ヘプバーン伯爵
ヘプバーン伯爵は頭を抱えた。
落ち込んでる娘を心配し、早めに仕事を切り上げて帰宅したのだ。
デザイナーになるなど夢を見させたから、あのように傷ついたのだと後悔していたのだ。
働くのを許すのではなく、良き人を見つけ、結婚させ家に引っ込ませるべきであった。
いらぬ苦労をかけたのだと、娘を自由にしたのが失敗だったと、自身の選択を後悔する。
メィリィは王太子妃の妹と友人で、この頃仕事の展望が見えてきたと話していたから安心していたのだが、良い話ばかりではない。
同じデザイナーからの恨みとは、なんとも言えない。
どこにだって足を引っ張る輩はいるのだ。
せめていい嫁ぎ先を紹介しようと娘とじっくり話でもと思ったのだが…
「お帰りなさいダラス=ヘプバーン伯爵殿。お待ちしておりました」
思わず目を白黒させた。
来客があると聞いて急ぎ応接室に来たのだが、娘と共に長身の男性がいるのだ。
黒髪紫眼の男性は騎士服を着て帯剣をしている。
騎士の一人か?
ダラスは王宮務めだが、自分の記憶しているどの騎士を思い出しても、目の前の者は一致しない。
「急な来訪失礼いたします。不躾かとは思いましたが、火急の用事ゆえに先触れも出さず訪問させて頂きました。メィリィお嬢様の事でお話が」
未だ誰だかわからない。
メィリィが一緒なのだから、怪しいものではないのだろうが。
「失礼、名を名乗るのが遅れました。気が急いてしまいまして」
ダラスの戸惑う顔を見て、恭しく頭を下げた。
「オスカー=カラミティです。いつも王宮ではお世話になっております」
「オッ?!」
名を聞き、ダラスは驚きに目を瞠る。
オスカーは見た目の派手さで有名だ。
それが今は普通の見た目をして、口調もいつもと違う。
「オスカー殿が、何故ここに?」
メィリィのデザインしたドレスを、王太子妃へ斡旋をしたとは聞いていた。
その関係で来たのか?
「はい。本日は俺とメィリィ嬢の、婚約の了承を頂きに来ました」
思いもかけない言葉に殴られたような衝撃を受けた。
「メィリィ、どういうことだ?」
娘へと目を移す。
悪い夢だろう、そう言って欲しい。
「お父様、私からもお願いしますぅ。オスカー様との婚約を、認めて下さいぃ」
メィリィも真剣な目でダラスを見つめる。
「いつの間にそんな事に…」
亡き妻になんと言おうかと理解が追い付かず、頭の中が困惑中だ。
「彼女はとても素晴らしい令嬢です。偏見の目を持つことなく、俺の事を受け入れてくれました。そしてドレスのデザインもセンスがいい。ヘプバーン伯爵殿が事業の出資を行なったと聞いておりますが、その分は俺が返却します。今後は俺がメィリィ嬢を支え、彼女の夢を応援したいと思っております」
「失礼ながら、領地も持たないあなたがか?メィリィを本当に支えていけるのか?」
臆することなくオスカーは返答する。
「心配なされるのもわかります。ですが、俺は独自にデザイン会社を持っています。その分の利益を最初は充てるかとは思いますが、メィリィ嬢のデザインは本当に素晴らしい。今後大成し、ひとり立ち出来るのは間違いありません。そして俺の本業は騎士です、何があってもメィリィ嬢に苦しい生活をさせることはありません」
「ふむ…」
もとよりどこか良いところに嫁がせようとは考えていた。
オスカーは奇抜な騎士だが、曲がりなりにも王太子の護衛騎士。
給与はそこそこいい。
「メィリィが良ければ構わぬが…」
「ありがとうございますぅ、私はオスカー様がいいですわぁ」
パァっとメィリィの表情が明るくなった。
親としても出来るだけ本人が望むようにはしてあげたいが。
「但しメィリィが悲しむことがあれば、すぐに連れ戻すぞ。いいか?」
「ええ、勿論。悲しませないように努力致します」
オスカーは頭を下げた。
「つきましては気が変わらぬ内にこれを…」
オスカーが出したのはサイン済みの婚約の書類だ。
「はぁ?!」
何度目の驚きだろうか。
「あとはヘプバーン伯爵殿のサインを」
「いや、この、オスカー殿の証人欄のところ…」
「あぁエリック様に書いてもらいました、この後報告に行きますので」
「そんな簡単に貰えるのか…?」
「相談したら即用意してくれましたね」
ダラスは慎重に、書き直すことがないようにサインを入れた。
確認し、オスカーはそれを大事そうに仕舞う。
「ふふっ…」
オスカーが笑みを浮かべた。
「やったわ!これで婚約成立よ!」
「良かったですねぇ、オスカー様」
「他人事ねぇメィリィ。あなたはアタシの愛しの妻で、専属デザイナーになるんだからね。これから覚悟なさい!」
「頑張りますわぁ」
口調をガラリと変えたいつも通りのオスカーと、おっとりとしたいつもの口調のメィリィ。
ダラスは何とも微妙な心境と表情になるのが隠しきれなかった。
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