最終話 二度と離さない


「浩介さん、龍神は恐ろしいなあ」


「ああ……。本当だ。けど、この神は若者たちの味方でもあるのや」


 沙織の元カレがこの海で亡くなっていたことを思い出す。口にしてからしまったと後悔していた。もう後の祭りである。ところが、今日の彼女は意外なことを言ってくる。


「どうして? 話して聞かせて」


 俺は幼い頃に父親から聞いた話を沙織にしてゆく。彼女は瞬きもせずにじっと耳を傾けてくる。


 昔むかし、この町の若い男女が小さな舟をこぎ沖合で漁をしていたそうだ。次第に海が荒れてくる。さらに蜃気楼に巻き込まれ自分達の浜へ戻れなくなり、「もう沈没や!」 と諦めたという。

 けれど、突如として見たことのない不知火ふしらびが海面に珠々つなぎで現れ、2人の羅針盤となり浜へ案内してくれたんだよ。


「へぇ……。そうなんだ」


 彼女の顔に翳りは感じられず、ただ頷くばかり。その健気な姿を見るとさらに愛おしく感じられてきた。その時、正人の声が聞こえてくる。


「浩介、お前たちまつりの船に乗れるそうだ。おいらは子供がいるから無理や! 代わりに乗らねえか」


 まつりの実行委員長の神主から勧められたという。聞くところ「海の火まつり」は神社での巡幸船みゆきぶね出航の儀式から始まる。


 その巡幸船を見守る舟にゲストとして乗せてくれるそうだ。今夜は静寂な海だ。浪風なく星空すら綺麗に見えている。春の嵐、メイストームが多い熊本では珍しく感じられた。


「浩介さん、こんなチャンスはないよ」


「そうだな。やってみるか!」

 沙織には笑顔すら浮かんでいる。


「古代の装束を着るんだって」

「大丈夫や。巫女もカッコ良かったよ」


 浜辺ではまつりのステージが組み立てられ、竜燈太鼓を叩く男衆たちが集まっている。沖合では海上花火の台座舟も準備されていた。


「沙織、いよいよや」


「何か、ワクワクするね」


 神主により海の安全祈願のお祓いを終えると、船頭に促され小舟に乗ってゆく。俺たち以外に四隻の舟が沖合いを目指す。海中鳥居の廻りに一斉に花火が打ち上げられる。


「ああー綺麗だ!」


「なんてロマンチックなの」

 沙織は花火の美しさに見惚れている。


 船頭からは悪疫退散祈願の花火だと教えてくれる。浜辺から和太鼓の音も届き、鳥居と花火のコラボレーション、幻想的な光景が目の前で繰り広げられてゆく。


「お前たち、良く見ておれ」と船頭はひと言残し舟を一旦停止する。そうして鳥のごとく身軽に舳先へさきへと飛び乗る。横波で舟が揺られる中、海上の的に向かって一矢いっしを放つ。なんと、一本の矢でかがり火に点火していた。


「おっ、お見事! やったぜ」

 俺の言葉を受けて、沙織は予想も出来ないことを口にしてくる。


「すごい。何か……浩介みたい」


「おいおい。いったいどうしたんや?」


「だって、暗闇の中でわたしの心を瞬時に射止めたんだもん」


 沙織、泣かせるじゃねぇか! 

 そんなことまで言われたら、

 男として

 このまま黙ったまま

 引き下がる訳にはいかない。



「俺、卒業したら熊本で教師やりに帰ってくる。待ってろよな! 沙織もペンペンの先生になれや」


「嬉しい。でも、ペンペンじゃないよ。ペンギンさんや!」


「沙織、この海に感謝しような」


 もう二度と離さないと叫び

 波間を見ながら

 ふたりで手を繋いでいた。


「そうだね。あの運命的な寝台特急にもお礼する」


 彼女の顔にはかつて見たことのない何よりの喜びが感じられる。俺たちの舟を取り囲んで再び祝福の花火があがる。そんな気がした。突如、不知火が岸辺まで珠々つなぎで現れ、2人の将来を示唆するように明るい光を照らす。

 やっぱり、あの18時間はけっして無駄でなかった。港に向かうと正人と母親たちが松明たいまつを持って、俺たちを温かく出迎えてくれた。


 ───〈 完 〉───

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「運命的な再会」不知火伝説 恋ものがたり 神崎 小太郎 @yoshi1449

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