第23話 典子の想い


「浩介さんなら断ってくれると思った。だって、まだ東京にいたいでしょう。それに彼女だっていることだし」


 どこからそんなことを? また、きっと、犯人は典子の幼馴染みの実妹だろう。


「あいつ、おしゃべりだから」


 見合いを断られたとして、何ひとつマイナスにはならない。けれど、男として悔しくなる。何分、目の前の女性は町一番の美人となっていた。


「妹さん責めないでよ。本当はねぇ…。東京に彼氏がいるの。父親には内緒だけど、2番目の初恋。最初は浩介さん、次は高校の先輩。卒業したら、結婚の約束もしているの」


「ご両親は反対しないの?」


「うん、駆け落ちするかも」


 彼女は恐ろしいことすら口にする。俺はもうひとつ聞きたいことが出てくる。


「他のお見合い相手は誰?」

 やっぱり、好奇心から聞きたくなる。


「地元の開業医と老舗の御曹司。どちらも年配でおじさん。父にとっては政略結婚。ただ自分の傍に娘を置きたかっただけ。頭にくる話でしょう」


 少しだけ、典子を揶揄からかいたくなってしまう。俺もひとが悪い。


「典子、見合いを『 Yes 』と言ったら」

「そんなのありえない」


「分からんよ。俺だって美人には弱い」


「噓つき。相手にしてくれなかったくせに。女はねぇ……。自分を本当に愛してくれる人じゃないとダメなの。特にわたしの場合は」


「あれは、典子が幼かったから」

「またぁ……。いつも、そう」


「ちゃんと断るよ。冗談言ってごめん」


「言っておくけど、恋に冗談や偽りはなし。いつも人を傷つけまいと優しいのも問題。男は時に強引さも必要なの」


「ああ……。典子に一本取られちまった」


「断る理由はどうするの?」

 彼女が不安げに聞いてくる。


「まだまだ、結婚は早い。それに熊本へ戻ってくるか分からんから」

「完璧、百点満点です。二、三日考えたふりして叔母さんに連絡してね」


 典子もひとが悪いが憎めない女性だ。俺たちは手を叩きながら笑い合い、お見合い会場を後にする。なぜか、夏だというのに、冷たい風が耳元を通りすぎる感じがしていた。

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