出会いと別れは旅につきもの(シーズン1・終)
洞窟を出てからも、三人はなに一つ喋らずに歩み続けた。正気に戻った信徒たちによる、狂奔を恐れていたのもある。すべてが白日に晒された時、なにが起きるかわからなかったのもある。ただ、最大の理由は別にあったのかもしれない。
「……結局、危惧は危惧のままでしたな」
夜――日食によるものではない、真の夜だ――を迎えて、ようやく鎧武者たちは一息ついた。僧侶の法力による幽玄空間にて、三人は水を口にし、息を吐いた。それまでは、無意識のうちに呼吸が浅くなっていた。
「……おふた方には、なんと言ったら良いのでしょう」
姫君が、続けて口を開いた。自責とも、感謝ともつかないような言葉だった。だが僧侶は、ニコリと笑って彼女を制した。
「なに。それがしも姫君どのには助けられておりますからの。それでいいのです。……無論、武者どのも」
それまで無言だった武者が、しっかりとうなずいた。その姿に、彼女は認識を改めた。二人に向けて、深々と頭を下げる。
「……守っていただくどころか、成り行きとはいえかの者たちを滅ぼしていただき、誠にありがとうございました」
「なに。行きがかり上とはいえ、旅は道連れとも世には言いますからのう。縁があったと、思えば良いのです。なあ、武者どの」
武者がまたしても、しっかりとうなずいた。その姿に、姫君は認識を新たにする。彼女もまた、鎧武者の灼かれた半身を見てしまっていた。見てしまってはいたが、こうして向き合う限りは元のままの鎧武者だった。
「さて。この後どうされますかな?」
不意に、僧侶が話題を変えた。それは誰もが気にしていたことであり、誰もが口火を切らぬようにしていたことでもあった。それを口にしてしまえば、この旅路は終わる。されど今こそが、終わりにふさわしい時でもあった。
「……当初の目的通り、江戸に向かおうと思います。ただただ市井に紛れ、慎ましく生きたいと考えております」
姫君が、最初に口を開いた。力を振るうことに懲りたのだろう。なにもかもを失ったにもかかわらず、逆にさっぱりした顔を見せていた。
「良いお考えかと。ならば、それがしが付き添いましょうかな。蘭学荒野は危険が多い。いざという時はお見捨ていただいても結構」
続いて、僧侶が口を開いた。悠然と、胸を叩いて言ってのける。雌狐御前の一行には、手酷くやられたというのにだ。
「同行してくださるのはありがたいのですが、僧侶さまもご自分の道程がおありなのでは?」
「なに。それがしは修行の身。これもまた一環なれば。むしろ断られても、陰陽に付き従うつもりですぞ」
姫君の心配りに、僧侶は再び胸を叩く。これには姫君も、苦笑いを浮かべる他なかった。しかし鎧武者は笑わなかった。否、笑わぬのは常の通りである。その表情は、面頬と兜によって遮られている。こたび様子が異なるのは、どこか別の方角を見ていることにあった。
「武者どの?」
「……」
僧侶の問い掛けに、鎧武者はようやく向き直った。続いて懐に手を入れ、一本の懐剣を取り出した。邂逅の際に、二人に見せたものである。
「これは、爺の」
姫君の声に、鎧武者は重くうなずいた。そして次の瞬間、僧侶に向けて懐剣を差し出した。
「え」
「……」
戸惑う僧侶に、鎧武者は何事かを告げる。二言、三言。やがて僧侶の顔が晴れ、懐剣を手に取った。向き直り、姫君に告げる。
「武者どのは、江戸へは行かぬと。西へ向かわれるそうです。それゆえに、この懐剣をそれがしに」
「……わかりました」
姫君は、見てしまったものを思い出した。がしゃどくろに、肉と鎧を貼り付けたようなあの姿。半ば穢れている己をはばかるのは、必然にも思えた。結局、すべてを快諾せざるを得なかった。流されるばかりの自分が、ひどく小さくも思えた。
「さて。夜も更けておりますが、別れを長引かせても辛くなるばかり」
思考を打ち切るように、僧侶が言った。幽玄の空間が消え、月夜の蘭学荒野が現れた。ひどく寒い気がして、姫君は自分の体を掻き抱いた。身を案じたのか、僧侶が袈裟を差し出してくれた。ありがたく、身にまとうことにする。
ヒヒィン……。
遠くから馬のいななきが聞こえた。ふと気がつけば、鎧武者の愛馬が現れていた。僧侶の近くで、跨がりやすく佇んでいる。
「……。乗れと、おっしゃいますか」
「……」
「かしこまりました。いただきましょう」
僧侶が姫君を連れて馬に乗る。鎧武者は、静かに背を向けた。その背に向けて、二人は言う。
「武者どののおかげで、連中を倒せ申した。かたじけない」
「爺の看取りに、かの者たちの殲滅。誠にありがとうございました」
鎧武者の首が縦に動く。それだけで、別れの挨拶は静かに終わった。
「さらばです」
僧侶が最後に、一声かける。その時にはすでに、鎧武者は荒野に向けて歩き出していた。
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