第5話 元カノとの思い出

 

 寝台特急は速度を上げて暗闇の中を突き進んでゆく。


「おっ、夕焼けの湘南の海!」


 ところが……。


 真っ暗な闇を抜けると予想もしない絶景がトンネルの先に現れ、独りごとを口にしていた。あれは材木座から由比ヶ浜への海岸線だろうか?


 俺と元カノにとって懐かしくもあり、忘れることが出来ない砂浜のはず。昨年まで俺たちはこの海で幾度もサーフィンを楽しんでいたのを思い浮かべてしまう。


「なんて、幻想的なんだあ……」


 水平線の向こう側へ見え隠れする夕日に寄り添うように波ひとつとしてないなぎの海が紅色に染まってゆくのが見えてくる。もう一度、彼女とあの渚でボードを抱えながら戯れていたかった。


 正式な婚約ではないが、大学卒業したら結婚の夢を抱き、2人でヨーロッパの教会の写真を楽しそうに眺めていた。けっして、派手な女性ではないが、いくつか夢を抱いていたのも事実。


 ジュエリーショップの冷やかしをして店員さんに追いかけられたこともある。ギリシャ・エーゲ海の波をデザインしたマリッジリングに憧れていた。


「東京駅の立派なあのホテルにも一度で良いから泊まりたい」と彼女から聞いたこともある。


 怠惰な学生であったが、彼女との愛は真剣であったはず。それなのに、あの燃えるような恋は、いったい、何処に消えてしまったのだろうか?


映見えみ、ごめん」


 それは元カノの名前だ。何度詫びても、ここには、波間に女性の面影しか残っていない。もう、思い出になりつつある。


 若い男女にとって、一旦消えてしまった恋ごころは取り返しはつかないのだ。過ぎ去った過去の時間も戻ってはこない。


 ビール片手にほろ酔いかげん。この海を眺めるのは少しばかり辛い想いがする。

けれど、じっと静かに見惚れている。これは、彼女への未練だろうか。


 今頃、映見はどうしているのだろう。心配となる。母親が倒れ青森の実家に帰り、大学を中退していたけど……。


 別れたとはいえ、心のどこかに引っ掛かるものが残っている。正直なところ、恋を貫けない男の悔恨の極みであった。


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