第三話 決別のとき

 

 「なんだありゃ……」

 「ゲームとか神話の世界かよッ!?」

 「ヤバい……ちょーキモい」


 イリュリア王国の都、ツェルスタは魔物による全周包囲の真っ只中にあった。

 鈍色の空の下、街の外の平原は禍々しく醜悪な見た目の魔物がひしめきあっている。


 「お前たち、安心しろ!イリュリア大結界がある限り我々は安全だ!」


 インドラはクラスメイト達を安心させようとしたのかよく聞こえるように言った。

 魔術師達の攻撃をくぐり抜けた魔物たちは大結界に辿り着くとその尖った鉤爪や鋭い顎、鋭利な尾などを用いて物理的な破壊を試みる。


 「「大いなる火は我らを守りて忌敵を燃やせ、火閃イグニス!」」


 王国軍の魔術の使える兵士達は大結界の内側から必死に魔物を食い止める。


 「Grrrrrra!」


 魔法攻撃が命中した魔物は悲鳴とも雄叫びとも苦痛ともとれる叫び声を上げて息絶えた。

 

 「天から穿たれるは無情の百雷、天雷トニトルス!」


 職業が『魔術師メイジ』のクラスメイト達が覚えたばかりの魔法で兵士達を援護する。


 「やった!私でも倒せてる!」

 「案外大したことねぇのかもな!」


 楽観的な言葉まで聞こえてくる始末だ。

 しかし異変は突然訪れた。

 いや、このときを俺は待ってたと言うべきか……?

 鈍色の空に深紅の魔法陣が現れた。


 「あれは……」

 「なんか凄く嫌な予感するんだけど?」


 兵士やクラスメイト達が揃って見上げる空中の魔法陣。

 今までの魔物なんて比にならない程のピリついた空気を放ちながら《それ》は現れた。

 

 「あぁ……あれは……ッ!?」


 騎士団長インドラをはじめ、その正体を知る兵士達の顔は絶望に染まった。

 高さ五十メートルはあるだろう筋骨隆々の巨体、頭部にあるただ一つの眼は怒り狂ったような朱殷しゅあんの色だった。


 「お前達、逃げろ!」


 インドラは俺たちに向き直ると言った。


 「何故ですか!?俺達は戦うためにここにいるんです!」


 何ができるというわけでもないのに勇者としての責任感を勝手に感じて正義感に浸るクラスメイトの一部がそんなことを言った。


 「あれは、"終末を招く巨人"として伝承にも残る魔物、キュクロプスだ!今のお前たちでかなう相手では無い!」


 インドラがそう言うとインドラの意を汲む騎士団の魔術師メイジ達が結界を張り始めた。


 「「願わくばその御力をもって我らを守り給え、聖護ホーリー・プロテクション!」」


 半透明の壁が俺達を守るように展開される。

 キュクロプスの瞳がこちらを捉えた。

 口角を吊り上げ醜悪な笑みを浮かべる。

 次の瞬間には勢いよく跳躍していた。


 「きゃあぁぁぁぁっ!」


 跳躍の振動でクラスの女子達が悲鳴をあげる。

 その頃には再びの激しい振動とともにキュクロプスが着地、その大きな拳で騎士団の張った結界を叩き破った。


 「に、逃げるぞ!」


 それまであるはずのない自信で正義感に浸っていた天童てんどうきらが声を上げた。

 そしてクラスメイト達が走り出す。

 だが、すぐさま足は止まってしまった。


 「うわぁぁっ!?」

 「なっ!?」


 俺達を守るために結界を張った魔術師メイジ達の屍が目の前に落ちてきたのだ。

 ひしゃげて臓物の飛び出た惨憺さんたんたる有様の屍にクラスメイトの中には嘔吐する者もいた。


 「井林、神崎!みんなを守れ!」


 魔術師メイジの職業を持つクラスメイトに天童てんどうきらはリーダー気取りで命令した。

 天童てんどうきらの職業は勇者ブレイバーであり前線職とはいえ守るのに向いている職業ではない、と考えたのだろう。

 そろそろ俺の出番か。

 いや……決別のときの間違いだな。


 「おい、無職無能!肉壁にでもなって俺らを守れよ!俺らクラスメイトだろ!?お前も働けよ!」


 自分のことは棚に上げて相沢あいざわ龍也たつやが俺に言った。

 クラスメイトねぇ……こういうときだけ都合よくそういう言葉を使う。

 お前は本当にゴミだな……。


 「わかったよ」


 俺はそう言うと魔術師メイジの井林と詩織の前に出る。


 「春人はるとくん、ダメよ!みんなと一緒に下がって!」

 「お前に出来ることはねぇから逃げろ!」


 詩織は懇願するように言い、井林は俺を手で制した。

 

 「お前らは黙ってとっとと逃げてろ」


 冷たい声を意識して言った。

 出来ることがないのはお前らの方だ。

 無職無能と蔑まれるのもこれまでだ。


 「えっ、春人くん……?」

 「お前今なんて言った!?」


 今までの俺の口から出るだろう言葉とは程遠い言葉に戸惑う二人を後ろへ突き飛ばす。

 詩織、逃げてくれ……。


 「神盾イージス


 古代魔法を展開する。

 眩い光に周囲が包まれた。


 「春人……お前、魔法使えたのかよ……ッ」


 大地を震わせ現れた不可侵の壁がキュクロプスの重たい一撃を吸収した。


「春人くん……?」


 詩織は驚いた顔で俺を見上げた。

 

 「お前ら、いつまでも持ち堪えることは出来ない!さっさと逃げろっ!」


 呆然として立ち尽くすクラスメイト達全員に叫ぶ。

 言葉の通りで俺の古代魔法は強いと言えるほどの領域には達していない。

 魔力の調整には不慣れで魔力消費が激しいのだ。


 「でも春人くんはどうなるの……?」


 心配そうに見つめる詩織。

 俺のことを「自分よりも人を心配する人」ってこの前言ってたが、それは詩織も一緒だな。

 

 「いいから行け!」


 長い間一緒にいた幼馴染の詩織と離れることに思うことが無いわけではないが、それでもこれは俺にとって必要な別れだ。

 そんなことを考えていると詩織は俺の傍に駆け寄ってきた。


 「お前、逃げろって言った――――なっ……?」


 そして俺の頬に口付けをした。

 

 「……こんなクラスのために死んじゃダメ……だよ……?」


 潤んだ瞳でそう言うと名残惜しそうに時折振り返ってはクラスメイト達の元へと戻っていった。

 死ぬ気は無いさ、こんなクラスメイトのためにな。

 そして詩織、こんな俺のことを今まで気にかけてくれてありがとう。 

 お前は俺のことは忘れてあいつらと一緒に上手くやっていってくれ。

 きっと元の世界に帰る術を見つける日が来るだろう。

 気持ちを整理すると俺は、神盾イージスの魔法にさらなる魔力を注ぎ込む。

 すると白光は、さらに光量を増していく。

 その影で俺は用意してきた魔法を行使する。


 「隠蔽フラウス神盾イージス


 あたりは白い光に包まれ俺の姿はもう誰にも見えない。

 これから使うのは古代魔法の中でも攻撃魔法に類するもの、あとからバレては面倒だと念を入れて根源(元いた世界では魂のこと)すらも隠してしまう隠蔽フラウスを並列行使。

 さらに攻撃魔法から身を守るためにもう一つ、神盾イージスを自分へと行使。

 思い描くは、特大の閃光に貫かれるキュクロプスの姿。

 すると視界に古代魔法の詠唱が浮び上がる。


 「何人なんぴとたりとも避けれぬ極滅の光矢こうし神滅一矢ミストルテイン!」

 

 鋭い鏃の矢をかたどった滅紫けしむらさきの一条の光矢が魔法陣から現れてキュクロプスの眼を貫いた。


 「Gyaaaa!」


 耳をつんざくような絶叫を残してキュクロプスはその場に倒れ伏した。


 「終わったな……飛行フルーク


 失われた古代魔法の一つ、重力魔法を使って空へと離脱する。

 魔力が不足気味でフラフラするし出力も安定しないがどうにか飛べた。


 『今までありがとうな』


 伝わるか伝わらないかは分からなかったが、幼馴染の詩織に思想念話で別れの言葉を送った。

 ともあれ、ようやく創造神エステルとの約束を果たすための旅が始まるのだった――――。

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