シーズン2

第一話:邂逅編

やはりタイトルってものは難しいのだ

 蘭学大爆発ルネッサンスによって生まれた、茫漠にして広大たる蘭学荒野。人心は土地と同じく荒れ果て、江戸の治世も行き届かず、弱肉強食の世界と成り果てていた。

 それゆえにであろうか。蘭学荒野には幾つかの伝説が存在した。民を救う者。あるいは荒野に吹く、一陣の風めいた風来の者。様々な土地での物語が離合集散し、まことしやかな伝説を世に生み出した。

 【荒野の鎧武者】というのも、またその一つであった。各所での目撃談や証言が合わさり、その実像は判別し難い。しかしながら、まことしやかにささやかれていた。


 その者、荒野を彷徨い弱き者を救う

 幽鬼のごとく現れ、嵐のごとく戦い、風のごとく去る

 常に大鎧を崩さず、その身には陽炎を帯び、顔を見せることはなく

 弓、槍、太刀の三種を用いて自在に戦いたり


 あくまで伝説である。伝聞である。しかし荒野にあっては、もっとも確かな形で流布されているとも言えた。なぜなら――は、確かにいるからだ。


 ***


 蘭学荒野のわずかな高地に、数十台の蘭学鉄騎バイクが佇んでいた。いずれもエンジンを吹かしに吹かし、いつでも動かせる状態にある。彼らは時を待っている。獲物を待っている。一段低い箇所を行く、蘭学積載車トラックを待っていた。果たして、遠くから駆動音が響いてきた。


「来たぞ、荷物満載、しかも型落ちだ」


 目と耳の良い男が言うと、集団は色めき立った。彼らは揃いの色の手ぬぐいを身に着け、皆一様に裸に甲冑をまとっていた。一斉にエンジンの出力を高め、士気を煽り立てる。


「おほーっ! 食料満載だと良いなあ!」

「落ち着け落ち着け。もうすぐだ……行くぞ!」

「ヒィーハー!」


 片手に手製の武具を持ち、男たちは鉄騎を発進させた。凄まじい轟音が響き渡り、蘭学荒野を圧していく。

 彼らは高地から飛び降りる示威部隊と、坂を駆け下りていく実働部隊に別れていた。容貌からは想像できぬほど巧みに、積載車を追い詰めていく。示威部隊が奇襲と武器で恐怖を煽り立て、実働部隊が逃げようとする者の行き先を阻む。見事な連携であった。


「お、お助け……」


 積載車から、若い男が引きずり出される。彼はたちまち、斧や鍬などを手にした男どもに囲まれた。いずこに向かっていたのかは知らぬが、蘭学荒野では強者どもに見つかったのが運の尽きである。事実積載車は横転し、積荷は荒らされてしまっていた。


「ヒィーハー! 水だぁー!」

「食料もたんまりだぜぇ!」

「オイ、千両箱なんか積んでたぞ! 金なんざ、いくらあってもケツも拭けねえじゃねえかよぉ!」


 口々に騒ぎ立て、雑兵どもが積荷を漁る。若い男は泣いてすがりつこうとするが、斧の柄で引っ叩かれた。


「やめろ……やめてくれ……」


 若い男がうわ言をのたまう。しかし首領は、構わずに首根っこを掴み上げた。いよいよ処刑かと、兵どもが色めき立った時。


 ひょうっ、ふつっ。

「へ……?」


 一陣の強弓が、風を切り裂き首領を射抜いた。首領は男を取り落とすと、そのまま仰向けに倒れていく。


「な、なんだぁ?」

「どこだ!?」


 途端にざわつく兵ども。だが、彼らが顔を起こすたびに矢は襲い来たった。状況を確認させぬようにしているのだとは、雑兵だけでは気付けなかった。訳のわからぬままに、次々と仲間が射抜かれていく。


 ヒヒィン……。


 やがて、馬のいななきが聞こえてきた。気が付けば、槍を持った鎧武者が接近していた。兵どもは逃げを選択する。だが鎧武者は、流れるように横にいた。消えて、現れたのだと、錯覚するような速さだった。


「ぎゃばぁ!」


 首が、舞う。一つ、二つ。三つ。鎧武者が槍を振るうたびに、兵どもの首が舞い上がった。生き残っている兵は困惑する。なぜだ。自分たちは武装した強者で、荒野においては無敵だった。なのに。


「……ぬんっ!」


 なぜ狩りのように追い立てられているのか。そう考えたところで、生き残っていた兵は命を絶たれた。他の兵どもと同じく首が舞い、物言わぬ屍と成り果てた。鎧武者の武威の前には、なに一つ関係なかった。全員の首をはね終えると、鎧武者は馬を降り、若い男へと近付いた。


「ひ、ひ……」


 鎧武者の驚異に当てられたのだろう。若い男は震えたまま、涙さえも浮かべていた。またしても命乞いが必要なのかと、怯えているようだった。しかし鎧武者は、無言のままに積載車へと手をかけた。


「ぬ、ぅ、ん!」


 人ならざる強力が、発揮された。持ち出されて荷が減っていたとはいえ、いともたやすく積載車が正しい形、走行可能な形へと戻されたのだ。若い男は、再び怯える。だが鎧武者は、無言で荷物を指し示した。


「いけ、と?」


 焦点の合わぬ顔で、若い男は武者を見上げた。鎧武者は、無言でうなずく。すると泡を食ったように、若い男は無事な荷物をまとめ始めた。なるべく手近な、すぐに集められる荷物。それだけかき集めると、半ば逃げるようにして積載車へと飛び込んだ。


「あ、ありがとうございましたぁ!」


 泣き声にも近いような礼の声を添えて、積載車は猛スピードで去っていく。鎧武者はその姿を、無言のままに見送っていた。


「あーあ。せっかく上前をはねようと思ったのに、無粋な先客のせいで台無しだわ」

「それは拙者の言葉でござるな。貴殿とのにらみ合いに、不要な時を使ってしまったでござる」


 しかし余韻の中に、割り込む声あり。しかも二つ。声の主どもはにらみ合ったまま、鎧武者の前へと姿を現した。


「ともかく。【荒野の鎧武者】なんて上等な首、ここで出会ったが百年目じゃないの」

「それも拙者の言葉でござるな。鎧武者どの、お覚悟めされよ」


 突然に現れた二人は、揃いも揃ってけったいだった。いや、男の方は忍び装束ゆえにまだ理解できる。女の方は――


蘭学女中メイドの名に懸けて、あなた達二人をもてなしてあげる」


 蘭学女中服を、身にまとっていた。

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