第17話

       ◆


 だいぶ後になって、アムン国のあの敗北に関して教えてくれた奴がいた。

 あれは大義名分のためで、一度、統一戦線の奴らをへこませる必要があったのさ。そのためには腕の良い整備士と腕の良い操縦士を用意して、スクラップで攻撃させるのが有効だった。さすがに最新鋭機は渡せないんでね。

 結果、アムン国統一戦線は血相を変えて態度を変えた。実に効率的に、国軍が動き出し、あの国の行く末が決まったってわけだ。

 俺が得意げなそいつを殴り倒さなかったのは、背後に憲兵を二人ばかり連れていたからだ。その二人は短機関銃を提げていて、俺も怒りを放出するのはやめておいた。

 この時の迂闊な将校は数年後に死んだ。派遣された途上国で、過激派の自爆テロの標的にされた。装甲車の中で蒸し焼きにされたらしいが、その遺体と俺は対面していない。

 実にお似合いの最後だと思ったが、俺としては装甲車が失われたことが問題で、大して気にする余裕もなかった。この時、俺はその過激派に与していて、正規軍の車両はなんでもかんでも鹵獲させていた。パーツ不足が深刻だったからだ。

 この仕事も、苦い結果で終わったうちの一つだ。

 ディアナとは、何度か戦場ですれ違い、彼女が味方になる時もあったが、敵である時の方が遥かに多かった。

 彼女ほど手に負えない敵はいなかった。どんなに高性能な装備が俺の方にあっても、ディアナは旧式の装備、不具合のある兵器でも圧倒してくる。傭兵仲間が加わっていれば、もはやその戦場での俺の敗北は確定で、どうやって逃げるかを考えなくてはいけなかった。

 ルザの噂を聞いたのは、あの少年が言葉もなくボズに連れて行かれてから五年後で、もうアムン国は軍事政権が立ち上がっていた頃になる。

 若い将校が指揮する、売り出し中のゲリラ部隊がいる、というのがその噂だった。スタンドアッパーこそ装備していないが、限られた装備で、地形を巧みに利用して国軍を退け続けているという内容の噂だった。

 その将校がルザという名前だと聞いた時、俺は思わず溜息を吐いた。

 彼は戦いの闇から抜け出せなかったのか。

 それとも、光を目指して今も走り続けているのか。

 銃を手に、死を引き連れて走っているのか。

 俺はアムン国では何度か、国軍に雇われて協力したが、ルザと邂逅することはなかった。

 俺が所帯を持ち、しかし一人息子は祖父に任せて放浪を始めた頃、国際的に懸賞金がかけられたテロリストの手配書を見た。

 名前こそ変わっていたが、その男の顔にはいつかの少年の面影に近いものがあった。

 勘違いかもしれない。

 勘違いなら良い。

 世界には俺を必要とする場所がまだまだ多くあった。

 どこもかしこも、争いばかりだ。

 銃声と悲鳴、硝煙の匂いと死の匂いに包まれた戦場か、虚飾の平和の中にある日常しかなかった。

 その時、俺は旧型のスタンドアッパーの骨格部品を交換していた。助手が数人ついていて、作業場ではいくつもの機体が直立している。まだまだ仕事は終わりそうになかった。

 不意に腰で電子音が鳴り始める。

 端末を掬い上げるように手に取ると、俺がこの世で最も信頼している相手からの着信だった。

 受けて、耳に端末を当てる。

「やぁ、ディアナ。俺たちの息子に何かあったか?」



(了)

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スタンドアップ・アームズ! 和泉茉樹 @idumimaki

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