第10話

 僕の言葉に、さっきまで誰の声も通さなかったマリナの霊が顔を上げた。彼女の「無視しないで」というつぶやきの連呼もこれと同時にとまった。この場にいた人みんなが、とても静かな雰囲気につつまれている。


 固まっているかずのりとともやに向かって、僕は小さく声をかけた。


 「ほら、二人も」


 「あ、ああ」


 すると二人は僕と最初に会った時のように、笑顔で霊に近づいた。迷わず手をさしのばし、この子の存在のすべてを受け入れてくれるかのようだった。


 「あ、そ、ぶ?」とマリナの霊。


 彼女がそういった瞬間、体を覆っていた黒い影がはがれ始めた。これまでたまっていた怨念というか、悲しみから一気に解放されている。僕にはそう見えた。


 影がすべて剥がれ落ちると、マリナの生前の小学生の時の姿が戻った。ハーフの幼い女の子で、とても元気そうな顔。目を輝かせて、「あそぼ、あそぼ」と言っている。


 それを見たあずさは、驚いた顔をしていた。


 「うそ。私が何をしても届かなかったのに、これだけで」


 「うん。いじめられていたとき、僕はこうしてほしかった」


 僕はあずさの顔を見て、こういった。


 それからこの一日中ずっとマリナと遊んで、彼女は成仏していった。



 何年かたって、すっかり町は元通りになった。守護霊あずさも怒りが収まって、あの町から出て行った。かずのりやともやのおかげ。


 僕はというと、やっぱり家族もあの町に二度と行きたくないと言って、違う町に引っ越した。そこでもすぐ友達ができたけど、あの町で起きたことを胸に、静かにしまっておきたいと思う。


 人が無視される、消されることがないように。

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引っ越してきたのは、住民が消えていく町 トドキ @todoki

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