第6話 予期せぬ出来事


 ちょうどその時だ。

通路側からチケットを持つ女性客の姿が目に入る。そして、声が届く。


「ここ、2号車のB寝台の上11番」


 この部屋は向かい合わせに上下2段ベットがある。本来は4人専用ブースでかなり窮屈だ。初めて出くわす女の子がキョロキョロと辺りを見渡している。


 どこかしら雰囲気は、俺の妹に似ている。歳もそう違わないだろうか……


「やっぱり、ここの席や。良かった。おひとりですか?」


 俺は曖昧な返事をしてしまう。


「ええー、今のところは」


 相手は、若い娘だ。ところが、なぜか知らないけど若い女性特有の派手さが見受けられない。胸元に結ばれた細い赤リボン。ブラウスは白だ。レースのあしらわれたスカートから伸びる細い足、履いているのはワンストラップの地味なパンプスとなる。


 暑い夏だというのに、ダークグレーの上着の肩からポシェットを斜め掛けにして、重い旅行カバンを手にする。そのブラウスには汗がにじみ出ていた。


 でも、肌が透き通るように白くとても素敵な女性である。

 もしかしたら、女子高生か?

 おかしな妄想が浮かんできた。



「お腹が減っちゃって先に……」


 女性は気さくな感じで口にしてくる。

横浜から乗り、慌ててサンドイッチを食べてきたという。


 どうしたのだろうか……


 その装いに驚きを隠せなくなる。黙っていられず、ほっと安堵する女性の微笑みに言葉をかける。


「良かったら、おかけになりませんか」


 そうは言ってもここには椅子などない。

 口にしてから、後悔していた。


 座れるのはベット上だけである。否応なしに見ず知らずの若い男女が隣同士で腰かけることになってしまう。


 2人の間は50cmも離れていない。それは手を伸ばせば届く距離。男の自分の方がドギマギするはず。彼女は故郷に住む実妹ではない。今、会ったばかりの他人である。ところが…………


「ああー。座れて良かった」


 女性がつぶやくと、小さな身体をすくめ俺の傍に寄り添ってくる。

列車はそんなことに構わず、夕日が沈みゆく蒼穹そうきゅうの海岸線を速度を上げながら突き進む。

 突然、止まらない時の流れを見守るように、前方から汽笛の響きが届いてくる。 何か映画のワンシーンを観ているような気がしてきた。


 ポニーテールのお下げ髪が窓からの光に優しくさらされる。俺はスペースを空け、彼女の旅行カバンを足下に寄せてあげた。カバンの脇には可愛いペンギンのストラップがぶら下がっているのに目が止まる。


「あっ、ありがとう。これ、相棒、いつも旅の守り神なの。可愛いでしょう」


「ああ……。夜の寝台特急は、夢があって良いですよね」


 そんな言葉のやり取りにより2人の距離がさらに縮まり、彼女からほんのりと良い香りが届く。控えめな柑橘系、檸檬れもんのコロンだろうか。


 もっと、洒落たことを言えば良いのに、恥ずかしくてそんな言葉しか思いつかない。何が夢のある夜汽車だ。こんな時は誉めるべきものが違うだろう。相手は若い女性なのに、どうかしている。


 俺は、本当に鈍感で野暮な男だ。話が全然かみあっていない。

心のうちには、ああー情けないほどの忸怩じくじたる思いを抱いてくる。こんなことばかりだから、いつまで経っても田舎者から抜け切れない。


 少し年下の女性かなぁ……と一瞬思う。

 本当に女子高校生だろうか?


 ほとんど素っぴんのお化粧にしか見えない。その笑顔にはニキビ跡が残っている。けれど、黒髪とメガネが似合う、とても可愛い女性であった。


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