第25話 トリアス王子のバルカ帝国訪問記。

 俺は、夜が明ける前に魔の森に向かった。

 俺の弓で、寝静まっている鳥を狩るためだ。 

 必死になって鳥を探し、なんとか2羽の雉を仕留めることができた。

 それを持ち帰ると、ユリカの母親に捌いて焼いてもらい、皆で一串ずつ食べた。

 ユリカの母親は周りの部族の者に、少しずつ分け与えたようだが、焼石に水のような量だ。

 そして俺は、ユリカ達に礼を述べると、バルカ帝国の王城へと旅立った。


 魔の森沿いに旅をし、鳥を狩って土産にしたりして、途中の遊牧民部族の世話にもなった。

 どの部族も、ユリカの部族と同じように飢餓に喘いでいた。

 一ヶ月ほどで黒バラ城に着き、バルカ帝国の貴族に会い、身分を明かして王との謁見を申し出た。

 そこからは、すぐに馬車で3日の旅で王城に辿り着き、王子と宰相達に謁見できた。


「ナルト王国のトリアスだ。貴国からの要請の実態を見るべく、魔の森を越えて来た。」


「なんとっ、たったお一人でか。ああ、申し遅れた。こちらがバルカ帝国を統べるレヒト皇帝にごさる。儂は宰相のズタンと申す。」


「単刀直入に言う。すぐさま、父のナルト王に遣いを出してほしい。食糧を援助するよう俺が手紙を書く。」


「おおっ、感謝申し上げるっ。」


「それと宰相殿、俺は来る途中、遊牧民を見て来たが飢餓の困窮が酷い。このままでは彼らの生活の糧である羊を、殺して食糧にしなければならぬところまで来ている。

 我が国の食糧援助まで持たぬ。だから魔の森の魔牛を狩り食糧にすべきと思うがどうか。」


「なんですと、魔牛など狩れるものですか。」


「狩れる狩れないの問題ではない。狩って死ぬも狩らんで死ぬも一緒だ。なんとしても魔牛を狩って食糧を得なければ飢餓で死ぬ運命だ。

 指揮は、俺が取ろう。」


「分かり申した。騎士団500人を預け申す。

 如何様にもお使いくだされ。」



 俺は、父のナルト王に手紙を書いた。

 自分の不遜を詫び、どんな処罰も受けるから至急バルカ帝国に食糧の援助を願いたいと。

 それから、ジルとシルバラにも、俺は人でなしになりたくないと書いた。これから魔の森で魔牛を狩るつもりだとも。



「トランス殿下、用意ができましてございます。」


「第三騎士団に、弓の射撃を命じろっ。」


「はっ、第三騎士団は攻撃開始っ。」


 俺は魔の森の出口に、幾重にも深い落し穴の罠を構築させた。穴の底には竹槍を突き立て、魔牛が落ちれば突き刺さるようにした。

 魔牛は、落ちただけでは死なないと思うが、深い穴に落とせば行動を阻害できる。

 そして、落し穴を避けて来る魔牛に対しては多数の塹壕を掘って、大型弓であるバリスタを配置した。

 バリスタは、ジルから教えてもらった武器で太い竹さえあれば作れる。速射はできないが、その分を数で補う。10m〜20mの近距離なら、かなりの威力と精度が望めるのだ。


 騎乗した第三騎士団の者達が、次々と魔牛の群れを引き連れて逃げて来る。

 そして、逃走経路の杭の旗の印で、落し穴の罠を避けて逃げ込む。

 次々と落し穴に落ちる魔牛は、200頭余り。 

 後続の300頭余りは、バリスタだけでなく、騎士達が取り囲んで槍を何十本も突き刺して、やっと倒している。怪我人が多勢出たが、幸い死亡者は出なかった。


 倒した魔牛は、すぐに解体して荷馬車や海岸から小舟で遊牧民の部族に運ぶ。一部族2千人余が14部族いるから、一部族には35頭くらいしか配れぬが、巨体である魔牛は、一週間分の食糧にはなる。他にも罠を作り直している間に半数の騎士達で、鳥を狩ったり山菜や茸の採取をした。

 魔牛狩りは、罠を直し5日ごとに行ったが、何万頭いるのか、狩り尽くすには程遠いあり様で、落し穴を倍増しバリスタを増しても、騎士団の被害は甚大だった。

 それでも騎士達は、怪我人をバリスタの配置に回して、果敢に魔牛狩りに挑み続けた。

 疲れ切ったその顔であっても、腹を空かせた子らが魔牛の肉を食べて、大喜する笑顔が見えていたに違いない。



 そんな日々を、3週間余り過ごしていたら、突然、王城の空に飛行船が飛来した。

 帝都の人々は、見たことがない空を飛ぶ船に大騒ぎしたが、王城の広場に着陸して人が現れると、敵意がないことを知り安堵したようだ。 

 その飛行船にはもちろん、ジルとシルバラが乗っていた。


義兄おうじ、人でなしはお辞めになったようですねっ。(笑)」


「兄さま、無事で良かったわ。別に心配なんかしてなかったけどっ。(涙 )」


「二人ともすまぬ、飢餓の恐ろしさと言うものを、身を持って知ったよ。二人にはいくら詫びても足りないが。」


「兄さまは、王城の周りの民しか見たことがないのです。

 ジル君は、貧しい領地に生まれて、皆んなの苦しみを見て育ったのです。今もトランス王国の各地に赴いて、そこの人々を助けようとしています。


 兄さま、その違いはなんだと思いますか。

王子という身分故の、思い上がりですよ。

 兄さまには、対等に話せる友がいますか。

 ジル君の家族はお義母さまを始め、幼いミウちゃんだって、相手を見下したりしませんわ。

 ありがとう、お願いしますって言うんです。

 兄さまは王子をお辞めになり、まともな人の気持ちを理解なされた方が良いと思います。」


 愕然とするしかない。年下の妹にこんなにも情けなく思われていたなんて、俺はこれまで、いったい何を学んで来たのか。

 魔の森を抜け飢えていた俺に、躊躇なく貴重な自分の分の食糧を差出してくれたユリカ。

 夕餉に自分の分のわずかなチーズを俺に分け与えてくれたユリカの母。

 それに比べて、なんだ俺は。飢餓だから食糧の援助をと言う、バルカ帝国の手紙を1ヶ月も放置して、飢餓がなにかさえ解らないでいた。

 ジルが言うように、他にすべきことがいくらでもあったのに。

 だが、バルカ帝国に自分の足で来て、自分の目で見て知った以上、今は迷いはない。

 この国にいる飢えに苦しむ人々を、俺のできることを全てして助けるのだ。




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 ジル達のトランス王国は、やることが速かった。俺の報せが届くと、王国にある全てである20隻の飛行船に最低限の人員と、積めるだけの小麦や蕎麦、とうもろこし、芋などの穀物、調味料などを積んで、バルカ帝国の東部遊牧民の部族や中南部の町に向かったのだという。

 ナルト王国の食糧援助までの繋ぎとしてだ。

 また、往復して、次はすぐに植えれる芋や春に植える穀物や野菜の種を運ぶそうだ。

 父上のナルト王国も既に米などの食糧を満載した船が出港しているはずだという。

 ただ、早くても到着は1月後になるという。


 ジル達を王城の謁見の間へと案内した。

 謁見の間で、レヒト皇帝やズタン宰相、重臣達と会見した。


「トランス王国から参りましたジルと申します。隣にいるのは婚約者のシルバラです。

 シルバラはトリアス王子の妹です。

 その縁でナルト王国から、バルカ帝国の窮状を聞き、とりあえずの手助けになればと参りました。」


「バルカ帝国の皇帝のレヒトです。ジル殿の話はトリアス王子殿から伺っておりました。

 この度の救援、このレヒト、心からお礼申し上げます。このご恩は決して忘れませぬ。」


「宰相のズタンと申します。トリアス王子殿には、たいへん助けていただいております。」


「さっそくですが、この窮状を乗り越えるための提案を、させていただきたいのです。

 今は初秋で、普通の作物は芋くらいしか植えることができません。

 でも、家屋の中でなら冬でも栽培できる作物があります。また、その家屋も短期間で建てる工法があり、職人を数人連れて来ています。

 

 それで、それらを行うために、帝国各地の職人や部族の民達を集めていただきたい。

 具体的には、建築職人、農民と遊牧民、パンや蕎麦を作る者、そして漁師です。

 それらの人達を集めるのは、我々の飛行船を使います。バルカ帝国の役人に同乗してもらい、各地での布告や人集めをお願いします。

 飛行船の数は5隻、帝国の方は二人ずつ。」


「分かりました。すぐに手配致します。

 おいっ、聞いておったな。すぐに、同行者を選んで連れて参れ。

 ジル殿、よろしくお頼み申す。」




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 こうしてトリアスは、ジル達の飛行船に乗って、遊牧民達の下へ向かった。


「おっ、いたぞ。ギカン族のゲルだ。」


「よし、あそこへ着陸してよ。」


 着陸するとすぐにギカン族の者達が集まって来た。既に食糧を配布に飛行船が来ていたから違和感は無いようだ。

 俺は集まった人々の中にユリカとその家族を見つけ歩み寄った。


「ユリカっ、あの時はありがとう。ユリカは、命の恩人だ。

 お母さん、食べ物は足りた? あの時に食べさせてもらったチーズの旨さは忘れません。

 えっと、これは貰い物だけど、トランス王国のチーズだよ。牛の乳で作ったチーズだ、皆んなで食べて見てっ。」


「ありがとうございます。あの時のお返しが、何倍にもなって帰ってきましたわ。おかげで、子供達も祖父母も餓えないで済みました。」


「そうだ、ユリカ。パン焼きを教える者を募集に来ているんだ。鍋じゃなく、竃で焼くとふんわり柔かいパンが焼けるんだ。

 焼き方を覚えて、部族の皆んなに教える役さ。帝都まで来てもらうけどね。」


「えっ、私でいいんですか。行きたいです。」


「あら、兄さま。この綺麗な方はだあれっ。

 兄さまも、意外と隅に置けないのねっ。」


「ちっ、違うよシルバラ。この人はユリカ。

 俺が魔の森を抜けた時に、助けてくれた命の恩人だよ。

 ユリカ、俺の妹のシルバラだ。」 


「はっ、はじめまして、シルバラ様っ。ユリカと申します。」


「うふふ、様なんて付けないでっ。ユリカさんの方が年上でしょう。末長くよろしくお願いしますねっ。」


「おいっ、なんだよその挨拶はっ。」


「あらっ、女の感よ。感っ。兄さまは、細かいことは気にしなくていいのっ。」


 シルバラが変なことを言うから、急に意識して俺とユリカは赤面してしまった。



 それから、ユリカ達を帝都に連れて行って、ユリカ達には、食パン菓子パン、パスタやピザうどんや蕎麦打ちを教えたが、なんと、講師はシルバラだった。

 改めて、妹には敵わないと落ち込んだよ。


 大工や石工の職人達には、プレハブ建築と煉瓦焼。それから煉瓦の竃造りなどを教えた。

 また、農民と遊牧民に、茸栽培、もやし栽培やカイワレ大根の栽培を指導した。

 やったのは、グランシャリオの職人達で俺は何もしてないけどね。

 ユリカを帝都の街に案内しただけだ。

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