Sid.7 幼女はただの口実だった

 家に着き玄関を開けて中に入ると、ちゃっかり付いてくる菅沢が居る。


「なんで付いてきた?」

「いいじゃん。クラス会、一度も参加してないでしょ」


 卒業後に二回ほどクラス会の案内が来た。それ以外では同窓会の案内も一回。

 いずれも不参加で中学を卒業して、誰とも会うことが無かった。別にぼっちじゃなかったんだが、高校に入って以降は面倒臭かったわけで。

 どうせ近所だし。会って話をすることも無いし。勉強で忙しかったのもある。


 家に上がると「お邪魔します」とか言って、上がり込む菅沢が居て、こいつも遠慮がねえ。


「自由だな」

「知らない間柄じゃ無いでしょ」

「ほとんど知らないんだが」

「もっと関わっておけば良かった」


 なんでそう思うのか。この馴れ馴れしさもそうだが。

 上位校以上を目指すなら、しっかり勉強でもしてた方がいいぞ。

 リビングに入ると母さんが、菅沢の存在に気付いたようだ。すかさず挨拶する菅沢だけど、母さんがなんかにやけてる。


「蒼太、そっちの子」

「中学時代の同級生」

「へえ。あんたも隅に置けないねえ」

「置いてくれて構わん」


 別に付き合ってたわけでも無いし、親しくしてたわけでも無い。ただ同じクラスだったってだけの話だ。

 背中ですっかり寝てる乃愛を、リビングのソファに転がしておく。


「可愛いよね。あたしもこんな子が欲しいな」

「欲しいならくれてやるぞ」

「そう言うものじゃ無いでしょ」


 菅沢と同時に母さんからもツッコミが入った。

 ソファには乃愛が居るから、床に腰を下ろすと同時に、菅沢も腰を下ろしてるし。なんだよこいつ。勝手に上がって勝手に寛いでるし。地味な癖にいくらかの図々しさはあるのか。

 あれか、太るってのと性格は関連するのかもな。


「ねえ、横倉君って今は付き合ってる人とか、居ないの?」

「それを知ってどうする」

「別にどうもしないけど」


 キッチンで母さんがなんか言いたそうだ。

 頼むから余計なことを口走らないでほしい。空気読まねえからな。


「中学の時も誰とも付き合ってないよね」

「あの頃は不幸だったからな」

「不幸?」

「あれだ、見目麗しい子がひとりも居ない」


 面食いなのかと言われてるが、そんなことは無いと思う。マジで中学は不細工な奴しか居なかった。日本中の不細工を集めた学校、そう思ったもんだ。

 こいつもその中のひとりとしてしか、認識してなかったし。


「じゃあ高校も見目麗しい子が居ない?」

「知らん。居るかもしれないし、居ないのかもしれない」


 ひとり気になってる子は居るけど、まったく接点がないって言うか、なんの因果か知らんけど相手が居る。

 横から掻っ攫えるほどにイケメンじゃないし。そうなると見てるだけ。

 ついてないよなあ。女運の無さは。

 あげく、幼女に好かれてるなんて。


「よく分かんないけど、もしかして」

「童貞卒業させてくれる相手探してるから」


 バカか! 母さん、やっぱり言い出したし。


「探してない」

「そこに居る子、気があるんじゃないの?」

「は?」

「え、あの」


 菅沢を見ると顔が赤い。

 まさかとは思うが、見た瞬間、惚れたとかじゃないよな。


「菅沢、まさか」

「ずっと気になってたんじゃないの?」


 母さんは余計な口を挟むな。


「えっと、実は」

「マジ?」

「なんか、相手にされてないなあって」

「ほら、どうせだから付き合って、童貞卒業させてもらえばいいでしょ」


 さらに顔を赤くする菅沢だけど、こいつ地味すぎるんだよ。しかも太ってそうだし。別にぶくぶく太って無ければ、まだいいが、脱いだらすごいんです、のすごいの意味が違うと嫌だ。

 三段腹とか五段腹とか、腕とか足が大根じゃ無ければ。

 よく見ると腕や足は大根では無さそうだけど。


 気持ちを伝えられることなく卒業してしまい、ずっと心の奥底に仕舞い込んでたらしい。

 それが偶然にも出会ってしまい、再び火が付いたとか言い出した。


「あんたは女の子の内面を見ないから、気付けないかもしれないけど、可愛らしい子じゃないの」


 乃愛も将来、素敵な子になるとか断言してるし。

 内面を見ずに外見にしても、ちゃんと見てないとも言われてる。パッと見の印象だけで避けてるから、彼女のひとりもできないと。


「だからって、菅沢?」

「何? メガネ? 派手で髪染めた子がいいの? 頭悪そうな」


 そうじゃない。頭の悪い奴は要らん。


「体形もきっとあんたの好み」

「どこがだよ」

「格好のせいで太って見えてるだけ。脱いだらおっぱいボーン! ってなるから」


 母さんの遠慮のない物言いで、さらに顔を赤くしてモジモジしてるじゃねえか。

 俺と視線が合うと「えっと、当たってる」とか言ってるし。


「チャンスじゃないの。ずっと先に乃愛ちゃんを相手に、とか思ったけど」


 目の前に居る女子と付き合ってしまえと。


「ぱぱぁ」


 乃愛が起きやがった。

 ソファから転げ落ちそうになりながら、俺の膝の上を占拠すべく、歩み寄ってくるし。

 そのまま座り込むと手を取って「ぱぱすき」じゃねえっての。


「モテてるじゃない。良かったわねえ」

「良くない」

「二股は駄目だからね」

「二股って、乃愛は幼児だ」


 二股しようが無いだろ。いくら俺でも幼児の趣味は無い。

 今は仕方なく面倒見てるだけで。それもこれも母さんのせいだ。押しつけやがって。

 でだよ、菅沢だが俺を見て「なんか、こんな形で」とか言ってる。

 まあ惚れられたのは理解した。じゃなきゃ乙女の如き表情にはならんだろ。いくら俺がアホでもその程度に理解はできる。

 ただなあ、地味。


「髪型とか服とか、なんとかならんのか?」

「見た目で判断しない。中身で勝負する子なんだから」

「でもさあ」

「でもじゃない。下手にいじらない方が可愛いんだから」


 そうかあ?

 まあ、美人は三日で飽きる、ブスは三日で慣れるとは言うけど。地味だがブス、では無いな。たぶん。俺の審美眼が壊れてない限りは。

 母さんの審美眼は壊れてそうだ。


「ぱぱのちんちあげない」

「えっと、もしかして」

「気のせいだ、って言うか乃愛は変態だ」

「手を出したり」


 してないっての。菅沢が勘違いしてるじゃねえか。

 くっそ、なんでこんな時に言い出すかなあ。


「嫉妬してるからね。ちゃんとフォローしてあげないと」

「こんな幼女が?」

「四歳ともなれば独占欲も出るの」

「マセ過ぎだっての」


 女の子は早熟だし、どんなに幼いと思っても、しっかり恋心を抱くんだとか言ってるし。生まれた瞬間から乙女なんだ、じゃねえよ。

 それに比べると男子はいくつになってもガキだと。


「とりあえず付き合っちゃえばいいでしょ。せっかく好意を寄せてるんだから」


 菅沢を見ると期待してそうな。

 とは言え、まだ少し遠慮したいと思う部分も。もう少し明るさって言うか、若さが欲しい。

 どこからどう見ても地味。とは言え、胸はでかいのか。そこは興味がある。

 乃愛は幼児だけあって、上から下まで真っ平だし。見ても何も感じない程度には。


「あの、横倉君、よければあたしと」


 そう言いながら俯きながら手を差し出してる。良ければその手を取れってか?

 姿形に拘らなければ、俺にも晴れて彼女ができる。そして童貞も卒業できるのか。条件の良し悪しは判断できん。外れかもしれないし、実は大当たりの可能性は……無いかも。

 それでも、ずっと燻ってたわけだし、これもチャンスと捉えるべきか。


 手を取ると顔を上げて微笑んでる。


「ちゃんと大切にしてあげなさいよ」


 彼女だからって好き勝手できないと。

 相手のことを考えて行動し、童貞も焦って卒業しないようにだとさ。女子はデリケートだから、気遣いは欠かせないとも。


「それができないと乃愛のお母さんみたいに、不幸になるのは女だからね」


 意外と面倒臭いな。

 まあ、その辺は俺の気持ちもあるし。ただやりゃいいってわけじゃないし。


「メガネ、外した方がいい?」

「そのままでいいよ」

「服とか髪型は?」

「そのままでいい、と思う」


 良さを発見する楽しみがある、そう思えばいいわけで。

 完成品じゃないからな。

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