第14話

      ◆


 顔を上げると、スタンドアッパー、グラディエイーターの頭部が吹き飛んで宙に飛んでいる。

 その胸部装甲が内側から爆発したように割れ、やはり飛び散っていた。

 全てがスローモーションに見えるその光景の向こうで、巨大な影が動く。

 静かだ。

 まるでそれは、野生の獣だ。

 獲物をしとめる肉食獣。

 なるほど、フェンリルというのはどこかの神話でいう狼だったか。

 至近距離からの機関砲の連射で一台のスタンドアッパーの上半身が消し飛ぶ。操縦士は生きてはいまい。

 俺たちの方へ倒れこんでくる上半身を半ば失った巨体が、蹴り飛ばされる。木の幹に衝突し、漏れた燃料が爆発、炎上。

 まばゆい業火の中、俺たちを囲む歩兵たちが即座に銃口を向ける。

 機械でできた悪魔は、容赦しなかった。

 機関砲が容赦なく彼らを吹き飛ばし、後退させる。

 だが敵はもう一台いる。

 闇の中から乱入してきたフェンリルⅢ型が横へ移動、自分を破壊しようと牙をむく機関砲弾を、まるで見えているように避ける。左膝の関節から激しい火花が散った。砲弾が当たったのではなく、不具合だろう。

 グラディエーターが機敏に間合いを取り、木の間を抜けながらフェンリルⅢ型へ射撃を続行。

 対してフェンリルⅢ型も同様の機動で応戦するが、甲高い音の後、砲撃が途絶える。

 弾切れだ。

 判断は素早かった。フェンリルⅢ型が間合いを詰めに行く。接近戦に持ち込もうというのだ。

 しかしこれはいかにも無理だった。

 当然のようにグラディエーターの操縦士もその呼吸を読み足を止める。

 ほとんどまっすぐにフェンリルⅢ型が走る。

 迎えるのは八十口径のスタンドアッパー制圧用の大火力。

 光が膨らみ、砲弾が連射される。

 この時に俺が目にしたのは、魔術、というしかなかった。

 まるで幻覚だった。

 フェンリルⅢ型が左右に跳ねるようなジグザグの運動で間合いを詰めた。オートバランサーにはできない機動。人工知能に学習を重ねさせても不可能な運動だった。

 つまり、純粋な操縦士の操縦テクニック。

 異常と言っていい技能。

 この機動にグラディエーターの機関砲は瞬間、発砲をやめた。照準が合わないために火器をコントロールするソフトウェアが混乱したのだ。

 それでも改めて引き金が引かれた時、フェンリルⅢ型の左肩が吹っ飛び、腕が宙に舞った。

 片腕の喪失に姿勢がさすがに乱れる。

 ここでもフェンリルⅢ型は神がかった動きで転がる寸前から復帰し、ついに間合いを完全に消した。

 残っている右腕が握る機関砲が、グラディエーターに叩きつけられる。

 装甲が歪み、弾け飛ぶ。

 それで姿勢が乱れところを、次の一撃がセンサー類の集中する頭部を直撃する。

 あとは一方的だった。

 グラエィエーターが倒れこんだ時、すでに周囲から歩兵の姿は消え、もう一台のスタンドアッパーだったものが炎上している光景がそこにあった。俺もヌダもいつの間にかルザさえも、唯一、この場で勝者として立っている片腕のスタンドアッパーを見上げていた。

 短いノイズの後、声が流れるが、スピーカーが破損しているのだろう、声は不自然にひび割れていた。

「解放軍は最終集結地に撤収する。道はわかるか」

 間違い無く、ディアナの声だった。

 俺は安堵するのと同時に、恐怖を感じた。

 彼女がまだ逃げる気がないとわかったからだ。

 片腕の機体で、まだ戦うというのか。

 俺の横で「わかる」と呻くようにヌダが答えた。

 俺はこう言おうとした。

 お前も逃げるぞ、ディアナ。

 しかしその言葉は、どうしても出てこなかった。

 何故か。

 もう勝てる見込みはない。あとは逃げに逃げて、逃げ切ることしかできない。

 ディアナの乗っている機体は、既に満身創痍だ。満足に戦える見込みはない。

 ここで死ぬのは、無駄死にだ。

 理由はかようにいくらもであるのに、俺はそこから導き出される、間違いない結論を、どうしても口にできなかった。

 彼女が望んでいない。

 そうなのだ。

 彼女は傭兵で、戦うのが仕事だ。敗色がどれだけ濃くても、やるべきことはやる。報酬の分は働く。そういうことだろう。

 涙が溢れそうになり、目を細めて俺はそれを抑えた。

 行くぞ、と言って俺が立ちあがあるとルザがゆっくりと立った。ヌダも起き上がろうとし、俺は彼に手を貸した。

 フェンリルⅢ型は倒したグラディエーターが保持していた機関砲を奪うと、片手にそれを下げて俺たちに背を向けた。左膝はいよいよ限界であることを訴えるように、ひっきりなしに火花を上げていた。

 スタンドアッパーが一歩、また一歩を離れていく。静かな足音だった。重量があるロボットが歩いているとは、とても思えなかった。

 まるで亡霊が消えるように、フェンリルⅢ型の背中は消えた。

 間近でヌダが声を漏らしたことで、俺は現実に戻り、「最終集結地がどこかわかるか」と彼に問いかけた。わかる、と彼が頷いた。そうか、彼はさっきもそう答えていたじゃないか。

 自分がぼんやりしているのに舌打ちして、行くぞ、と俺はヌダを持ち上げた。

 森の中を進んでいく。

 遠くで爆発音が響き、金属が軋む音がかすかにする。

 人の悲鳴が聞こえる。

 泣き声が聞こえる。

 地獄の匂いが濃密に立ち込める。

 地獄から抜け出すように、俺とルザとヌダは歩き続けた。

 夜が深くなっていく。

 何もかもを飲み込む闇が、全てを塗り潰して行く。

 光は見出せなかった。

 しかし歩けば、歩き続ければ、光はあるはずだ。

 俺はそう信じた。

 明けない夜がないように。

 この地獄もいつか、終わる時が来るはずだ。

 そうでなければ。

 そうでなければ、何のために血が流れるのか。

 そうでなければ、何のために、涙が流れるのか。

 そうでなければ。

 そうでなければ……。

 闇の中を三人で進み続けた。

 いつまでも、どこまでも。



(続く)

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