Sid.6 散歩中元同級生と鉢合わせ

 幼児を連れての散歩。迷子の子を連れ歩く不審者、なんて思われないか時々心配になる。今のご時世、声を掛けただけで通報されるからだ。

 もう少し年が近ければ、妹だと思われたかもしれんけど。少し年が離れすぎてるからな。


「ぱぱぁ。にゃんこ」


 乃愛が指さす方向に地域猫。いや、首輪してるし地域猫じゃないか。

 こっち見てるし、呼んだら来るのか? なんて思ってたら手を振りほどいて、猫の元へ向かおうとする乃愛だし。


「こら、危ないから」

「にゃんこ」

「分かってる。危ないから離れるなって」


 自宅から数百メートル程度の住宅街の路上。歩道が無く路側帯だけの生活道路。

 時折、車も通るから迂闊に手を離し、自由にさせると事故に遭う。脇を高速ですり抜ける危険な自転車も多い。自転車に乗ってる奴全員、自分が事故を起こすなんて思っていない。だから注意して走るなんてことも無い。わき見、ながら運転や無灯火は当たり前だし、一般道で逆走も当たり前。微塵も交通法規を守る意思なし。

 一番うっとうしいのは、ベルを鳴らす無法者だな。チャリのベルは人をどかすためのものじゃない。全員チャリの講習を義務付けろと、いつも思う。


 そもそも交通法規を順守してるチャリなんて、一度も見たことが無いな。片っ端から取り締まって罰金食らわせてやれ。

 結果、徒歩の子どもや老人が、それらの被害に遭うんだから。

 ましてや、この位の年齢の子なんて、猫と同じでどこに向かうかも分からん。だから絶対に手を離しては駄目だと、母さんに散々言われてるんだよ。

 俺が幼児の頃に何度もヒヤッとしたらしい。


「にゃんこ、どっかいっちゃった」

「そのうち、どっかで見られるだろ」


 道なりに進むと、時々遊びに来る公園がある。


「ぶらんこ」

「またかよ」

「ぱぱぁ、ぶらんこぉ」


 所望されてるから仕方なく公園に入ると、いつか見た暇なママ友連中が居るし。しかも、その内のひとりと目が合うし。

 シカトしてブランコに向かおうとしたら「今日も来たの?」だとさ。


「面倒見がいいのねえ」

「高校生で他人の子供の面倒見るなんて」

「でも、なんで面倒見てるの?」


 煩いなあ。どうだっていいだろ。


「ぱぱぁ、ぶらんこぉ」

「分かってる。じゃ、ブランコに乗せるんで」


 そう言って絡む暇人主婦から離れるが。


「パパって呼ばせてるの?」

「勝手に呼んでるだけです」


 じろじろ人の顔見るな。失礼な奴らだ。

 しかも笑ってやがるし。たぶんパパと呼ばせた犯人は母さんだ。いちいち説明する気も無いけどな。話もする気ないし。

 暇を持て余して井戸端会議するだけの、ママ友連中に関わる気も無いんだよ。


 ブランコに乗せると、以前と同様に脇に立って、転げ落ちないよう監視しておく。以前との違いは、自分で漕げることと体を支えられることか。

 それでも四歳児では何があるか分からんし、傍を離れることはできない。

 キャッキャ言いながらはしゃぐ乃愛。それを遠目で見てるママ友連中。こっち見るな。


 しばらく遊んで飽きたと思われる頃、公園を離れることにした。


「散歩の続きだ」

「ぱぱぁ、のどかわいたぁ」


 近くに自販機あったよな。そこでジュースでも買えばいいか。

 少し歩くと自販機があり、そこでオレンジジュースを一本。キャップを開けて手渡してやる。


「ほれ、飲め」

「ぱぱはのまないの?」

「俺は要らん」


 少しずつ飲んでるようだが、すぐに要らなくなるようだ。四歳児に三百五十のジュースは量が多いな。

 残った分はキャップをして暫し持ち歩くことに。

 また少し進んでいると前から見慣れた奴が歩いてくる。

 見慣れた奴も俺に気付いたようで、少し驚いた感じになってるぞ。


「横倉君?」


 鉢合わせになった相手は中学二年の時の同級生だ。

 俺と会うこと自体は無くは無いだろう。けど、手を引いてる小さな存在が気になるようだ。


「ぱぱぁ、だぁれ?」

「過去の同級生だ」

「パパ? まさか」

「違うぞ」


 確か菅沢だったっけか。ほとんど話をしたことも無いな。


「なんか、しばらく見ないうちに、子連れになってるなんて」

「だから違うって言ってんだろ」

「自分の子じゃないの?」

「預かってるだけだ。妙な想像してんじゃねえ」


 相変わらず地味な奴だ。メガネは必須アイテムってか? 高校生になって少しは服も気を使うのかと思いきや、中学の時から派手さが皆無。

 女子力低過ぎるだろ。


「可愛い子だね。名前は?」

「教えない」

「なんで? いいじゃん」

「他人と関わらせない」


 意味が分からないとか言ってる。警戒する相手が違うとも。


「ぱぱぁ、のあ、つかれたぁ」

「のあちゃん?」


 ええい、面倒な奴だ。乃愛も自分で口にするなっての。で、あげく疲れただと?


「散歩中? それにしても横倉君、中学の時からずいぶん変わったね」


 当たり前だ。いつまでも同じ姿をしてるわけがない。

 こいつはまんま当時のままみたいだが、一部変化を見るとすれば、全体的に丸くなった感じか? 体形だけどな。


「そっちこそ太ったか?」

「失礼だよ」

「全体に丸みを帯びてる」

「出るところが出ただけ」


 出るとこ、ってことは胸だの尻に肉が付いたのか。ついでに腹も出たのか? それって太ったってことだよなあ。

 あの頃は平らだったような気もするし。興味のない存在だったから、気にもしなかったけどね。地味だし。

 勉強はそれなりにできたみたいだが。

 俺の手の先で「ぱぱぁ、おんぶぅ」とか言ってるし。


「おぶってあげれば?」


 仕方ない。こうなると駄々っ子になって、自力で歩こうとしなくなる。

 しゃがんで背中を向けると、手を首に回して体を預けてくる。足を抱え持ち立ち上がると「ぱぱのせなかぁ」とか言って、喜んでるし。


「こうしてみると本当にお父さんみたい」

「こんな若い父親が居て堪るか」

「でもすごい懐いてるし、可愛いじゃん」


 女子ってのは子どもを見ると、問答無用で可愛いとか言うよな。

 俺から見ればウザい存在でしか無いんだが。


「それで、菅沢はどっか行くんじゃなかったのか?」

「気分転換で散歩してただけ」


 久しぶりだから、一緒に散歩でもしないかと言ってるが、俺は子守があるんだよ。

 気分転換でうろうろできるほど、暇じゃないし。


「これから帰るんだよ」

「あ、じゃあせっかくだし、家に行っても?」

「来なくていい」

「でも、久しぶりだし、少しくらい」


 なんで俺に構うんだよ。いや、俺じゃなくて乃愛が気になるのか。

 視線が乃愛に向いてる感じだし、可愛いとか言ってたからな。もう少し幼児を見ていたいとかありそうだ。


「じゃあ、菅沢がこいつのお守をしてくれ」

「いいけど、あたしに懐くかなあ」

「知らん」

「えっと、のあちゃん。あたしの背中とかどうかな?」


 イヤイヤしてるのが伝わってくる。


「駄目みたい。横倉パパじゃないと駄目なんだね」

「パパじゃねえ。じゃあ無しだな」

「少しは旧交を温めようよ」

「温めるような間柄じゃなかっただろ」


 それはそうだけど、と言ってるが、俺が歩き出すと付いてくるし。

 なんだこいつ。


「横倉君、大学行くの?」

「行くに決まってるだろ」

「どことか決めてる?」

「まだ絞りきれてないけどな」


 行きたい大学があるわけじゃない。ただ、三流大学や二流大学に行く気は無い。行くならそれ相応の上位校だ。

 そのためにも予備校行きたいんだよ。ちっとも行かせてくれないけど。

 こいつはどうなんだ?


「菅沢は?」

「あたしはGMARCHが最低ライン」


 やっぱ勉強できるんだ。

 歩きながら受験の備えはしてるのかとか、予備校は行ってるのかとか、何かと質問攻めだ。


「予備校行ってないんだ」

「行かせてくれないだけだ」

「それで上位校?」

「だから行きたいんだよ」


 落ちて浪人の憂き目には遭いたくない。

 歩いてるうちに家の前まで来てしまった。


「アパート経営してるんだよね」

「一応な」

「じゃあ、将来も困らないでしょ」


 無理に大学行かなくても良さそうだ、じゃねえよ。


「大学程度出ておかないと、先が見えなくなる」

「真面目だね」

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