てるてる坊主

赤花椿

一話完結

 木曜日の朝八時。

 学校に通うため、傘を持って玄関を開けると、どんよりとした曇り空に、大粒の雨が地面に向かって勢いよく降り注いでいた。

 九月は毎年夏の終わったばかりの季節で暑さが残るはずなのだが、流石に雨が降ると気温が下がり肌寒くなる。

 一日ぐらいならまだいいのだが、一週間もこんな状況が続くと流石に気がめいってしまう。

 人は光を浴びないとやる気が出ないと聞くが、今まさにそれを実感している。

「はあ…」

 寒さ対策のため、ブレザーを着て傘を差しながら歩く斎藤俊は、ため息をつきながら通学路を歩いていた。

 ここ一週間の天気予報はすべて外れていて、あてにならない。

 原因不明の晴れる気配のない長い雨でニュースは持ちきりだ。

 これは日本全体で起きているわけではなく、俊の暮らす東京限定で雨雲が発生している何とも不思議な状況で、研究者たちが必死になって原因解明に取り組んでいるらしい。

 原因の解明はされないだろうと俊は分かっていた。

 別に裏で組織が糸を引いているとかそういうわけではなく、原因の正体らしきものが今まさに俊の隣を飛んでいるのだから。

「目つきが悪いですよ、俊さん」

 現況が、俊の横顔を見ながら話しかけてくる。

 目つきが悪いのも仕方がない。

 こんなじめじめとした空気の中、気持ちよく眠れるわけがないのだから。

「お前のせいだよお前の」

「私の? そんな馬鹿なこと言わないでください」

 冗談はやめてくれというような口ぶりだが、隣を飛んでいる奴が原因であることは誰が見ても明らかだろう。

 可愛い女の子や動物ならまだ、雨を降らせる原因が他にあるのではないかと少しは思えたかもしれないが。

 てるてる坊主の姿をされていたら、明らかに現況としか考えられない。

 そしてこのてるてる坊主は少しおかしく、頭が下に向いた逆さまな状態なのだ。

 俊の目の前に現れた時から逆さまな状態で、本人にも原因が分からないらしい。

 その他にも、現れた理由やどこから来たのかも分からないらしく、一つだけ俊の下に行くことだけを覚えているとのこと。

 てるてる坊主は逆さまにして吊るしておくと、雨が降るという話を子供のころに聞いたことがあり、向きが原因なのだと分かった俊は、向きを直そうと試みたがすぐに逆さまに戻ってしまいどうすることもできなかった。

 直す方法が他にあるのではないかとてるてる坊主は話していたが、心当たりが全くない。

 もう一つ、このてるてる坊主は俊以外の人には認識できないようで、幽霊の類であることはなんとなくわかった。

 だが、解決手段が分からない以上、どうすることもできないので、いつも通りの生活を送るしかない。

 そして今に至る。

「付いてくるなと言ったはずだけど」

 周りにはおかしな目で見られないよう、目線を動かさず小声で話す。

「いや~、何故か俊さんに付いて行きたくなってしまいまして、体が動いちゃうんですよ」

 俊の下に行くことだけを覚えているらしいから、恐らくそれが原因で付いてきてしまうのかもしれない。

「早く成仏なり何なりしてこの雨をどうにかしてくれ」

「それは無理ですよ。 俊さんがどうにかしない限りこの雨は止みません」

 付いてくるということは、自分が何か関係しているだろうと思っていたが、やはりそうなのだと再確認する。

 しかし、子供のころからの記憶を思い出してあさっているのだが、何も覚えがない。

 神社で悪ふざけをした覚えはないし、そもそも神社なんて年に一回行くかどうかだ。

「たく、全部おれ任せかよ」

「記憶がないんだからしょうがないじゃないですか~」

 こんな調子で話しながら、雨で制服のズボンが濡れることなどお構いなしに歩いていると、俊の通う高校に到着。

 靴を履き替え教室に入ると、先に来ていた女子生徒達が雨で濡れた足を持参したタオルで拭い、靴下を履き替えている。

「俊さんが早く問題解決しないと女の子たちが困っちゃいますよ?」

「お前のせいだろうが」

 人のせいにしてくる、てるてる坊主の逆さまに向いた頭にデコピンをくらわせる。

「痛いっ」

 ペンで書かれたような目と口を、コミカルに変化させ頭を左右に動かしながら、痛みを表現している。

「腕がない相手をいじめるなんて酷いですよ~」

「調子に乗るお前を叱ったんだ」

「口で言ってくださいよ~」

「人は言われるよりも痛い目を見た方が学ぶんだぞ」

「私てるてる坊主なんですけど」

 てるてる坊主の言葉を無視して、真ん中の後ろから二番目の席に鞄を置いて座り、授業の準備を済ませ開始時間まで机に体を預け、寝ようと思っていたのだが、どうにも周りをくるくると飛び回る、てるてる坊主が鬱陶しい。

「大人しくしてくれ」

 周りに聞かれない程度の声量で話しかけるも、てるてる坊主はなかなか止めない。

「だって暇なんですから、しょうがないじゃないですか」

「ハエみたいでウザい」

「寝ようとしないで解決策を考えてくださいよ」

 こうして話している間も、てるてる坊主は周りを飛び続けていて、ハエのように手でつぶしたくなる気持ちが沸き上がって来るが、幽霊の類である以上なにをしても効果がないためひたすら我慢するしかない。


 その後の授業中も、てるてる坊主は周りに見えないことをいいことに、他の生徒や黒板に書き込み解説をする先生の周りを飛び回ったりと自由奔放で、俊の集中を妨げ邪魔にしかならなかった。


   *


 昼休みを迎えた今。

 俊は弁当を持って階段を上っていた。

 目的地は屋上だが、扉には鍵が掛かっているため手前の階段のところで食べるつもりでいるのだ。

 別にいつもこうしているわけではなく、今はてるてる坊主がいるため、会話姿を見られたくない。

 周りからはまるで独り言のように見られてしまうからだ。

「今日のお弁当には何が入ってますかね~」

「やらないからな」

「食べられないのでいりませ~ん」

 自分で食べられないと言っておきながら、なぜ弁当の中身を楽しみにしているのか分からない。

 屋上手前まで来た俊は座り込み弁当を広げる。

 今日の中身は唐揚げに卵焼きにふりかけご飯となっていた。

「美味しそうですね」

 俊の横で弁当を見ながら、興味津々といった感じでてるてる坊主はつぶやく。

 小学生の頃なら喜んだかもしれないが、高校生になってからはあまり嬉しいとは思わなくなっていた。

 見慣れたものだからなのか、それとも欲が薄れ大人に成長しているからだろうか。

 そんなことを思いつつ唐揚げを口に突っ込んで食していく。

「何か思いつきました?」

 雨とてるてる坊主の解決方法に関して聞いてきたのだろう。

「なにも」

 答えながら卵焼きを食べ、ふりかけご飯を食べていく。

 あまり頭がいいと言えるわけではない俊は、授業を受けるだけで精一杯だった。

 何の前触れもなく突然起きた出来事に解決策などすぐに思いつくわけがない。


    *


 五時間目の授業は一番苦手な英語で退屈だ。

 横目で窓の外を見る。

 強くなることも、弱くなることもなく雨は常に降り続け、校庭には小さな川が出来ており、大量の雨水が流れていた。

 これだけの雨が降れば、貯水池は潤うことだろう。

 そんなことを考えていると、ふと小学生の頃を思い出す。


 あの日もこんな雨。

 外で遊ぶことが好きだった俊は、雨が止むように祖母から聞いたてるてる坊主を作り、窓のカーテンレールに紐で吊るしたことがあった。


 そのことを思い出した俊はふとてるてる坊主を見る。

 相変わらず教師の周りを飛んだりと、自由気ままに遊んでいた。

 確かめる価値はあると思った俊は放課後、急いで家に帰える。

「どうしたんですか?」

「わかったかもしれない」

「解決策ですか?」

「ああ」

 てるてる坊主と会話を交わしながら、家に着いた俊は手を洗うことを忘れ、二回の物置になっている部屋へ足を踏み入れる。

 湿気のせいで蒸していてかび臭い。

「臭いですね」

 我慢しながら、てるてる坊主と部屋の奥へ進み、窓のカーテンを開くと―――。

 そこにてるてる坊主はあった。

 何年も放置されカビやホコリのせいで、茶色く汚れている。

 そして、そのてるてる坊主も逆さまになっていた。

 小学生の自分が作ったもので、紐のつけ方が甘かったのか逆さまになってしまったのだろう。

 なぜ物置部屋にてるてる坊主を吊るしたのか。

 それは、母親に回収されることを恐れたのかもしれない。

 一度、自室に戻りセロテープを持ってきた俊は、少し緊張しながらも逆さまのてるてる坊主を元の頭が上に向くように戻してやる。

「何も起こりませんね」

 隣のてるてる坊主が話しかけてくる。

 見てみると隣を飛んでいるてるてる坊主の姿は逆さまなままだった。

「はあ…」

 思わずため息が漏れる。

 これで何かが変わると思っていたのだがどうやら不発だったようだ。

 俊はてるてる坊主と物置部屋を後にし、いつも通りの時間を過ごし、就寝した。


    *


 翌日。

 部屋のカーテンから漏れる強い光によって朝を迎えた俊は、目が一瞬で覚めた。

 それはそうだ。

 外から光があるのだから。

 急いでカーテンを開けると、強い陽光が俊を照らし思わず目を細める。

 一週間ぶりの晴れだ。

「あれは正解だったのか」

 やはり物置部屋にあったてるてる坊主がそうだったようだ。

 ふと俊は、周り見渡す。

 あのよく喋るてるてる坊主の姿が見当たらなかった。

 家中を探したが、どこにもいない。

 このままでは授業に遅れてしまうため、とりあえず朝ご飯を食べて学校の準備を済ませた俊は、物置部屋に足を踏み入れる。

 カーテンレールには、昨日、体の向きを直した汚いてるてる坊主があるだけ。

 あれは幽霊みたいな存在だったため、出会いが突然なら別れもこんなものなのだろうと思った。

 物は大切にすれば命が宿ると聞いたことがある。

 てるてる坊主の場合は大切ではなく、たまたまここに残り続けたため何かが乗り移ってしまったのだろう。

「最後までウザいやつ」

 そう言い残し、部屋から出て扉を締め切る直前、てるてる坊主が動いたように見えたが、風のせいだろうと思う俊だった。

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てるてる坊主 赤花椿 @akabanatubaki

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