第二話:強襲編

メイドの軍団、壮観だよなぁ!?

 蘭学荒野某所。一見ただの山に見えるその地は、何者かによって悪の秘密基地へと改造されていた。火口に偽装されたその入口をくぐると……おお、見よ。百人近い蘭学女中メイドどもが、見事な整列姿を見せているではないか。皆一様に黒の上下一体の服をまとい、上には白の前掛けエプロンを身に着けている。なかなか壮観な光景だった。

 そんな彼女たちの視線の先には、斜め十字の十字架に張り付けられた一人の蘭学女中。そしてかたわらには、般若の覆面を付けた蘭学礼服タキシードの男が立っていた。この礼服の男が、【ご主人さま】であろうか。


「八十四番。キミは秘蔵の物質転送機を持ち出して存在を明るみに出し、公儀に我々の存在を知らしめた。その罪の重さ、如何ばかりかと心得る」

「うううっ……! ですが【ご主人さま】……」

「ほう、意見を持つか。聞いてやろう」


 【ご主人さま】に距離を詰められて、なお光を絶やさぬ八十四番の目。その姿に、【ご主人さま】は抗弁を許した。ここぞとばかりに、八十四番は口を開く。


「私どもの最終目的は、江戸の制圧と聞かされております」

「そうだ。だからこそ野に潜み、浸透し、時を待って決起するべきと決めていた」

「ですがそれでは、兵力が足りませぬ」

「足りぬからこそ、潜むのだ」


 二人の問答は延々と続く。その間、蘭学女中どもは眉一つさえも動かさずに前方を見ていた。先刻八十四番を捕らえて持ち来たった、八番も同様であった。彼女たちは皆一様に【ご主人さま】の意向を認めており、その差配に従い、忠誠を尽くすと定めていたのだ。


「【ご主人さま】。私はなにも、【ご主人さま】に逆らいたい訳ではないのです」

「それはわかっている。だが結果はどうだ。八番が持ち来たった情報が正しければ、公儀隠密はおろか、【荒野の鎧武者】までも敵に回しているではないか」

「うっ……」


 八十四番は言い淀んだ。結果論で言われてしまえば、まったくその通りだからだ。彼女は主君の勢力を大きくすることには成功したが、同時に敵をも増やしてしまったのだ。


「八十四番」

「はい」

「キミは多彩な技を持ち合わせている。サイキックじみて髪をも操り、体術も軽やか。武具の扱いにも長けている。にもかかわらず、キミは未だ末席だ。その理由がわかるかね?」

「……」

「キミが私の意を介さず、無用な争いを振りまくからだ。挙句の果てに、秘蔵の、秘密兵器たる物質転送機まで持ち出すとは、不届き千万」


 主君の怒りの凄まじさに、八十四番は唇を噛み締めた。今回ばかりは、己は『処分』されてもおかしくない。もはや抵抗を諦め、うなだれる。しかし今度は、福音じみて主君の声が聞こえた。


「とはいえ、キミほどの戦闘力の者を処分するのは誠に惜しい」


 【ご主人さま】の右手が、彼女の顎へと伸びた。くい、と持ち上げられ、主君と目を合わされる。般若面の奥に見えた瞳は、極彩色を帯びていた。


「この、め、は」

「蘭学とは素晴らしいものだ。この世のすべてを見透かしうる、唯一無二の学問だ。その力をもってすれば、キミから意志を奪うなど、容易いこと。催眠作用を持った、蘭学式小型視覚補助具コンタクトレンズだ」


 八十四番は、目をそらそうとした。だが強引に、目を合わされた。その先は一瞬だった。目をつぶる間もなく、彼女の意志は遠のいていった。四半刻(三十分)後には……


「八十四番。キミには一隊を率いて例の二人の殲滅に動いてもらう。特別に、物質転送装置の使用継続も許そう。キミの失態は、キミが責任を負う。骨も残すな。証拠も残すな。来るべき時に向けて、すべてを葬れ」

「【ご主人さま】の、仰せのままに」


 主君の意のままに動く、一介の蘭学女中となっていた。

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