第15話

       ◆


 夜明けに最終集結地にたどり着いた時、俺は倒れこみ、嘔吐した。

 そこにはゲリラ兵が七人ほど、ボロボロの身なりで座り込んでいた。指揮官、将校は一人もいない。死んだのか、捕虜になったのか、それとも……。

 ヌダは発熱していて、すぐにその場にいたゲリラ兵が手当を始めた。その様子を見るとヌダは左足が折れているようだ。履いているズボンが真っ赤に染まっているから、その中は見たくもない。

 ルザはもう震えてもいないが、ぼんやりしていた。

 俺は吐瀉物を踏みつけて土に混ぜておいて、周囲を確認した。

 この場所は岩場で、高い位置にある。眼下に緑の海が広がっている。そこから黒い煙や灰色の煙がいくつも上がっている。空を見れば無人機がいくつも飛んでいた。

 どうやらこの戦場はすでに挽回のしようもないらしい。

「へい、雇われ整備士」

 背後からの声に、そちらを見るとそこにいるのはボズだった。片腕をどこで調達したのか、汚れた布で吊っていた。いや、汚れていると思ったのは勘違いだ、血で濡れているのだった。どういう処置をしているのか、ポツポツと地面に今も血のしずくが落ちていた。

「大丈夫かよ、ボズ」

「気にするな。我々は身を隠す」

 ボズがしっかり話すところは初めてだが、言っていることはまともだ。

「あんたらの指揮官がいないが、助けに行かないのか」

「アムン解放軍はこうなっては解体するよりない。いずれ、また再起の時があると、我々は信じている」

 俺は国軍の話をしてやるべきか、迷った。

 アムン国軍は全力で武装勢力を潰しにきている。おそらくアムン統一戦線は国軍に取り込まれている。そのことを考えれば、アムン解放軍にも国軍からの接触があったはずだ。そしてきっと、拒絶した結果、今日のこの状態があるのだろう。

 何も言うことはないか。

 ここにいる奴はみんな察しているだろう。ここは彼らの戦場なのだ。

 そして、ここは彼らの国だった。俺は異邦人に過ぎず、よそ者だ。

「好きにしてくれ。達者でな」

「あんたは逃げないのか」

 俺は思わずボズのいいように、笑いそうだった。こんな時でも、笑えるのだ。

「もう少しここにいるよ。それとボズ、頼みがある」

「なんだ?」

「ルザを、連れて行ってやってくれ」

 ちらとボズは座り込んでいるルザを見たようだった。

 任せろ、というのがボズの返事だった。彼はルザを促し、ルザは俺を見たようだが、俺はその視線の気配を完全に無視した。

 ルザはこの国にいるべきではないかもしれない。善意の誰かを待つのではなく、俺自身が、彼を連れ出し、もっとまともな世界、広い世界を見せてやるべきかもしれなかった。少なくとも、ルザが知っている世界はあまりに狭く、そして汚れていた。

 それでもルザもまた、この国の人間だった。

 それ以前に、一人の人間だった。

 もし俺についてきたいなら、ボズの手を振り払ったはずだ。そして俺にすがりついただろう。

 しかしルザはゆっくりと立ち上がり、ボズについていった。

 もしかしたら俺やディアナと触れ合うことで、少年の中の絶望は決定的になったかもしれない。自分たちの国の紛争は、民族の自立のための闘争ではない、ということを考えたかもしれない。

 そうなのだ。

 アムン国は代理戦争の現場に過ぎず、その戦争は先進国の権力争いの一局面だ。投入される資金、投入される物資、投入される兵器、それらは盤上の駒にすぎない。そして駒の一つが、現地の住民なのだった。

 俺は盤上にいるが、元は盤の外にいる人間だ。

 どこまで行っても、立場が違う。

 ゲリラ兵の生き残りが去っていき、岩場は静かになった。もう樹林から砲撃の音や爆発音は聞こえない。煙は少しずつ薄くなり、夕暮れの群青の空に溶け込んでいた。

 かすかな足音が聞こえたのは、再び夜がやってこようとする頃だった。

 視線を向けると、泥まみれの体が不安定な足場を物ともせずにやってきた。

「何? 待っていたわけ?」

 澄んだ声にも、今は疲労が隠し難く滲んでいた。

 彼女が手に提げていた短機関銃を放り出し、座り込んだ。

 ディアナに、俺は水筒を投げてやった。ボズの仲間が去り際に置いていったものだ。少ない物資からわけてくれたのだ。無償ではなく、遅れてここへやってきたものへの伝言を任されていた。しかしディアナが来た以上、彼女より遅くここへ来るものはいない。殲滅されたか、捕虜になっただろう。

 水筒を受け取ると、口をすすいでから、彼女は一口だけ飲んだようだ。それで水筒が俺の手元へ戻ってくる。

「機体はどうなった?」

 俺の言葉にディアナは眉間にしわを寄せる。

「私の体より機体が気になるとは、人間としてどうかしている」

「そういう男だよ、俺は」

 ため息を吐いてから「放棄した」とディアナは答えた。それに言葉が付け加えられる。

「最後には左膝がイカれて、片足で粘ったけど、どうしようもなかった」

「よく脱出できたな。それも五体満足で」

「その質問を最初にするべきよ。夜が味方したし、連中、機関砲を盛大にぶっ放して辺り一面、硝煙が立ち込めて、まぁ、なんとか逃げられた」

「歩兵からその銃を奪って?」

「死体からね。あまり思い出したくない」

 そう言ってから、ディアナは目を細めた。

「アムン解放軍は解散したってことね?」

「そうだ。仕事は終わりってことになるな。お前はこれから本隊に戻るのか?」

「そうなるわね。でもまず、この岩場を下りて、包囲網を抜けないといけない」

 アムン国軍も敵なら、他の武装勢力も敵になるだろう。ディアナの表情に浮かぶ懸念もわからなくはない。しかし彼女も程なく、俺が平然としているのに気づいたようだ。

「どうもあなたには、脱出する手はずがありそうだけど? イカロス」

「その通り。ピックアップしてもらえる場所は決めてある」

 言いながら、肌身離さず持っている端末を見せてやる。その端末には長距離通信用のアンテアが差し込んである。普段はベルトと一緒に腰に巻いてあるのだ。

「ルザはどうしたの? 無事だった?」

 ディアナの口調に責める色があったのは、間違い無いだろう。

 胸に鈍い痛みを感じながら「無事だよ」と答えた。それ以上は何も言えなかった。

 しばらく二人とも黙っていた。

「行こう」

 俺が立ち上がると彼女も立ち上がる。短機関銃を彼女が拾い上げ、手に取る。

 すでに太陽は遥か彼方の稜線に没しようとしている。

 また、夜が来る。



(続く)

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