第8話 二人だけの結婚式

『明日まで俺が婚姻届預かっておくから、6時に俺の家に来い。』




昨日巧はあのあとそう言って家を出て行った。




家の住所の紙切れとお金が入ったスーツケースを置いていって…




「はぁ~」




「やだ美優、大きなため息ついて~成績そんなに悪いの?」




そう話かけてきたのは中学からの友達で大学も同じの愛だった。




「成績…まぁ成績も悪いよね…」




「まぁ、休んでたしね。ノート貸してあげるよ。」




「ありがとう、愛!」




「キャーーー!!」




遠くから女子大生の黄色い声が聞こえる。




「ヒロが来たってすぐわかるよね。」




「ヒロ、人気すごいね~ファンクラブもあるもんね。芸能界に入らないの?」




「う~ん、親がやってて、いろんなの見てるから入らないんだって。」




「美優!」




愛と話しているとヒロが話しかけてきた。




「おはよう、ヒロ。」




「久しぶりじゃん。どうしてたの?家にもいったけどいなくて心配していたよ。」




ヒロとは幼馴染で、小さいころからずっと一緒にいる。




母親は女優の真田楓、父親は監督の真田茂、家にいったこともあるがいつもお手伝いさんしか会ったことがない。




ヒロはお母さんに似て女顔で可愛らしい顔をしていた。




瞳も茶色でハーフみたいだとよく小さいころから言われていた。




ハーフといえば…巧を一瞬思い出した。




「あ、ちょっと旅行に…」




「成績危ないのに旅行いってたの?一人で?」




愛が呆れていた。




「美優、そのとき、ホテルに…」




「ヒロ君、サークルに顔出してよ!」

「ヒロ君!こっちでお茶しよう!」

「ヒロ、講義遅れるよ!」




一気に女の子にヒロは囲まれてしまった。




「あ、私も遅れちゃう。じゃあまたあとでねヒロ!」




「あ、ちょっと…」




ヒロが呼びかけるのも美優はいってしまう。




「じゃあ、やっぱりあれは美優だったんだ…」




巧の誕生日会で美優を呼び止めたのはヒロだった。




「住所からするとこの家かな…うちから結構近いんだ。」




美優の家から電車で30分程度だった。




「てか…こんなでかいマンション…なんか緊張するなぁ~」




美優は胸に手をあて深呼吸をする。




「ヨシッ!」




美優はマンションに入っていきインターホンを押す。




「はい。」




「あ、美優です。」




「遅い!」




たった一言だけいってドアが開いた。



「遅いって…」




美優は腹を立てながらエレベーターに乗る。




エレベーターが開くと巧が立っていた。




「ワァッ!びっくりした~エレベーターの入り口で何しているの?」




「遅い!」




「遅いって…6時5分じゃない。5分遅刻しただけじゃん。」









「お前にとってはただの5分でも、俺にとってお前に会えない5分は長いんだ。覚えておけよ。」









そういってスタスタと部屋のほうへ巧は歩き出した。




(…寂しかったなら寂しかったって言えばいいのに。素直じゃないんだな~)




“カチャ…”




玄関のドアを開けると目の前はホテルのときにみた景色以上だった。




スカイツリーも部屋から見えた。




「すごい…」




「気に入った?」




そういって後ろから巧は抱きついてきた。




「ちょっとッ…」




「別に腕置いているだけ。」




そういって巧は離さなかった。




確かに抱きしめてはくるものの、体を触ってくるわけではなかった。




(まぁ…いっか…)




今思えば巧はスイートルーム以来少しづつ触ってはくるものの、少しでも嫌がればすぐやめてくれた。




私に合わせたスキンシップで少しづつ私の心は開いていった。




「…婚姻届出しにいこうか。」




「う、うん…」(いよいよ夫婦になるのか…)




「必要な書類取ってきたか?」




「うん、市役所で聞いてきた。」




「じゃあ行こう。」




そういって握ってきた巧の手は汗ばんでいた。




(巧も緊張しているのかな…)




市役所へは車で5分のところだった。




「これお前にプレゼント。」




そういって美優に帽子を被らせてきた。




「私キャップは似合わないよ。」




「いいから被っておけ。」




そういって巧も帽子を被りだした。




このとき私はどうして帽子を被るのか




思えば出会ったときも帽子を被っていた




ホテルに入るのもバラバラだったのか――




まだ巧は私に大事なことを言ってくれてない――




「すいません、婚姻届提出したいんですけど。」




「…はい。ちょっと待ってください……はい、受け取っておきます。」




時間外だからかあっけなく提出が終わった。




婚姻届を提出するってこんなものなのかとあっけなかった。




「簡単なんだな、結婚って。」




「なんか、実感あんまりないや…」




「美優、家まで送ってやるよ。」




「あ、ありがとう。」




電車では30分かかったが車では10分もかからなかった。




「腹減ったな~」




「じゃあ…パスタとかでもいい?」




「うん…あ、レストランってあっちか?」




「あ、うん、その廊下をまっすぐいったらレストランいけるけど。」




「ふ~ん…レストランのほういくから、飯作っておいて。」




「はいはい。」




「パスタってどのくらい時間かかる?」





「え?15分くらいかな~」




「わかった。」




そうって巧はレストランのほうへ消えてしまった。




「本当結婚した実感ゼロだ~」




美優は急いでご飯の準備をする。




巧は戻ってくる気配もなく、美優は一人で台所でせっせと準備をする。




「何してるんだろ~もうご飯できたのに…」




美優はレストランのほうへ向かった。





「ねぇ、ご飯できたよッ…」




巧がブルーのスーツ姿で立っていた。




「それ…」




「お前はこれだ。」




そういってウェディングドレスを美優に差し出す。




「このドレス…どこかで見たような…」




「そうだ、お前のお母さんのだ。」




「どうしてこれ…」




「この間おじさんのところに挨拶言ったとき、おじさんの娘がこれを気に入って結婚するときにって譲り受けたらしい。だけどやっぱりお前に返そうってなって。だから受け取ってきた。」




「お母さんのウェディングドレス…」




「お前の両親…ここで結婚式あげたんだってな。」




「え…?」




「本当はたくさんの人に祝ってもらいたかっただろうけど…ここで二人きりで結婚式でもいいか?」




お父さんとお母さんと同じ場所で




同じウェディングドレスで祝えることは




自分にとっても最高に嬉しいし




両親にも恩返しができるようで嬉しくてただ頷くしかできなかった




「着替えてこいよ。それとも俺が手伝ってやろうか?」




「いい!自分でやる!」




そういって着替えてきたものの、やはりファスナーが上にあげれなかった。




「ファスナーが…」




「こっち来い、してやるから。」




美優は恥ずかしくて前を向いたまま巧に近寄った。




「あのなぁ~閉めてほしいなら後ろ向け。そのままでいいならそのままでいろ。」




美優は黙ったまま、後ろを向く。




背中が露になっている自分が恥ずかしかった。




“ジリジリジリ…”




ファスナーが上にあがっていく音が響き渡る。




ファスナーが上にあがると共に美優の心拍数も上昇した。




(胸が苦しい…ファスナーで締め付けられているせい!?)




ファスナーが上まであがり、ほっと一息をついた。




“シャラ…”




「え?」




首元に冷たい感覚を感じ、目をやるとキラキラと光るネックレスが胸元にあった。




「これは?」




「サムシングフォーって知ってるか?」




「サムシングフォー?」




「ヨーロッパの言い伝えだよ。」




「あ…花嫁が幸せになれる…」




「俺はそういうの好きじゃないけど…美優は好きかなって…これは『新しいもの』、ウェディングドレスは『古いもの』…そしてこれは『借りたもの』。これは俺がお世話になっている人から借りてきた。」




そういってイヤリングをつけてくれた。




「美優、こっち向いて。」




美優はゆっくりと巧のほうへ振り向く。




「美優…」




「…何か言ってよ…」




巧はジロジロと美優を見る。




「恥ずかしいって…」




美優は目線を斜め下にして顔を赤くする。




「…今までウェディングドレス姿たくさん見てきたけど…」




巧は美優の顎に手を添え、顎をクイっとあげる。










「綺麗で言葉なんかねぇよ…」









(聞かなきゃよかったYO!)




美優は耳まで赤くなった。




(この体制…この台詞…キスされたいかも…)




そんな風にドキドキしながら思った。




「あ、ブルーのものだった。」




そういって巧は手を離し、美優に小さな白い箱を差し出す。




「開けていいの?」




美優が箱を開けると中には結婚指輪が二つ入っていた。




「裏にサファイアが埋まってる。」




そういって巧は指輪を取り出し、美優に裏側を見せる。




「…綺麗…瞳のブルーと同じだね。」




「え…?」




巧は目を丸くして聞き返した。




そしてどこか寂しげな表情で微笑んできた。




「…どうしたの?何か私変なこといった?」




「いや…」










「俺の目に狂いはないって思っただけ…美優でよかったって…」








この時はまだ巧が自分の目にどれだけの苦労をし、コンプレックスを抱いてきたかはわからなかった。




両親と引き裂かれ後、幼少はいじめられ、俺様な性格になり、今に至る。




美優の前以外はできるだけコンタクトをしてブルーの瞳を隠しているぐらい人前では見せたくなかった。




だけど初めて美優に会った日




サーフィンをしていたらコンタクトが落ちてしまい、帰っている途中で美優に会った。




目が綺麗だと言ってくれるのは美優が初めてだった。









―――――初めてだと

        このときは思っていた―――――ー









「この指輪…もしかして手作り?」




「俺が作ったんだ。結婚指輪は買いにいけなくて…もちろん価値はない。ブランドものに比べたらサファイアの値段しかない。」




美優は指輪を見つめてポロポロと泣きはじめた。




「手作りがそんなにショックか…」




巧が落ち込み始めた。




「違うよ!嬉しいんだよ!結婚指輪とか用意してくれるって思ってなかったし…私に作ってくれたんでしょ?」




指輪をぎゅっと握り締めた。




「私には涙がでるぐらいの価値のある指輪だよ。」





そういって泣き笑いする美優が巧には愛しくて仕方なかった。




「美優…」




感情が抑えきれなくなり抱きしめようとした瞬間




「あ!」




急に美優が大きな声を出して、抱きつけれなくなった。




「お前…いいところで…」




「私今靴がスリッパだった…」




足元を見ると美優の靴はスリッパでドレスには合わなかった。




「靴忘れてた…」




「あ、ちょっと待ってて!」




そういって美優は巧をレストランに残し部屋へ戻る。




美優の部屋のクローゼットから巧からもらった靴を取り出した。




「それ…」




「これなら合うね。」




「靴は売らなかったのか?」




「あ…」(巧に靴を売らなかったのバレた…)




「ほら、靴は一度履いているからちょっとな~って。」




自分に言い聞かせた台詞しか出てこなかった。




本当は巧にあのパーティーで履かせてもらったことが嬉しくて、今でも大事な思い出だから…捨てれなかったのだ。




「ドレスは売ったのに?」




「それは…」




「そっか…お前は俺のこと気になっているんだな。」




美優の気持ちを見透かしたようにニヤリと巧は笑った。




「ちがッ…」




巧は右の靴を手に取り、片足をついて跪いた。




スーツ姿でそんな格好をしていると王子様にしか見えなかった。




自分はシンデレラになったような気分になった。





「私、日向巧は神田美優さんを妻として愛し




嬉しい時、楽しい時、悲しい時、寂しい時、




美優さんと色んなことを共有し




今まで別々だった道をひとつの道へ




喧嘩しながらも




美優さんを守りながら一緒に歩むことを誓います。




あ、それと美優さんに愛してもらえるように




美優さんの何倍も一生愛していくことも誓います。」





このオトコはいつもはムカつくけど、欲しい言葉をいつもくれる。




コイツに惹かれない女の子この世にいないかもしれない。




美優がボーッとしていると巧に急かされた。




「次はお前だよ。」




「え!?私?でも何を言えばいいかわかんないよ。」




「思ってること言えばいいんだよ。」




「思ってること?」




「俺とお前しかいないんだから、何でもいいんだよ。」




「本当はいつもムカつくし、イライラもするんだけど




私のご飯美味しいって言ってくれて




泣いていいって言ってくれて




私を好きだって言ってくれて…




今は契約結婚だけど契約結婚に最終的にはならないように




私は…神田美優は、日向巧を…愛せれるように頑張りたいと思います。」





美優は巧が差し出している靴を履いた。




「最初は余計だな。」




そういって巧は笑っていた。




巧は立ち上がり指輪が入った箱を美優に差し出した。




美優は箱から指輪をとり巧の左手の薬指にはめた。




指輪を薬指の奥まで差し込み、巧の手を見る。




自分が左手に指輪を差し込んだ手を見ていると何だか結婚を実感した。




巧も美優の薬指に指輪をはめた。





契約結婚――





これが幸せと感じるのか





不幸と感じるのか






これは自分次第だ









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