目をやる。




ゴクリと生唾を飲み、一歩前へ美優は巧に近づいた。




(挨拶、挨拶、挨拶…)




自分に言い聞かせ、30センチも身長差がある巧に背伸びをする。




ヒールも十分高かったが、それでも巧の唇には届かなかった。




背伸びをしてキスをしようと唇を近づけた瞬間




「うわぁッ!」




美優は体勢を崩して巧を押し倒した。




「イッテー」




「ごめん!大丈夫!?頭打った?」




「…重い。」




「え!?あ、ごめん。」




美優は完全に巧の上に乗っかっていた。




美優がどけようとすると巧が腕を掴んで、巧のほうに引き寄せた。




「もうちょっとこのまま…」




「え…?」




「もうちょっとこのままいたい。」




そういって美優を抱きしめた。




「…重いでしょ?」




「俺より重いんじゃねぇーの。」




美優はムスっとした表情をする。









「これが幸せな重みか…」









そういった巧のブルーの瞳はどこか寂しげで、今すぐにでもどこか行ってしまいそうな感じだった。





美優はそのまま巧にキスをした。




巧が近くにいるのに、どこかに行ってしまいそうで…




自分のことを見てほしくて…




(ハッ…!)




我に返ってキスを自分からしたことに驚いた。




「美優…」




そういって巧は美優の腰に腕を巻きつけ、自分の体と美優の体を起こす。




“コツン…”




巧がおでこを軽くぶつけてきた。




巧の顔が目の前にあると思うと顔を上げることが美優はできなかった。




「顔あげて…」




ゆっくりと顔をあげるとお互いの鼻先が触れ合った。




鼻先がこすれるたび、ビリビリと体に電気が走る感覚を感じた。




「ん…」




巧から美優にキスをしてきた。




自分からのキスはただ唇が重なり合うという感じだった。




だけど巧からのキスは、唇が離れるたび自分の魂が抜けそうな感覚だった。




「チュッ…」




きっとこの唇が離れるたびに出る、この音が自分の感覚を麻痺させ、魂を抜き取ってしまうのだろう。




“ピリリリリリッ…”




巧の携帯が鳴った。




「電話…鳴ってるよ?」




「…」




巧は無言で電話に出る。




「…うん…今から?」




美優のほうをチラッと見る。




「わかった…長くなりそう?うん…飯食ってからでいい?30分で行くから。」




そういって巧は携帯を切った。




「あ…どこか行くの?」




「仕事行くわ…はぁ。」




巧は残念そうな顔をして立ち上がる。




(そういえば何の仕事しているんだっけ?)




「ねぇ、何のお仕事ッ…」




「美優、ご飯ちょうだい♪俺30分で行かなきゃだから。」




ニコニコと微笑みながら、巧はすでに着替えていた。




「あ…うん、わかった。じゃあ急ぐね。」(何かいまわざと話中断されたような?)




美優も急いで着替えてパスタを温めて巧に出した。




巧はお腹が空いていたようでガツガツ食べている。




「結婚したんだね…これからどうすればいいのかな…」




「家事と美味しいご飯作ってくれればいいから。あとたまに夜の相手しろよ、“結婚”したんだから――」




「家事はするけど、夜の相手!?は好きな人としたいから、絶対触れてこないで!…どこ触ってるのよ!!」




“バチーン!”




「いってぇ…顔殴るなよ!」




「だって胸触ってくるから…」




「絶対触れてこないでってキスはしたじゃねぇかよ。」




「だってキスは挨拶って…」




「俺からしたキスは受け入れただろ。」




「それは…その…」




確かに気持ちもよかったし受け入れていた自分がいた。




「好きになる努力をするって自分でも言ったよな?」




「…」




「俺も努力しているんだから、お前も努力しろ。」




「え?努力しているの?」




「当たり前だろ。」




「何の努力?」











「抱きたいオンナが目の前にいて抱けない気持ち

                お前にはわかるのかよ。」











“ピリリリリリッ…”




巧の携帯が鳴る。




「俺行くわ。ご馳走様でした。今日も美味しかった。」




そういって巧は荷物をまとめて玄関へ向かう。




美優は巧とどういう風に接すればいいのかわからなくなり、動けなかった。




「美優。」




「あ、うん。」




美優は小走りで玄関に向かった。




「俺は俺のしたいようにする。だから美優は美優のしたいようにしろ。」




「え?」




「お前が嫌だといえばそれ以上しないし、嫌だと言わなければそのまま俺のしたいようにする。わかったか?」




「…うん。」




「じゃあ、行ってくる。」




「うん…行ってらっしゃい。」




そういって巧は出て行った。

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