互いの言い分

「俺の妻が如何した?」

ティタンは不機嫌さを隠そうともしない。


男はティタンの気迫と登場に戸惑いを見せつつ、声を絞り出した。

「あなたは…?」

「ティタン=スフォリア、一応公爵だ。貴殿は……知っている、マルクス伯爵だな」


自分の名を言われ、男性は驚いている。




メィリィは今更ながら、気がついた。


この男は自ら名乗りもしていないのだ。


メィリィは店の帳簿で名前を知っていたため、わざわざ聞かなかったが、ミューズの前でも名乗りはしていない。


わざとだろう。




無作法なのもそうだが、メィリィの名前だけ連呼していた。


周りに印象づけたかったのか。


「確かに、私はアシッド=マルクスです。名前を申し遅れてしまい、失礼致しました。スフォリア公爵家の奥方様に害をなす事は致しておりません。私はこの、メィリィ=ヘプバーン伯爵令嬢に、苦言を呈していたのです。身の程を弁え、愚かな商売を止めるようにと…」




ティタンがアシッドを睨みつける。


長身で体格の良い彼が凄むと迫力がある。


「うちの妻はメィリィ嬢の顧客だ。そして出資者の一人である。愚かな商売とはどういうことだ?出資をしている我が家も愚かだと言いたいのか」

「め、滅相もございません。そのような意図はなく…」

「貴殿とメィリィ嬢の諍いは聞いている。奥方の不遇な事故は残念だが、メィリィ嬢に八つ当たりをするのは見過ごせない」

ティタンはアシッドと対峙した。



「メィリィ嬢は妻ミューズの大事な友人であるが、俺の義姉であるレナン王太子妃も懇意にしているデザイナーだ。不当な言動は慎んだ方がいい」

ティタンの執り成しで引き下がるかと思われたのだが。


「だからこそです。これ以上メィリィ嬢の被害者を増やすわけにはいかない」

「なに?」

ティタンはあからさまに怒りを込めて聞き返した。


アシッドもここで引く気はないのだろう。


「メィリィ嬢は欠陥品のドレスを売りつけ、妻の身体に傷をつけました。ドレスの代金だけ返され、身体への損害や不備のあるドレスを売りつけた事への謝罪や補償もありません。しかも、そのことを公表もせず、不誠実かつ恥知らずにも事業を継続している…店が不埒者に壊されるのも当然の結果でしょう」


あくまでメィリィのせいだと言いたいのだろう。


ティタンはため息をついた。


穏便に下がるならまだ良かったのだが、アシッドはこの場でメィリィの断罪がしたいようだ。


「奥方の怪我はマルクス家が雇った針子が、刺繍後に針を取り忘れた事が原因で起こった事だろう。メィリィ嬢が起こした事ではない」

「現物のドレスをメィリィ嬢に取られたため証明出来ませんが、私達は嵌められたのです。けして許すことは出来ません。それとも王族は犯罪者を庇うのですか?」


思った以上に話が大きくなる。




証拠がない今、この場をどう宥めればいいのかメィリィはわからない。


ティタンが言葉を続ける。

努めて冷静であろうと、気をつけた。


「妄言でメィリィ嬢の悪評を広めるのは止めるんだ。そうすれば奥方の怪我を治すため、腕の確かな治癒師を王家より派遣すると約束する。怪我はマルクス家の針子のせいだ、それは間違いない」


ティタンは穏便に済ませようとしたかった。


このような口論も争いも無意味だと知っている。


いらないプライドは下げたほうがいいはずだ。


「スフォリア公爵様も、オスカー様のようにメィリィ嬢に誑かされましたか…」


アシッドの言葉を聞いて、ティタンは最早と見限った。


話の通じない相手に議論は不要だ。




「では、当事者のオスカーを呼ぼう。ここではっきりさせる」


ティタンは護衛騎士のライカに命じ、オスカーを呼ぶよう頼む。


「しかし、彼は今ルアネド国王陛下の護衛中ですが」

「構わない。兄上とルアネド様にも事情を話せば来てくれるはずだ」


ライカを遣いに出したあと、アシッドに向き直る。


「メィリィ嬢に謝罪し、先程の言葉を撤回するなら今のうちだ。アドガルムの王太子と、パルスの国王陛下が今からここに来る。覚悟はあるか?」


「どちらが正しいか、望むところです」


最早退けないか…。


ティタンはただ腕を組み、アシッドを睨みつけるにとどまる。


周囲には先程よりも人が集まっている


やがてライカが、皆と戻ってきた。



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